幕間ノ五「舞台裏——筋書きのない傑作」
ミルティナの拠点の近くに、センターの所員が数名、ひっそりと待機していた。
彼らは、ミルティナよりも一足早く地球へ送り込まれた、「プロジェクト・アース」のためのスタッフたちである。
思えば、ミルティナたちが初めて変身を遂げた、あの日。交差点へ猛然と突っ込むトラックを操ったのも。「あのトラック、様子が変だぞ」と、わざとミルティナたちに聞こえるよう、声を張り上げたのも。翔子がはまり込んだ、あの荷台の深いトラックを運転していたのも。騒ぎが収まったあと「運転手のことは、こちらに任せろ」と颯爽と歩み寄り、運転手のホログラムを、そっと回収したのも——すべて、この男たちの、完璧な裏方仕事だった。
珠が加入した日には、彼女を旧市民会館へと巧みに誘い込み、黒い塊をけしかけて、襲わせた。つづらが加入した日には、その黒い塊で、彼女と敵対するヤンキーを、裏から操ってみせ、つづらの不屈の根性に涙していた。表舞台のヒロインたちは、誰一人として、この影の演出家たちの存在に、気づいてなどいない。
やがて、翔子と梵、睦、珠、つづらが連れ立ってやって来て、ミルティナが、いそいそと出迎えるのが見えた。
しばらくして、所員の一人が、ミルティナのものとよく似たモバイル端末に、目を落とす。
「センターからの入電だ。現在、六人は地下のトレーニングルームにおいて、ポッドから完全に仮想空間入り。出入り口のセキュリティ解除も、確認済み——とのことだ」
「よし。行くぞ」
所員たちは、ミルティナの拠点へと、堂々、正面の入り口から踏み込んだ。
なお、この拠点は、なぜか、わざわざ履き物を脱ぐ造りになっている。所員たちは、しっかりと気を遣い、きっちり履き物を脱いで、つま先を揃えた。——侵入であることを、誰も疑わない、丁寧さである。
拠点内の転移装置の前に立つと、読み取り口に記憶媒体のカードを差し込み、大阪拠点用の転移装置の、三次元データを、流し込んでいく。データ保存の間、転送装置が起動を始め、何か転送中であることを示している。やがて、装置の扉が、音もなく開いた。中から、アルケオンリングの研修センターにいたはずの所員が、ぬっと、姿を現す。転送装置を使って、はるばるアルケオンリングから地球にやってきたのだ。
「おう、久しぶりだなあ!」
所員たちは、互いの肩を、ばしばしと叩き合った。アルケオンから来た所員は、地球組の数人に、両手いっぱいの荷物を、差し出す。地球で踏ん張る彼らの、家族からの差し入れである。
「これは……ありがたい」
「なにせ、銀河の遥か彼方への、単身赴任だもんなあ!」
そう言って、男たちは、からからと笑い合う。
差し入れの中には、ミルティナ宛てのものも、混じっていた。彼女の、家族からだ。所員たちは、ミルティナが使っているテーブルにそっと置いておいた。
「それから、みんな。センターのダルマイヤック指導官からも、差し入れがあるぞ」
「ほう。指導官にしては、なかなか気前がいいじゃないか」
アルケオンの男たちが好む、年代物の高級酒が、ずらりと配られる。
「メッセージも、預かってきた。読むぞ。——『彼女も、若いのに、よく頑張っている。振り回されっぱなしだが、優秀なトレーナーだ。今や、アルケオンの人気者になりつつある。これも、みんなのおかげだ。ささやかながら私の気持ちだ。これからも、よろしく頼む』——だ、そうだ」
「ありがたく、頂戴しておこう」
所員たちは、和気藹々と、それぞれの目的を果たすと——来た時と、まったく同じように。何事もなかった顔で、ミルティナの拠点を、後にするのだった。
その頃。アルケオンリングの研修センターでは、ダルマイヤックたちが、特別訓練の様子を——固唾を呑んで、いや、酒を片手に、モニタリングしていた。地球のスタッフたちに贈ったものと同じ酒だ。
画面の中では、ちょうど、翔子とつづらが、真正面から殴り込みをかけ、ロボット兵を、片っ端から、破壊しているところだった。
「おいおい。このロボット兵、弱くないか?」
ダルマイヤックが、隣で画面を覗き込む研修生指導員——フォークスに、問いかける。
「いいえ。彼女たちが、強いのです。……正直、驚きました」
「前回のパッションモンキーは、やられっぱなしだったんだがな」
「彼女の適性は、空間察知能力と、記憶力にあります。ロボット兵の攻撃のタイミングとパターンを、即座に覚えてしまうのでしょう。被弾が、最小限です」
「ほう」
「ブッシュバイパーは、とにかく攻撃力が、異常に高い。『攻撃は最大の防御なり』——地球にも、同じような言葉があるそうですが。まさに、それですよ」
「ずいぶん、冷静な分析じゃないか。だが、この調子じゃ、制御装置を見つけ出す前に、戦力のほとんどを、あの二人に潰されちまうんじゃないか?」
「いいえ。スーツの特性を、お忘れですか。彼女たちは——なぜだか、物理攻撃のみで、戦っているのです」
