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こいつらなんかヒロインじゃない!  作者: 文月(あやつき)


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幕間ノ壱「舞台裏——プロジェクト・アース」

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 この物語を、少しだけ巻き戻す。


 いや、かなり巻き戻す。


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 地球から見て、天の川銀河の中心より向こう側。ある恒星系に、その文明は存在する。


 恒星を囲むように建造された巨大な環状構造体——アルケオン・リング。半径は地球と太陽の距離に匹敵する。人口は数百億。寿命は地球人の五倍から六倍。テクノロジーは、地球文明から見れば魔法と区別がつかない。


 彼らは、銀河に散らばる無数の文明を観察してきた。地球のように小さく、若く、まだ争いの絶えない星々を。


 不干渉が原則だった。


 だが、あるとき——アルケオン内部から、規律を逸脱する者たちが現れた。未発達文明の惑星を支配しようと企む者たち。正規軍を送れば、未発達な星ごと消し飛ぶ。それは許されない。


 そこで、彼らは別の方法を選んだ。


 現地の人類に、アルケオンのテクノロジーを与える。武器を、防具を、変身する力を。そして、自らの手で侵略者と戦わせる。


 送り込まれた支援者は「使者」と呼ばれた。


 使者に選ばれた現地の若者たちは、スーパーヒーローやスーパーヒロインと呼ばれるようになった。彼らは戦い、勝った。侵略者は撃退され、星には平和が訪れた。


 アルケオンの研究者たちは、この過程を記録していた。学術目的の映像記録。それをたまたま一般に公開したところ——爆発的な人気を博した。


 未発達文明の若者が、圧倒的な敵に立ち向かい、仲間と力を合わせ、自らの星を守る。その姿にアルケオン市民は熱狂した。


 共感。感動。興奮。


 ——そして、商機。


---


 『ヒーロー・ヒロイントレーナー研修センター』


 設立されたのは、地球時間に換算して約八百年前のことである。


 アルケオンの興行企業が、政府の認可を得て設立した半官半民組織。目的は明確だった。各惑星にトレーナーを派遣し、現地のヒーロー・ヒロインを選抜、育成、プロデュースする。その過程を映像コンテンツとして配信し、収益を得る。


 軍事的正当性と娯楽産業が、見事に融合した事業モデルだった。


 センターは急成長を遂げた。


 各惑星での成功はシリーズ化され、シーズンごとに新たなヒーローが誕生した。アルケオン全土に配信網が敷かれ、グッズが売れ、関連イベントが開催され、トレーナー養成学校には入学希望者が殺到した。


 黄金期。


 数百年にわたる、途方もない繁栄。


 だが——


---


 成功しすぎた。


 派遣した惑星は、ことごとく平和になった。侵略者も出尽くした。宇宙の脅威は、ほとんど残っていなかった。


 新たなヒーローを送り込む先が、なくなったのだ。


 コンテンツの供給が途絶えた。視聴率は下降線をたどり、スポンサーは撤退し、関連グッズの売上は激減した。


 政府の評価も変わった。「もはや軍事的必要性はない」。センターは政府公認組織から、ただの娯楽制作機関に格下げされた。予算は削減に次ぐ削減。廃止論すら議会に上がるようになった。


 スタッフは減り、施設は老朽化し、かつて栄華を誇った本部ビルの廊下を歩く者は疎らになった。


 センターは、死にかけていた。


---


 そんな組織に、一人の男が配属された。


 ダルマイヤック=アーリマー。


 長身、長髪、黒髪。見た目だけはワイルドだが、実態はいい加減で無責任。上層部からの評価は「口だけは達者」。左遷同然の人事だった。


 だが、この男には一つだけ、他の誰にもない特技があった。


 ——未発達文明の文化に、異常なほど詳しかったのだ。


 特に、天の川銀河の辺境にある惑星「地球」。その中でも「日本」と呼ばれる島国の文化に、彼は並外れた知識を持っていた。


 きっかけは些細なことだった。


 研修時代、銀河の文明データベースを漁っていたとき、ある単語に目が止まった。


 「達磨」


 自分の名前と、響きが似ている。


 興味を持って調べてみると——赤くて丸い、目のない置物だった。願掛けの道具。片目を描いて祈り、願いが叶ったらもう片方の目を入れる。七回転んでも八回起き上がる、不屈の象徴。


