第13話 先手必勝
あれほど降り続いていた雨が、今日は嘘のように上がっていた。空は、抜けるような快晴だ。
……だというのに、どうにも、空気が重い。アルケオンリングでは一度も感じたことのない、肌にまとわりつくような蒸し暑さ。世間では、これを「梅雨の中休み」と呼ぶらしい。休みというより、雨と雨の隙間に挟まれて、じっとりと蒸されているような心地なのだが。
今日は、例の特別訓練の日だ。
いつものように、翔子と梵には、高校で直接、声をかけた。翔子は二つ返事、梵は無言で、こくりと頷くのみ。睦と珠にはYARNで連絡を入れると、睦からは可愛らしいスタンプが、珠からは『遅れないように行きます!』と、几帳面な長文が返ってきた。つづらにはブレスレットで直に呼びかけ、返ってきたのは『おう』の一言。たった五人へ連絡を入れるだけで、これだけ個性が滲み出るのだから、面白いものである。
私は一足先に拠点へ戻り、地下のトレーニングルームで、送られてきた特訓プログラムのセッティングを始めた。
仮想空間に、市街地フィールドを構築したシチュエーション。前回も似たような舞台で訓練を行ったが、今回は、明らかに、趣が違う。
シナリオは、こうだ。
敵に侵略された市街地。その奥には、敵基地が建設されている。私たちはその敵基地に乗り込み、敵の大量破壊兵器を探し出して破壊するか、あるいは敵の統率者を見つけ出し、兵器の起動を食い止める。それが、今回の演習だ。当然、基地は大小さまざまな機動兵器に守られており、統率者は、基地の中枢深くに、潜んでいる。
これが、昨夜ダルマイヤック指導官から届いた、センター謹製の訓練プログラムである。
しかし、いきなり、こんな上級プログラムを寄越してくるとは……。
……おそらく、前回のことだろう。想定外の手段でクリアタイムを大幅に塗り替えてしまったので、センター側も、面目をつぶされたと感じたに違いない。その意趣返しとばかりに、ずいぶんと困難なシナリオが組まれている。研修センターも威信にかけてのことだろう。
なお、訓練の最中、大阪拠点の新設準備のために、スタッフがこの拠点を出入りするという。そのため、出入り口のセキュリティを、解除しておくよう、指導官から言いつかっている。私のプライベートの時間に配慮してのことらしいが、素直に従っておこう。
当然、出しっぱなしだったキュートブリーズのフィギュアは、棚の奥へ、厳重に隠した。その周りを固めていた、小さな仲間たちのカプセルフィギュアも、一体残らず。センターの同僚たちに、今の趣味嗜好を知られるわけにはいかない。抜かりはない。
ひととおりの準備を終えると、私は一度、深く息を吐いた。
今日こそは、トレーナーとして、いや、指揮官として、あの子たちを勝利へ導いてみせる。研修センターで学んだことのすべてを、ここで発揮するのだ。柄にもなく高鳴る胸を、私はそっと押さえた。
しばらくして、五人が、続々と拠点に到着した。私は、出入り口のセキュリティを解除したまま、扉だけを閉じて、彼女たちを迎え入れる。
「ミルちゃん、特別訓練って、何するの〜?」
翔子が、相変わらずの能天気なノリで、ぴょこぴょこと寄ってくる。
「近頃、誰も殴ってねえから、うずうずしてんだよな」
つづらは、指を鳴らしながら、物騒なことを口走る。……まあ、裏を返せば、近頃は喧嘩をしていない、ということだ。感心、感心。
「ふぁ〜、地下は涼しくて、ええわ〜」
睦は、外の蒸し暑さから逃げ込むように、ふにゃりと壁にもたれかかる。珠は「お、お邪魔します……」と、深々と頭を下げた。梵は、何も言わず、定位置である部屋の隅に、ちょこんと腰を下ろす。今日は、その手に本はない。訓練の日は、決して、持ってこないのだ。
「では、みなさん。今回のプログラムは、かなりの上級編となっています。私の先輩トレーナーですら、苦戦するほどのものです」
「おおぉ〜」
「えぇ〜」
なんとも、バラバラなリアクションが返ってくる。
「それと——実は、私の拠点が、大阪にも新設されることになったそうです。今回の成績いかんによっては、その大阪拠点に、みなさん全員を、招待してくれるそうですよ!」
「やったー! みんなで大阪ーっ!」
翔子が、両手を突き上げて歓声をあげる。
「ほんま〜? じゃあ、あっちでも、みんなと会えるやんね〜」
睦が、ほんわかと、目を細める。故郷の名が出て、その声は、いつもより少しだけ、弾んでいた。
「大阪遠征か……上等だ」
つづらは、なぜか好戦的に、指をポキポキと鳴らしている。
「大阪には、新たな仲間を探しに行くためですよ!」
「み、みんなで……行けたら、嬉しいです……」
珠が、控えめに、ふにゃりと微笑む。梵は、相変わらず、何も言わない。だが、ほんのわずかに頷いたのを、私は見逃さなかった。付き合いの長い私には、わかる。これで、十分に乗り気なのだ。
全員、嬉しそうに笑ってはいるが——その目的は、どうやら、てんでバラバラのようである。まあ、動機はどうあれ、やる気を出してくれるなら、それでいい。