「ああ、そうだったな……物理攻撃は、相手のカウンターに対する防御を発動するからな。実は消耗が早い。はっはっは! あれだけ派手に暴れて、百体も壊せば——」
「ほら。ちょうど、その時が、来たようです」
画面の中では、突然、翔子とつづらの変身が解け、二人が、揃って、間の抜けた顔をしている。そこへ、捕獲ロボット兵が、二人を、まとめてさらっていった。
「”さらった”ということは。プログラム内の敵は、あの二人を人質に、残りの仲間を、おびき寄せる腹づもりなのでしょう」
「それにしてはだ。残った四人を、まるっきり、ほったらかしに見えるが? ヴェルヌで戦った連中は、あんなに、バカじゃなかったと思うんだがな」
「ええ。彼女たちが、想定外すぎるのですよ。初手から、あんな目立つ攻め方をされて、どう対処するか——若干、プログラムの不備が見受けられますね」
ダルマイヤックは、つまらなそうに、モニターを睨んだ。
「う〜む。もう少し、何か、起きんものか……」
この特別訓練を、彼女たちがクリアできるかどうかなど、ダルマイヤックには、心底どうでもいい。ただ、ミルティナたちが、何か、とんでもないことを、しでかしてくれること。それだけを、彼は、心待ちにしているのだった。
その期待に応えるかのように。ミルティナたちは、敵基地に潜入すると——なんと、自ら変身を解いて、機動兵器の制御装置を、探し出してみせた。
「……なんだか、あいつらを見ていると。ヴェルヌで、死ぬほど苦労した私たちが、ひどく、バカみたいに思えてくるな」
ダルマイヤックは、なんとも複雑な面持ちで、その様子を、見つめていた。
「指導官。あの、捕まった二人に、動きがありますよ」
翔子とつづらは、牢を見回りに来たロボット兵を、まんまと利用して、檻を破る。今度は生身のまま、ロボット兵を、さんざんに翻弄しながら、逃走を始めた。
「指導官。やはり、この二人は……異常です」
「ふふ。また、この二人か。実に、面白いじゃないか!」
やがて、散り散りだった六人は、ついに合流し、司令部へと、たどり着く。
「おや? フォークス君。この黒幕——私に瓜二つでは、ないか!」
「……そこは、ご愛嬌、ということで……こういう訓練プログラムの悪役は指導員たちを使うと、研修生たちにウケがいいのですよ」
モニターの中では、ミルティナが、生身のまま、武器を構え、幹部たちを、その場に縫い止めている。そして、まんまと、翔子とつづらのブレスレットを、奪い返してみせた。
「おいおい。とうとう、幹部を、追い詰めたぞ」
「まさか、彼女たちの、あの無茶苦茶な行動で……ここまで来るとは。私にも、まったくの、想定外です」
フォークスの顔にも、さすがに、不安の色が滲み始める。——だが。ここで、ダルマイヤックの、何よりの好物とも言える、あの瞬間が、訪れた。
変身後の、名乗り口上。その、間延びした隙に。幹部たちが、まんまと、逃走したのである。
「わ〜っはっはっは! ここまで来て、これだよ、フォークス君!」
「……し、信じられません。何を、やっているんだ!? ニャンデーレは……」
そして、ここからが——この、ポンコツヒロインたちの、真骨頂であった。
ついに彼女たちは、禁断の拡大機能を持ち出し、敵を、追い詰めにかかる。巨大化した睦が、ミサイルにしがみつき、半泣きで、悲鳴を上げている。
「いいぞ! もう、それしかないだろう! もっと、やれ!」
手を叩きながら、嬉しがるダルマイヤック。
「指導官。はしゃぎすぎです。……こんな攻略法、とてもじゃないが、研修生たちには、見せられませんよ」
「何を言う。これは、配信番組だぞ!」
「う……そう、でした」
モニターの中では、ついに、敵の最終兵器であるミサイルの、無効化にまで、成功してしまう。
「おいおい。これは……本当に、攻略しちまうぞ!」
「なんと、いうことだ……」
そして。睦が、切り離した弾頭を——間違えて、空へと、放り上げた。
「ん!?」
「……いま、あの子。どっちを、投げた?」
「……弾頭、だった気が……」
六条の光線が、見事に、その弾頭を、撃ち抜く。その、瞬間——起爆。
画面が、真っ白に、眩く輝き。そして、ふっと、黒く、染まった。
やがて、モニターには、無慈悲な一文が、浮かび上がる。
『任務失敗 全員死亡』
ダルマイヤックは、これでもか、というほどに、笑い転げた。
「はっはっはっはっは! いかん、苦しい! 腹が、よじれる!」
「指導官……こちらは、笑い事では、ありません。このプログラムも、また、見直しです。……また、残業ですよ」
フォークスは、がっくりと肩を落とし、とぼとぼと、部屋を出ていった。
ダルマイヤックは、上機嫌のまま、残ったスタッフに、高らかに、命じる。
「よし! この、ポンコツな彼女たちの——チーム名を、視聴者から、公募するぞ!」
もう、ダルマイヤックの目には。次の一手のことしか、映ってはいないのだった。




