第14話 脱力のすゝめ
「どうするん? 次々と、元の配置に戻ってるでぇ〜」
多機能ツールの画面で、ロボット兵の動きを眺めながら、睦が心配そうにこぼした。二人のもとへ殺到していた機動兵器が、潮が引くように、それぞれの持ち場へと、帰還し始めている。
「ひぃぃぃ」
珠も、不安そうだ。とはいえ、この子の場合、ロボット兵に出くわしてしまえば、その恐怖でかえって、ロボット兵を壊滅させかねないのだが……今は、その力は温存しておきたい。
「みなさん。いったん、変身を解きましょうか」
「え?」
全員が、きょとんと私を見る。
「攻撃型のロボット兵が、強いエネルギー源を警戒することがわかりました。ここは、生身の人間なら、感知されない可能性があります」
梵、睦、珠は半信半疑のまま、私と共に変身を解いた。色とりどりのスーツが解け、ただの女子学生四人に戻る。
その直後だった。ロボット兵たちが、続々と、元の配置に戻ってきたのだ。充電ドックに収まる個体、武器のエネルギーを補充する個体、損傷したボディを引きずって整備ドックへ向かう個体。私たちのすぐ脇を、何事もなかったかのように、通過していく。どうやら、生体反応は、警戒の対象ではないらしい。
右手で顎をさすりながら、梵が、淡々と提案した。
「まだ、生体情報をまったく感知できないとは限らない。少しでも、可能性を潰しておきたい。……ムツ」
「なに〜」
「ここに立って、思い切り脱力してみて」
「だつりょく?」
「いつもみたいに、ホワンとしてて」
「難しいわあ〜」
「今日の晩御飯、何食べる?」
「せやなあ〜……生姜焼きとかええなあ……いや、オムライスも捨てがたい……」
睦が、ほんわかした笑顔で、今晩のおかずに思いを馳せ始めた。見事なほどの、脱力感である。気配という気配が、綺麗さっぱり、抜け落ちていく。
……と、その睦の背後を、ロボット兵が一体、通りかかった。
「ひっ」
珠が、声をあげそうになる。
「しっ」
私はすかさず珠の口を押さえ、梵とともに、息を殺した。
ロボット兵は、睦のすぐ脇を、ゆっくりと通過していく。睦の視界に、その巨体が、ぬっと入った。さしもの睦のほんわか笑顔も、もはや、完全に硬直していた。
そして、ロボット兵は——私たちを、まるで気にも留めず、通り過ぎていった。
「よし」
「よし、やないで〜、ボンちゃん」
睦が、半泣きで振り返る。
「おとりやんかあ〜。いっつも、うちを実験台にせんといて〜」
気の毒に。だが、小さな九歳の天才の前では、はるかに年上の十九歳も、ただの被験体に過ぎないのである。
私たちは、変身を解いた生身のまま、敵の基地内を進んだ。基地の構造は、翔子とつづらが連行された一角と、ロボット兵が集まる一角とに、大まかに分かれているらしい。だが——肝心の、大量破壊兵器がありそうな施設が、どうにも見当たらない。
「あ、あの……これ、エレベーターでしょうか」
珠が、ある扉を見つけて、おずおずと私に尋ねてきた。
「お手柄です珠さん。大きさからして、さっきのロボット兵でも乗れそうですね。……そうだ」
私は、先ほど回収した、ロボット兵の個体認識チップを、扉のセンサーにかざしてみた。
プシュー。
扉が、開いた。
全員でエレベーターに乗り込み、内部の操作盤を操って、地下へと降りていく。
ガアアン。
エレベーターが停止し、扉が、再び開く。その先に広がっていたのは——戦車、ミサイル、夥しい数の兵器が、整然と並んだ、巨大な空間だった。
「ここ、怪しい……!」
見たこともない大型兵器の数々……いかにも、何か重要なものが眠っていそうな、物々しい雰囲気だ。
