第15話 世界を救う方法
銀、金、黒、緑、黄緑、紫。
六色の眩い光が、敵基地司令部を、まばゆく包み込む。光は私たちの体を覆い、全身に、戦闘スーツを、纏わせていった。
……これまでで、ビジュアル的にも、いちばん決まったのではないだろうか。六色のヒロインが、ずらりと、横一列に並び立つ。最奥の椅子に追い詰められた黒幕は、もはや、逃げ場もない。敵の総元締めを追い詰め、私たちの勝利は、もう、目前。あとは、降伏を促すだけだ。
そして——勝利を確信したならば、定石どおり。変身したら、堂々と、名乗る。これも、ヒーローの、基本である。
「風邪をひくからバカじゃない! パッションモンキー!」
「敵か、味方か……ミルキーマウス……」
「浪花節だよ、人生は! バウンドドッグ!」
「きょっ、恐怖は、友達……ウィンドラゴン!」
「ツケはキッチリ払ってもらうぜ! ブッシュバイパー!」
一人ずつ、ビシッと、ポーズが決まっていく。我ながら、感慨深い。あれだけ合言葉も言えなかった子たちが、今や、こうも堂々たる名乗りを。鬼軍曹として鍛えた甲斐も、あったというものだ。
追い詰めた黒幕の男とその側近たちは、ずっと神妙な顔をしてこちらを眺めている。どういう心境なのかは知らないが、立ち尽くしたままだ。
そして、最後に、私が、すっと一歩、前へ出た。さんざん悩み、推敲を重ねてきた、自慢の名乗りが、ある。
「銀河の、一条の希望——スペーシーキャット! ……我ら……あ……」
——そうだ。
まだ、チーム名を、決めていなかった。
締めの一語が、すっぽりと、抜け落ちている。これでは、せっかくの名乗りが、宙ぶらりんではないか。
「あれ? ミルちゃん、そんなんだっけ?」
「何とかの使者って、言ってなかった?」
しまった。バレている。
あれだけ、人の口上を「普通だ」だの「無難」だのと評しておきながら——実は私、あの夜、こっそり、推敲し直していたのだ。モーニングナイト様の「闇を切り裂く一条の光」を、少々、拝借して……いや。今は、そんなことより。チーム名がない方が、はるかに、重大だ。
「そ、そんなことを、言っている場合ですか!」
なかば、八つ当たり気味に、私は声を張り上げる。気を取り直さなくては。追い詰めた黒幕から、大量破壊兵器のありかを、聞き出さねば——。
「さあ、観念して、大量破壊兵器のありかを、言いなさい。……あれ?」
いつの間にか。最奥の椅子から黒幕の男や、側近の男たちの姿が、消えていた。
「あそこ! 壁の穴から!」
翔子が、叫ぶ。
見れば、幹部たちは、いつの間に移動したのか、先ほどロボット兵が突き破った、壁の大穴から、外へと、ひらりと身を躍らせるところだった。基地の陰に隠してあったらしい小型宇宙船へと、するりと乗り込む。そして、ハッチから、こちらを、ゆっくりと振り返った。その憎たらしい顔は——やはり、あの指導官に、瓜二つで。
「フハハハ! 人の名乗りは、ろくに聞きもしなかったくせに……ずいぶんと、ご立派な名乗りだったなあ!」
……あ。
「おかげで、ゆっくり、逃げ支度ができたわ。さっきのお返しだ。今度は、こちらが——無視させてもらうぞ!」
ぐうの音も、出なかった。
そうだ。先ほど司令部で、私たちは、あの男の名乗りを、最後まで、華麗に無視した。これは、その、お返し。よりにもよって、私が鳴り物入りで導入した名乗り口上が、こんな形で、最悪の隙を、生むとは。
「お探しの大量破壊兵器は、すでに起動させた! この世界もろとも、共に滅ぶがいい! ファーーッハッハッハ!」
高笑いを残して、小型宇宙船は、ぐんぐんと、上空へ遠ざかっていく。
私たちは、慌ててその大穴へと駆け寄り、スーツの脚力ブーストを、最大まで上げて、跳んだ。だが——すでに船は、手の届かないほど高く、舞い上がってしまっている。指の先が、虚しく、宙を掻いた。
「くっ……届かない!」
「やろう! ふざけやがって!」
つづらが、拳を握りしめる。
「そ……そんな、世界が……」
珠が、今にも泣き出しそうだ。
世界が、滅ぶ。私の——たった一つの、名乗りへのこだわりが招いた、この結末。指揮官として、これほどの失態が、あるだろうか。だが、落ち込んでいる暇は、ない。まだ、終わってはいないのだ。
「ボンちゃん! あれ!」