 なぜか、気に入った。


 そこから日本という国を掘り下げ、芋づる式に膨大な文化を知った。言語、風習、食文化、芸能——そしてアニメ、マンガ、特撮、ゲーム。


 ダルマイヤックは驚嘆した。


 この星の、この島国は——ヒーローとヒロインの物語を、自分たちの力で、とてつもない量と質で生み出し続けている。外敵もいないのに。侵略者もいないのに。想像力だけで。


 使えるのでは、と思った。


---


 ダルマイヤックがセンターの企画会議に提案書を出したのは、配属から三ヶ月後のことだった。


 タイトルは「プロジェクト・アース」。


 会議室には、疲れ切った幹部たちが座っていた。全員、センターの未来に希望を失っている顔だった。


「地球という惑星があります」


 ダルマイヤックはプレゼンテーションを始めた。


「外敵はいません」


 幹部たちの眉が上がった。外敵がいない星に、ヒーローは要らない。


「従来型のコンテンツは作れません。しかし——発想を転換します」


 ダルマイヤックは画面を切り替えた。地球の映像。日本の映像。アニメの映像。変身ヒロインの映像。


「この星には、ヒロインの物語を自ら生み出す文化があります。彼らはそれを『アニメ』と呼んでいる。変身、仲間との絆、成長——我々がコンテンツにしてきたものと、驚くほど構造が似ています」


 幹部たちが、少し身を乗り出した。


「私の提案はこうです。売り物を、『戦い』から『育成』に変える」


 画面に、企画の骨子が表示された。


「若くて経験の浅いトレーナーを一人、地球に送り込みます。候補生として、地球の少女たちを集めます。ただし——ヒロインに全く向いていない少女たちを」


「……わざと?」


 幹部の一人が聞いた。


「わざとです。ポンコツな候補生に振り回される真面目なトレーナー。この構図自体がコンテンツになる。戦闘シーンではなく、日常の悪戦苦闘を見せるのです。いわば——リアリティショーです」


 会議室がざわめいた。


「地球にはそういうジャンルの映像作品がすでに存在しています。一般人の生活を追いかけ、その素のリアクションを楽しむ——非常に人気のあるフォーマットです」


「しかし、敵がいないなら、ミッションはどうする」


「仕込みます」


 ダルマイヤックは涼しい顔で言った。


「敵がいないなら、作ればいい。センターが裏で事件を演出する。トレーナーも候補生も知らない。彼女たちは本気で対処する。その本気のリアクションこそが、視聴者の心を掴むのです」


 沈黙。


 幹部たちは顔を見合わせた。倫理的にどうなのかという顔と、これは当たるかもしれないという顔が半々だった。


「トレーナーの人選は?」


「すでに候補がいます」


 ダルマイヤックは一枚の画像を表示した。金髪のツインテール。真面目そうな目。研修生の制服を着た少女。


「ミルティナ=ニャンデーレ。研修生の中でも飛び級の優秀な子です」


「優秀ならなおさら、こんな企画に使うのはもったいないのでは」


「優秀だから、いいのです。真面目で一生懸命で、全力で取り組む。だから候補生に振り回されたときに面白くなる。彼女が選ばれた最大の理由は——」


 ダルマイヤックは、少しだけ笑った。


「リアクションが、良いんです」


---


 企画は承認された。


 条件付きだった。「パイロット版として開始し、視聴率次第で本格シリーズ化を検討する」。つまり、数字が出なければ即打ち切り。そしてセンターも廃止へと突き進む。


 ダルマイヤックは気にしなかった。


 むしろ、楽しんでいた。


 舞台は日本に決めた。理由は単純だ。この島国の文化に最も詳しいのが自分だから。そして「干支」という暦の体系に目をつけた。十二の動物。十二人の候補生。候補生の選定基準は、該当する干支の年に生まれた女性——年齢不問。赤ちゃんでもおばあちゃんでもいい。なんなら一つの干支に複数人いてもいい。