「ミルちゃん、大量破壊兵器は、この中にあるんやろか〜?」
「わからりません。でも、調べる価値はあるでしょう。それに、ここも壊滅させた方がいいですし」
珠は、ずらりと並んだ兵器の威容に怯えて、いつの間にか、私の背中に、すっかり隠れてしまっていた。
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一方、その頃。
基地の片隅、隔離部屋の中。
捕らえられ、ブレスレットまで奪われた翔子とつづらは——なぜか、まるで悲壮感のない様子で、床にぺたんと座り込んでいた。
「ねえ〜、つーちゃん。なんで、変身解けちゃったのかなあ?」
「知るかよ。でもよ、サルネエも、意外とやるじゃねえか」
「へへっ。すばしっこさなら、負けないよ!」
「あたい、ちょうど百体つぶしたとこで、変身が解けてよ。振り向いたら、でっかい捕獲ロボットが、ぬっと立ってやがった」
「え? あたしも、百だった」
「……なに?」
つづらが、目を見開く。
「まさか、ちょうど百体で、スーツの限界が来たってことか? 姐御、そんなこと、一言も教えてくれてねえよな」
「でもさ、それって……」
翔子が、ぱっと、顔を輝かせた。
「同点ってことだよね!?」
「……だな」
二人は、捕まっている身であることなど、すっかり忘れ果てたように、がっしと固い握手を交わした。
「次は、ぜってえあたいが勝つからな」
「望むところだよ〜!」
……勝負の前に、まず、ここから出ることを考えてほしいものである。
「なあ、サルネエ。腹、減らねえか」
「減った〜。ねえつーちゃん、ここ、ごはん出るのかなあ?」
「出るわけねえだろ。……つーか、こういうとこはな、見張りの隙を突いて出るもんだ」
「えっ、つーちゃん、捕まったこと、あるの!?」
「……ねえよ。雰囲気だ、雰囲気」
雰囲気で、語らないでほしい。補導くらいは絶対経験あるだろう。
ひとしきり互いの健闘を称え合うと、二人はようやく、脱出口を探し始めた。
翔子は、まるで猿のように、するすると壁をよじ登り、天井に手をかけて、ぶら下がる。
「う〜ん、上は、無理そ〜」
一方のつづらも、対抗して壁に挑むが、こちらは数歩のぼったところで、ずるずると滑り落ちた。
「ちっ……んなとこ、よく登れるな」
悔し紛れに、つづらは、格子状の扉を、思い切り蹴りつける。
ガンッ。
「……いってぇ」
扉は、びくともしない。じんじんと痛むつま先を、つづらは、意地でも、さすらなかった。
「だめだね〜。ブレスレットも、取られちゃったしさ〜」
天井からぶら下がったまま、翔子が、のんきに言う。
二人が派手に動き回り、騒々しい物音を立てたせいだろう。見張りのロボット兵が一体、巡回にやって来た。
「お、いいとこに来やがった。おい、てめー! ここから出しやがれ!」
つづらが格子越しに凄むが、ロボット兵は、ぴくりとも反応しない。
「……シカトかよ。上等じゃねえか……こいつさっきの連中とは違うタイプだな……」
つづらは、腰元から愛用のチェーンを引き抜くと、頭上で、ぶんぶんと振り回し始めた。
「おらおらおらぁ! こっち向けや、ポンコツ!」
格子の隙間から、チェーンの先端が、ロボット兵を何度も打ち据える。さすがに無視しきれなくなったのか——ロボット兵が、ゆっくりと銃口をつづらに向け、エネルギーの充填を始めた。銃口の奥が、じりじりと、赤く熱を帯びていく。
「つ、つーちゃん、それやばいって!」
「サルネエ、離れてろ」
つづらは、なおも不敵に、チェーンで挑発を続ける。そして、銃口の輝きが、頂点に達した、その瞬間——
「今だっ!」
ボワッシュ! ガシャーーン!!