翔子が、梵に呼びかけた。
「ああ……わかった」
梵は、短くそう言うと、光線銃の拡大機能を、今度はつづらに向けて、放射した。
「うぉ!? なんだこりゃ!」
光を浴びたつづらの体が、みるみるうちに膨れ上がり、見上げるほどの、巨躯となっていく。前回の睦より遥かに大きい。遠ざかる小型宇宙船にも、手が届くほどの高さだ。
「つーちゃん捕まえて!」
「よっしゃああ!」
……巨大化は……今回はなしと思っていた。しかしこのままでは、世界が、滅ぶ、と——こうなっては、致し方ない。背に腹は、代えられない。
巨大化したつづらの背中で、刺繍の文字が、『大魔神』と書き換わっていた。なるほど。今の気分には、ぴったりだ。
つづらは、ビルほどの高さまで跳び上がり、逃走する小型宇宙船の尾翼を、がしりと、鷲掴みにする。そして船体を地面にブッ刺した。
「へへっ! タマ、来い!」
「うん!」
地面に突き立てられた船体を前にして、珠が腰を据えた。
「世界を滅ぼすなんて——許さない!」
恐怖ではなく、怒り。珠のスーツの出力数値が、別種の臨界点を超えて、跳ね上がる。普段の、あの臆病な珠とは、もはや別人だ。
そして、振りかぶった珠の拳が、小型宇宙船をものの見事に木っ端微塵に砕いた。小型宇宙船が砕け散ると、乗っていた男たちが露わになった。私と梵と睦が光線銃を向け取り囲むと、翔子が仮想デバイスで縄を形成し、黒幕の男たちを縛りつけた。
「勝った……」
だが——喜んでいる暇は、なかった。
ゴゴゴ、と。地の底から響くような、低い駆動音。後方で、見上げるほどに巨大な物体が、せり上がり、起動を、始めている。鈍く光る、その威容。あれが——彼らの言っていた、大量破壊兵器に、違いない。
「あれを停める方法を教えなさい! あなたたちも巻き添えになりますよ!」
「フフフ……無駄だ。一度起動させたら停まらん……」
「つづらさん!」
「姉御! 次は、あれだな!」
「はい! あ!でも待って、あれだけは取り扱いが……!」
つづらは、巨大化した体のまま、大量破壊兵器へと、走り出す。
だが、近づくにつれ、つづらの体が、見る間に、縮んでいった。
「え? 小さくなってってるよ!」
翔子が、梵に叫ぶ。
「拡大率が高いと、効力が早く失われてしまう……みたい」
梵が、冷静に補足する。拡大率が高いほど、効力は早く尽きる——そうだ。確かそのような仕様だった。
「なんだこれ? めちゃ疲れたぞ! はあっはあっ……」
元に戻ったつづらは、膝をついてしまった。拡大率の高さは、つづらの体力まで奪ってしまった。
私も、光線銃を抜き、拡大機能を作動させた。つづらに続けて使うことはできない。元々拡大機能は続けて使うと、その者の細胞の破壊を招いてしまうのだ。それに、あの兵器だけは取り扱いに注意が必要だ。粗忽な翔子には任せられない。かくなる上は——。
「睦さん!」
「え? また? いやや〜!」
問答無用で、私は睦に、光線を放った。睦の体が、またもや、ぐんぐんと、巨大化していく。
……もう、ここまで来たら、何でもありだ。あれほど禁じた巨大化を、とうとう、私自身も使ってしまった。世界が滅ぶよりは、マシである。トレーナーとしての矜持は、後で、いくらでも、反省しよう。
「あれを、壊したらええの〜?」
「いいえ! 壊してしまうと、起爆する恐れがあります! 今は発射してしまわないよう、押さえてください!」
「ええ〜!?」
巨大化した睦が、半泣きになりながら、それでも、見上げるほどの大型ミサイルに、むぎゅっと覆いかぶさる。発射されてしまわないよう、その豊かな巨体で、ぐっと、押さえ込んだ。傍から見れば、巨大な睦がミサイルに抱きついているだけの、なんとも、締まらない絵面である。だが、今はこれが、世界の命運を、握っている。
「睦さん、その調子です! 絶対に、離さないでください!」
「うう〜、責任重大やわあ〜……!」
私は、先行く翔子が形成した仮想デバイスの足場を、一段、また一段と駆け上がり、大量破壊兵器が仕込まれた、ミサイルの本体へと、よじ登った。梵も、その小さな体で、私のあとに、ぴたりと続く。
はるか眼下に、市街地のフィールドが広がっている。スーツを着ているから飛び降りても平気だ。だがそれでも足が、すくむ。だが、ひるんではいられない。私たちは、ようやく、ミサイルの弾頭部に到達した。私が弾頭の切り離しに、梵が起爆装置の無効化に、それぞれ着手する。一刻の猶予も、ない。