 なぜか。


 候補生探し自体をコンテンツとして引き延ばせるからだ。「次の候補生は誰だ?」「見つかるのか?」——連続性のあるフォーマット。長期シリーズに不可欠な要素。


 同年代の少女を中心に集めるのも計算だった。ミルティナと歳が近い少女たち。友情が芽生え、感情の起伏が生まれやすい。笑って、泣いて、ぶつかって、また笑う——そういう()が欲しかった。


 そしてトレーナーは猫のモチーフにした。十二支に入れなかった動物。日本の昔話で、ネズミに騙されて宴に遅れた猫。候補生たちの輪の中で、少しだけ外側にいる存在——ダルマイヤックはその構図を、面白いと思った。


---


 変身後のネーミング。


 これはダルマイヤックの個人的な趣味だった。


 センターの命名部門に依頼すれば、当たり障りのない格好いい名前がつく。だが、ダルマイヤックは自分でやりたがった。


「名前に仕込みを入れたい」


 そう言って、命名権を勝ち取った。


 ルールは一つ。響きはかっこよく、しかし裏の意味はこちらの思惑。地球の標準言語、イングリッシュが好まれることもリサーチ済みだ。


 パッションモンキー。表向きは「情熱的な猿」。裏の意味——単純にバカだから。候補生の猿渡翔子(さるわたりしょうこ)は、身体能力は高いが、知能は低いし、思いつきでものを言う。データを見た瞬間に決まった。


 バウンドドッグ。表向きは「跳ねる犬」。裏の意味——胸が揺れるから。候補生の乾睦(いぬいむつみ)の写真を見た瞬間、ダルマイヤックはこの名前を思いついた。彼がスーツのデザインを個人的に監修すると言い出したのも、このタイミングである。ボディラインを最大限に活かすスーツ——「機能を追求した結果」というのは半分本当で、半分は紛れもなく趣味だった。


 ミルキーマウス。表向きは——表向きも何もない。お団子ヘアのシルエットがあのキャラクターに似ていたが、地球の著作権法に配慮して変更した。なのにイメージカラーは黒のまま。夜摩涅梵(やまねそよぎ)、九歳。この子の名前を考えているとき、ダルマイヤックは笑いが止まらなかったという。


 そして、ミルティナ自身がつけた名前——スペーシーキャット。


 これだけはダルマイヤックの命名ではない。ミルティナが自分で考え、自分で名乗った。ダルマイヤックは、その報告を受けたとき、通信をミュートにして三十秒ほど笑った。


「いい子だ。期待通りだ」


 彼女のセンスのなさも、コンテンツの一部だった。


---


 そして——プロジェクト・アース、第三回の舞台裏。


 トラック事故。


 あれは、センターが仕込んだものだった。


 スクランブル交差点、歩道橋、坂道から下ってくる大型トラック、信号待ちの深あおりダンプトラック——すべてが、ダルマイヤックの演出だった。


 暴走トラックは無人で遠隔操縦。運転席に見えた「気を失った運転手」は精巧なホログラムだ。歩道橋の上で「あのトラック、様子が変だぞ」と声を上げた男性、事故後に「運転手のことは我々に任せろ」と駆けつけた男性陣——すべて、センターの所員である。


 スクランブル交差点の歩行者たちは本物の地球人だが、危険にさらされることはなかった。仮に誰も介入しなくても、トラックは交差点の手前で自動的に減速し、停止する仕組みだった。


 信号待ちの深あおりダンプトラックも、ダルマイヤックが配置させたものだ。しかも、翔子が仮想オブジェクトで遊んだのを見て、歩道橋の真下ではなく、予定より前方に配置したのである。荷台には砂利を積ませてある。翔子が飛び降りたとき、ブーツが砂利に埋まって身動きが取れなくなるよう細工してあった。——全て計算ずくだった。