放たれたエネルギー弾を、つづらは、紙一重で、真横へと跳んでかわした。つづらを狙った光の塊は、格子状の扉を、木っ端微塵に吹き飛ばす。
「しゃー! あたいの読みどおりだ!」
「すっご〜い! つーちゃん、頭いい〜!」
……いや。頭がいいのだろうか、これは。
「よっしゃ、ついでに、こいつもブッ飛ばして——」
勢いそのまま、二人はロボット兵へ、渾身の蹴りを見舞った。
ゴッ。
「「……いってぇ!」」
生身の足では、金属の塊は、びくともしない。じんじんと痺れるつま先を抱えて、二人は、ぴょんぴょん飛び跳ねた。
「こいつ、ぜんぜん効かないね〜!」
「ちいっ、スーツなしじゃ、話になんねえ! ずらかるぞ、サルネエ!」
基地内に、けたたましい警告音が、鳴り響き始めた。
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基地の内部の様子が、また一変した。
地下の兵器格納庫にいた私たちは、自分たちが発見されたのかと、咄嗟に身構える。
「み……見つかったんでしょうか……」
珠が、狼狽える。
「いや……ロボット兵は、基地の内と外を、ウロウロしてるだけ。何か、探してる?」
梵が、画面を睨んだまま、首をかしげる。
「警告音の意味は”逃亡者あり”……でも二人の位置は同じ……あ、そうか」
梵が、ふと、目を見開いた。
「示しているのは、二人の位置じゃない。ブレスレットだ」
「は! そうか!」
点と点が、線で繋がる。
「変身を解かれて、ブレスレットを奪われたまま、二人が脱走した——ということですね!」
「ほんなら、このブレスレットがある場所って……」
「きっと、敵の総元締めがいる、司令部」
「はい! とりあえず、ここの発進ゲートに爆破装置を仕掛けて、ブレスレットのある場所へ、向かいましょう!」
結局、この格納庫でも、大量破壊兵器そのものは、見つけられなかった。だが、せめてもの仕事は、しておく。私たちは、兵器の発進ゲート、ミサイル、弾薬の数々に、ありったけの爆破装置を、仕掛けていった。
「これを、持って行きましょう」
私は、回収した個体認識チップを使い、使用可能な兵器を一つ、拝借した。他にもいくつかあったが、変身を解いた生身では、どれも重くて、運べそうにない。
そして、エレベーターで、元の階へと戻る。
扉が開くと、ロボット兵たちは、すでに出払っていた。翔子とつづらを、捜し回っているのだろう。私たちは、ブレスレットが奪われているであろう、基地の司令部へと向かって、走り出した。
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その頃、翔子とつづらは、追ってくるロボット兵を、まるで障害物か、あるいは遊具のように扱いながら、基地の中を駆け抜けていた。
「つーちゃん、あたしとおんなじように、ついてきて!」
「うぉぉぉ!」
翔子が、パルクールの要領で、ロボット兵の頭を、ひょいと飛び越え、別の一体の股の下を、するりとくぐり抜ける。壁を蹴り、宙を舞い、また次の壁へ。まさに、水を得た”猿”、である。
つづらも、負けじと、それを真似る。が、こちらは、飛び越えるべきロボット兵を、片っ端から拳と蹴りで、薙ぎ倒しながら進んでいた。器用さより、力技。同じ道を通っているはずなのに、つづらの後ろにだけ、倒れたロボット兵の山が、できあがっている。
「つーちゃん、それ、避けた方が早いってば〜!」
「うるせえ、こっちの方が、気持ちいいんだよ!」
翔子が、ロボット兵の肩を踏み台にして、空中で、くるりと一回転を決めてみせた。
「どお!? 今の着地! 10点満点じゃん!」
「ぬるいぜ、サルネエ。あたいは、こうだ」
つづらは、目の前に立ち塞がる二体を、チェーンの一閃で、まとめて薙ぎ倒す。もはや、採点競技ですら、なくなっていた。
ちなみに、追手を蹴り飛ばすたび、つづらのつま先は、地味に痛んでいる。だが、本人は、意地でも、顔には出さない。
行く手に、ロボット兵が、ずらりと壁のように立ち塞がった。
「うわ、いっぱい!」
「上等だ。まとめて、かかって来い!」
つづらが拳を鳴らす横で、翔子は、ひょいと近くの配管に飛びつくと、それを伝って、壁の連中を、まるごと飛び越えてしまった。
「つーちゃん、こっちこっち〜!」
「サルネエ、ほんとに猿みてえ!」