「ただし、これだけは、言っておきます」
私は、浮き足立つ五人を前に、念を押す必要があった。
「こないだのように、仲間を巨大化させるような派手な行動はできません。下手に敵を追い詰めると、隠して持っている兵器を起動させてしまい、世界が滅ぶことになります。これだけは、絶対に、避けなければいけません」
「……なんだよ、仲間を巨大化って?」
つづらが、訝しげに、首を傾げる。
つづらと珠は、睦の巨大化による記録更新のときには、まだ仲間ではなかった。わざわざ説明すべきかどうか……。
「いやや〜、聞かんといて〜。うち、忘れたいのに〜」
すかさず、当の被害者である睦が、半泣きで、その問いを遮った。
……うん。詳しい説明は、省くとしよう。本人が忘れたがっているものを、わざわざ掘り起こすことも、あるまい。
「では、みなさん。準備してください。プログラムを、作動します」
全員がバーチャル・トレーニング・システムで仮想空間へと入ると、目の前に、見渡す限りの市街地フィールドが、ぶわりと広がった。
「ブリリアントインストーラー!」
六人分の声が、フィールドに響き渡る。光が私たちを包み込み、全身に、戦闘スーツを纏わせていく。変身を完了し、私たちは、六人で、市街地の彼方を見据えた。遠くには、敵の基地と思しき、いかにも怪しげな建物が、黒々と聳え立っている。
私は、自分の手を握りしめ、その拳を、じっと眺めた。
緻密な作戦を立て、情報を収集し、敵基地に侵入し、機動兵器の制御施設を破壊する。そして大量破壊兵器を特定し、操作を無効化する。そうして統率者を追い込み、投降させる——ただし、こうした事例では、多くの場合、敵は奥の手を隠しているものだ。そこにも、気を配らなくてはいけない。
手順なら、頭に叩き込んである。これでも私は、研修センターを優秀な成績で修めた、ヒロイントレーナーだ。状況を読み、的確に指示を飛ばし、仲間を勝利へと導く——その程度の指揮能力は、当然、備えているつもりだ。プリンセスキュートの凛々しい指揮官のように、ここは一つ、ビシッと。
そう。今回ばかりは、私が、指揮を取らねばなるまい。
まずは、偵察隊を送り込む。得られた情報を分析し、機動兵器の哨戒ルートを割り出して、死角から——。
「なんか怪しげなロボットがウロウロしてんな」
つづらがヘルメットのスコープで遠くをみながら、首をコキコキと鳴らしている。
「ねえねえ!つーちゃん! あいつらをどっちがたくさん撃破するか、競争だよ!」
「お、なんだよサルネエ! あたいに挑もうってのか? 上等じゃねーか!」
「へへっ! じゃ行くよ〜!」
「しゃーっ! カチコミだぁ!」
「え? ちょっ、翔子さん、つづらさん!」
まるで人の話を聞いていない。二人は正面切って、敵地へまっすぐ突っ込んで行ってしまった。
遠ざかっていくつづらの背中で、刺繍の文字が、誇らしげに『先手必勝』と浮かび上がっていた。
「あっっんの※※@¥……!!」
あぶない。トレーナーにあるまじき、自分でも思いがけない暴言を、吐くところだった。
作戦の「さ」の字も聞かず、あの二人は行ってしまった。一体、何を考えているのだ、あの猿と蛇は……! いや。何も考えていないからこそ、こうなのだろう。
やがて、あちこちで機動兵器が破壊され、爆発が起こり、もうもうと、煙が上がり始めた。
敵地ではサイレンが鳴り響き、大量の機動兵器が、侵入者を排除しようと、一斉に大移動を始める。だが——あれだけ派手に暴れているにもかかわらず、大量破壊兵器が起動された様子はない。いきなり真正面から殴り込まれるとは、さしもの上級プログラムも、想定していなかったのだろう。
偵察も、分析も、死角も。私が温めていた作戦は、すべて、ものの二秒で、吹き飛んだ。
「待って……好都合かも」
梵が、多機能ツールの画面を覗き込みながら、ぽつりと言った。
「今、二人のところへロボット兵が押し寄せてるから、基地内は、手薄になってるはず」
なるほど。機動兵器が出払った入り口から、侵入を試みる。遠くでは、まだ爆発音が、断続的に響いている。二人とも、まだ頑張っているらしい。頑張る方向は、盛大に間違っているが。
「完全に、手薄になっていますね。梵さん、素晴らしい読みです」
「前のターゲットもそうだった。あのロボット兵は、攻撃してくる者に向かって、集まる習性みたい」
「そうですね。戦力を瞬時に判定して、それを脅威として排除に向かうよう、プログラミングされているはずですから」
「じゃあ、攻撃せえへんかったら、何もしてこーへんってこと?」
睦が、ちょこんと近寄りながら言った。その拍子に、大きな胸が、たぷんと揺れる。……毎度のことながら、どこに視線を置けばいいのか、困る。
「わ、わたし、隠れてるだけなら……できそうです」
珠が、両手を握りしめて、ぷるぷると震えている。隠れることに関しては、この子の右に出る者は、いないだろう。
「いえ。このスーツや武器など、エネルギー源にも反応しますので、いずれは見つかります」
グワシャーーン!!