ゴッ——と、巨体の下で、ロケットエンジンが、点火した。
「あっつ〜いいっ!」
睦の、艶めかしい悲鳴が、こだまする。エンジンの炎が、その下半身を、容赦なく炙っているのだ。スーツ越しでも熱いものは熱いのだ。気の毒だが、今は、こらえてもらうしかない。
しかも、まずいことに。大型ミサイルの周辺に配置された防衛兵器が、続々と起動し、無防備な睦めがけて、一斉に、攻撃を始めようとしている。
「シャイニング・モンキー・パーンチ!」
一足先にミサイルから降りていた翔子が、飛びかかってきた周辺兵器の一つを、横合いから、殴り砕く。技名は仰々しいが、要するに、ただのパンチである。
「あたいらも、手を貸すぜ! サルネエ!」
「が、頑張ります……!」
つづらは再び立ち上がり、珠とともに翔子に加勢して、周辺兵器の破壊に加わった。
「おらっ、こっちだ、ポンコツども! ムツネエを狙うんじゃねえ!」
なんで、光線銃を使わないのか。光線銃……そうだ。
「珠さん! 光線銃に冷却機能があったはず!」
「……は、はいぃ!」
珠は、もたもたしながらも、光線銃の冷却光線をロケットエンジンの炎めがけて放った。エンジンを停められなくても、睦の熱によるダメージは抑えられるはずだ。
私たちの眼下では、三人で、巨大な睦を、必死に、守り抜こうとしている。だが、いかんせん、数が、多すぎた。すべては防ぎきれず、いくつかの砲撃が、睦の巨体に、まともに、命中する。
「いた——い!」
睦の艶やかな悲鳴とともに、大粒の涙が、ぼたぼたと、滝のように、私と梵に、降りかかった。
まずい。先ほどのロボット兵の攻撃と違って、こちらの防衛兵器は、いささか、本物のダメージがあるらしい。このままでは、睦が、押さえきれずに、手を離してしまう。時間が、ない!
「睦さん! 頑張って!」
睦の涙で、頭からびしょ濡れになりながらも、私たちは、決して、手を止めなかった。スーツは、高性能だ。ヘルメットのスコープと多機能端末で、処理能力を最大限まで引き出し、グローブのブーストを上げて、指の動きを、極限まで、高速化していく。
「できた。解除」
梵の作業が、先に、終わった。さすが、天才少女。九歳とは、到底思えない手際である。
「私も、もう少し!」
最後のプログラムを読み込ませると——カチリ、と。弾頭と、ミサイル本体が、切り離された。
私は梵を抱き抱え、ミサイル本体から飛んだ。
「睦さん! 切り離した弾頭は、そっとその場に置いて、本体の方を、上へ放り投げてください!」
信管を無効化した弾頭は、衝撃さえ与えなければ、もう、危険はない。問題は、いまだエンジンが燃え盛る、本体の方。弾頭を切り離したとはいえ、そのまま飛ぶ出せば、プログラムされた目標地点へ飛んでいってしまう。そこに落下するだけでも大変な被害である。とにかく上空へ放り、全員の光線銃で、安全圏で、焼き払う。それが、私の描いた、最後の絵図だった。
「ほ、本体って、どっち〜!?」
弾頭と炎を上げる本体を両手に、すっかり気が動転している睦。こちらは落下中、悠長に説明している余裕はない。
「いいから、早く!」
「こっちを置いて……はいぃっ!」
睦が、目を瞑ったまま、えいやと、力いっぱい、放り投げる。私は地上に着地すると、全力で最後の指示をする。
「みんな、光線銃の出力をマックスに。本体を、破壊します!」
睦以外の全員が光線銃を構え、睦が放り投げた物体に、照準を合わせる。全員のヘルメットのターゲットスコープが、それを、正確に、捉えた。
「てっ!」
銀、金、黒、黄緑、紫——五条の光線が、寸分の狂いもなく、命中する。
その、瞬間。
睦のすぐそばから、別の物体が——ミサイル本体が、ロケットエンジンの炎を噴いて、勢いよく、飛び去っていった。
「……あれ? 今の……」
「私たちが、打ったのって……」
ぞわり、と。背筋を、冷たいものが、駆け上がる。全員の動きが、ぴたりと、止まった。
燃え盛る本体は、たった今、私たちの元を飛び去っていった。なら——今しがた、睦が空へ放り投げ。私たちが、五人がかりの最大出力で、寄ってたかって、撃ち抜いた、あれは……?