つづらは結局、壁のロボット兵を、一体残らず殴り倒してから、翔子を追いかけた。明らかに、遠回りである。
「ねえねえ、今ので、何体目〜?」
「数えてねえよ! ……いや、待て。さっきの牢屋からのぶんを足すと——」
逃走の真っ最中だというのに、二人はまだ、しっかり撃破数を、競っていた。
そして——四人で走る私たちと、二人で駆ける翔子・つづらは、通路の角で、ばったりと、鉢合わせた。
「うわあ——!」
「姐御!」
「サルちゃん! つーちゃん!」
「もう! 二人とも、勝手なことばかりして!」
思わず、私は、声を荒げてしまった。少しは、心配した私の身にも、なってほしい。
「で、姐御。なんで変身してないんだ? みんなもブレスレット取られたのか?」
「そのことは後で! 今は急ぎます!」
……この子たちは、本当に。
「あたいらはブレスレット取られちまったんだよ! これじゃ、まともに暴れられねえ!」
「それなら、こっちです。心当たりがあります」
「えー、そっちは、ロボットがいっぱいいるよ!」
「大丈夫です。攻撃さえしなければ、向こうは気づきません。……それが変身を解いてる理由です!」
「へ……なんだって!?」
「ねっ、ミルちゃん、あそこの扉、なんだろ? 開けてみよ〜」
「翔子さん、寄り道は禁止です。……翔子さん、つづらさんも大丈夫ですからこのままついて来てください」
私は二人の手を引っ張る。まるで、遠足の引率である。横道逸れたがる猿と、暴れたがる蛇を、両の手にしっかり確保して——いや、私は今、一体、何の訓練をしているのだろうか。
不服そうな二人を、しっかり真ん中に挟む。私たち六人は、再び息をひそめ、ロボット兵に見つからぬよう、慎重に歩みを進めた。
「なんだよ、あいつら。大人しくしてりゃ、何にもしてこねえのかよ」
つづらが、拍子抜けした顔で、すぐ脇を通り過ぎるロボット兵を、見送る。さっきまで、あれだけ派手にやり合っていた相手である。気持ちは、わからなくもない。
やがて、私たちは、基地の司令部と思しき場所に、到達した。
私は、持ってきた兵器を構える。梵が、回収したチップで、扉を開けた。
扉の奥——部屋の最奥に、敵の総元締めと思しき人物がふんぞり返って座っており、その周りを側近が囲んでいる。
他の五人は、知る由もないだろうが……その総元締めの容姿は、ダルマイヤック指導官に、瓜二つだった。
憎たらしい。似せて作られたから、ではない。あの指導官の顔そのものが、ただ純粋に、憎たらしく感じられた。
「ふふふ……よくぞ、ここまで来たな。私の名は——」
私たちは、その口上を、華麗に無視した。
「動くな!」
私は持ってきた兵器を構えて、幹部たちをフリーズさせる。
「……まあ聞け。私の名は、暗黒の支配者、ダル——」
「ブレスレットあったよ」
部屋の一角に、ブレスレットが封印されている装置を、翔子がいち早く見つけ出す。
「ふ……ブレスレットが返してほしければ、私の話を……」
どかーん!
私は、持ってきた兵器の引き金を引き、その装置を、まとめてぶち破った。
「よし、出た。翔子さん! つづらさん!」
封印を解かれたブレスレットを、翔子とつづらが、すばやく装着する。
「……だから、聞けよ!」
「あ、すみません。何か、おっしゃってましたか?」
「もういい! いますぐ機動兵器隊をここへ呼び寄せる!!」
間髪入れず、私は、仕掛けておいた爆破装置を、起動させた。
——遠くで、地響きのような大爆発が、いくつも連鎖して、轟いた。
「な……何の音だ!?」
ボスが、初めて、顔色を変える。
司令部の外では、ロボット兵たちが、ぴたりと動きを止め、その場で沈黙した。制御装置も、地下の兵器も、まとめて吹き飛んだのだ。
グワシャアアン!!
外で飛び回っていたロボット兵の一機が、制御を失って、この司令部に突き刺さった。これを境に、幹部たちは、完全に顔面蒼白となった。
さあ——あとは、この黒幕に、降伏を促すのみ。
「残念ですが、ロボット兵の制御装置と、地下にある兵器は、すべて爆破しました。あなたには、もう後はありません。さあ! みなさん! 今です!」
私たちは、全員で、ブレスレットを高く掲げた。
あの、鬼軍曹と化し、我を失った私が、三十分もの発声練習を強いたという、あの特訓。その成果が——今こそ、活かされる。
「ブリリアントインストーラー!!」
一糸乱れぬ、見事な六重唱。
六色の眩い光が、敵基地司令部に、高々と、立ち上った。