「あのダンプは、翔子が降りてくることを想定して置いたのか?」


 編集チームの一人が後日、ダルマイヤックに尋ねたという。


「あの子は必ず最初に飛び出す。飛び出した先に着地できる高さの車を置いておけば、必ず乗る。乗ったら砂利に足を取られる。足を取られたら——ブーツを脱ぐ」


「脱ぐと予想していた?」


「あの子は進み出したら止まらない子だ。足が動かなくなったら、足を自由にする方法を選ぶ。理屈じゃない。本能だ」


 ダルマイヤックは、翔子たちが歩道橋を渡ることも、翔子の行動パターンも、完璧に読んでいた。


 すべてが、安全に設計されていた。


 すべてが、「画になる」ように設計されていた。


 ダルマイヤックは、モニターの前で一部始終を見ていた。


 翔子が歩道橋から飛び、空中に仮想オブジェクトの足場を展開して駆け降りたとき——「訓練中の遊びが活きたな」と呟いた。


 翔子がダンプの砂利に沈み込んだとき——「予定通り」と呟いた。


 ミルティナが光線銃を構え、しかし撃てずに迷ったとき——「最高だ」と呟いた。


 梵が冷静にタイヤのバーストを指示したとき——「天才だな、この子は」と呟いた。


 睦がバリアを展開し、交差点の歩行者を守ったとき——「あの遊びが、こう化けるか」と呟いた。


 翔子がブーツを脱ぎ捨て、裸足でトラックを受け止めたとき——「……いい画だ」と呟いた。


 ミルティナが涙を流し、「訓練が必要なのは私のほうでした」と言い、候補生たちが慰める。


 そして翔子が笑って聞いた。「正しく力使えた?」


 ミルティナが涙ながらに答えた。「はい!」


 ダルマイヤックは椅子にもたれかかり、天井を見上げて、深く息を吐いた。


「……完璧だ」


 モニターに映るミルティナの涙。翔子の大人びた笑顔。梵の静かな肯定。睦の温かい手。


 感動的なシーンだった。


 本当に、感動的なシーンだった。


 ——全部、仕組まれたものではあったが。


 ダルマイヤックは通信を開いた。センター本部の編集チームに繋がる。


「第三回の素材、最高だ。特にクライマックスの涙のシーン、複数アングルで押さえてあるか?」


『はい、ダルマイヤック指導官。六アングルで記録しています』


「よし。第三回は予告編を先に作れ。この素材なら、本編配信前に話題を作れる」


『了解です。ところで——前回までの視聴データの速報が出ています』


「見せろ」


 画面に数字が並んだ。パイロット版二回分の累計視聴データ。


 ダルマイヤックの目が、細くなった。


「……いいじゃないか」


 数字は、センターの存続ラインを大きく上回っていた。


「スポンサーも動き始めています。日用品メーカーのザイオン・コープが、次回以降のアイテム提供を打診してきました」


「アイテム案件か。いいだろう、受けろ。ただし、候補生に使わせるアイテムのデザインや仕様は私が確認する」


『了解です』


 ダルマイヤックは通信を切り、再びモニターに視線を戻した。


 画面には、定食屋で親子丼を食べるミルティナが映っている。翔子がカツ丼を三杯目に突入し、睦がうどんをすすり、梵がざるそばを黙々と食べている。


 四人が笑っている。


 ダルマイヤックは、引き出しから達磨の置物を取り出した。赤くて丸い、地球から取り寄せた本物だ。片方の目だけが描かれている。


 プロジェクト・アースの成功を祈って、着任時に片目を入れた。もう片方は、シリーズが正式に承認されたときに入れると決めている。


「……もう少しだな」


 達磨を机に戻し、ダルマイヤックは別の画面を開いた。


 候補生のデータベース。干支の一覧。まだ空欄が多い。


 次の候補生——。


 ダルマイヤックは一枚の写真を拡大した。


 新しい少女のデータ。


 彼は口角を上げた。


「次のヒロイン候補を見つけたぞ」


 それが誰なのかは——まだ、ミルティナは知らない。

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