あれは……
あれは、弾頭だ!
目の前が、真っ白に輝き、何も、見えなくなった。
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気がつくと、仮想空間は、跡形もなく消えていた。
私たちは、拠点の地下、トレーニングルーム。バーチャル・トレーニング・システムのポッドの中に、ぐったりと、横たわっていた。
ポッドのディスプレイには、無慈悲に、こう表示されている。
『DEAD : FAILED MISSION』
……もう少しで。
もう少しで、このポンコツヒロインたちで、あの上級プログラムを、クリアできるところだったのに。
あれだけ、敵を追い詰めて。あれだけ、惜しいところまで、いって。最後の最後で、自分たちの放った光線で、世界を吹き飛ばすとは。……笑えない。いや、少しは、笑えるかもしれない。
ポッドから這い出した私たちは、めいめい床に座り込み、ささやかな反省会を開いた。
「ムッちゃんが、間違えて投げたのが、原因じゃん」
「だってぇ、咄嗟やったし……どっち〜って聞いたやんかあ〜」
ワイワイと、責任のなすりつけ合いが、始まる。
「まあまあ、みなさん。本当に、よく頑張りました。ただ——戦う能力のほかに、色々と、知識も必要だということが、よくわかったでしょう」
一応、ここは、トレーナーとして。今後の訓練の励みになるよう、丸く収めなくてはいけない。
「……つーかよ。あの長ったらしい口上やってる間に、ラスボスに逃げられたんだよな」
「そうだよ。ミルちゃん、あれは、いらなかったよね?」
つづらと翔子の矛先が、ぐるりと、私に向いた。私は、かあっと、顔が、真っ赤になる。
……確かに。名乗り口上を導入したのは、私だ。だが…だがしかし…。
「そ、そもそも! 元はと言えば、翔子さんとつづらさんが、最初に勝手な行動をしたところから、始まっているんですからね!」
結局、私も、トレーナーとしての立場を、すっかり忘れ。一緒になって、責任のなすりつけ合いに、参戦してしまった。
「ええ〜、あたしらのせいにするの〜? ひっどーい!」
「そうだぜ姉御! 百体でスーツの変身が解けなかったら話は変わったぜ!」
「あ……物理攻撃は相手のカウンター攻撃の防御機能も同時発生するから消耗が早いんです!」
「えー、教えておいてよ〜」
「光線銃使えばいいでしょー!」
「あたいは、最後、ちゃんと宇宙船、捕まえただろうが。むしろ、殊勲賞だろ。タマも見事なパンチだったぜ!」
「初めて怒ったかも……で、でも、わたしはそれしか……」
「も〜やめて〜、うちが悪いんやぁ〜、わ〜ん」
「もう、ムツネエ、泣くこたね〜だろ」
「うう〜……だってぇ……」
「梵さんは、何か、言うことは——って、もう、リュック背負ってるじゃないですか!?」
睦は、自分の投げ間違いを、よほど気に病んでいるのか、隅っこで、しくしくと、泣いている。珠は、おろおろと誰をなだめればいいのか、わからずにいる。そして肝心の梵は、我関せずといった顔で、とっくにリュックを背負い、帰る気満々であった。
……まったく。
世界を救うどころか、自分たちの手で、それはもう盛大に、世界を滅ぼしておいて、この、緊張感のなさである。
……だが。不思議と、本気で腹を立てる気には、なれなかった。いや、立ってはいるのだが。こうして、誰一人欠けることなく、ぎゃあぎゃあと、責任をなすりつけ合っている姿を眺めていると、なんだか、毒気を、すっかり抜かれてしまう。これが——私の、教え子たちだ。
——やっぱり、こいつらなんか、ヒロインじゃない。
ちなみに、チーム名のことはすっかり忘れ、決まらないままだった。
胸を張って、堂々と名乗れる。その日は——まだ、ずいぶん、先のようである。