すぐ近くに、破壊されたロボット兵が一体、派手に吹き飛んできた。
「これまた、好都合です。ロボット兵の残骸からは、指揮系統の受信チップと、基地内部のデータが、取り出せるはずです」
私は、機動兵器の体内に手を突っ込み、チップを引き抜くと、多機能ツールにインプットした。
「思った通りです。基地の制御信号の発信元と、内部マップのデータが、取り出せました。梵さん、共有します」
「来た……これをこうして……見て。この二箇所に、ロボット兵が集中してるのが、わかる」
「ほんまや〜。ここで、サルちゃんとつーちゃんが、戦ってるんやなあ〜」
のんびり言っている場合では、ないのだが。まあ、そういうことである。
「急ぎましょう。まずロボット兵の制御装置を見つけ出して、遠隔操作の爆破装置を仕掛けます。その後、大量破壊兵器を探します」
「うん」
「行こか〜」
「は、はい〜」
私たちは、手薄になった基地内への侵入に成功した。
内部は、不気味なほどに静まり返っていた。先ほどまでの喧騒が、まるで嘘のようだ。無機質な通路が、奥へ奥へと、どこまでも続いている。私たちは足音を殺し、四人で身を寄せ合うようにして、慎重に進んだ。
珠は、私の背にぴたりと張りつき、ひっきりなしに震えている。睦は、こんな状況でも、どこ吹く風で、今にも鼻歌でも歌い出しそうな顔だ。緊張感というものを、彼女の辞書から探すのは、骨が折れる。梵だけが、淡々と多機能ツールを睨み、進むべき方向を、無言で指し示していった。
時折、遠くの通路を、巡回のロボット兵が横切る。そのたびに、私たちは物陰へ身を潜め、じっと息を殺して、やり過ごした。巡回のロボット兵は視覚センサーでの動体検知タイプだが、翔子とつづらの排除に出動したロボット兵が戻れば、スーツのエネルギー反応で見つかるのも、時間の問題だ。急がねばならない。
奪い取ったデータをもとに、基地の奥へと、ロボット兵の制御装置を探して進む。
「きっと、これだ」
梵が、一点を指差した。多機能ツールの端末機能が、制御信号の発信元を、正確に突き止めている。
制御装置があると思しき、巨大な格納庫。その入り口には、いかにも頑丈そうな扉が、行く手を塞いでいた。スーツの力をもってしても、こじ開けられる気配は、ない。
「梵さん。解錠装置のハッキング、やってみますか?」
「面白そう。やってみる」
私は、誰よりも多機能ツールを使いこなす梵に、電子錠の解除を任せてみた。九歳の小さな指が、宙に浮かんだ操作画面を、ものすごい速さで叩いていく。頼もしい限りである。
「結構、手間取る……あ」
「どうしましたか?」
「二箇所に集中してたロボット兵が、散開し始めた」
「え? 二人から、離れ始めたと?」
「それじゃあ、二人とも、やられたん〜?」
「そんな……つづらちゃんが……?」
私たちの会話を聞いて、珠が、また今にも泣き出しそうになる。
「珠さん、大丈夫ですよ。端末で確認できます。二人とも、デッドには、なっていません」
「……そうなん、ですか?」
「ええ。それに、訓練ですので。たとえ、このミッション中に倒れてしまっても、仮想空間の外で、ちゃんと私たちを待っていることに、なります」
「よかった……」
珠が、ほっと胸を撫で下ろす。撫で下ろした、そばから——
「せやけど、デッドになってへんってことは〜、どういうことやろか」
睦の、ふわりとした疑問に、梵が、マップの一点を、すっと指さした。
「見て。二体だけ、他のロボット兵と、別のところへ行ってる。しかも二人も一緒に移動してる」
「……なるほど。さらわれたようですね。ということは、この二体が行き着いた先が、敵のアジト——統率者のいる場所、ということになりますね」
「すごいやん〜。二人の暴走が、うまいこと、役に立ってるなあ〜」
……そうなのだ。それが、私には、いささか、面白くない。
私が立てた緻密な作戦は、開始二秒で蒸発した。だというのに、あの二人の、ただの考えなしの突撃が、結果として陽動になり、偵察になり、こうして、敵の本拠地まで炙り出している。指揮官として、これほど立つ瀬のないことが、あるだろうか。
ウィィィィン。
梵のハッキングが通り、制御装置の扉が、ゆっくりと開いた。
「できた……でも、さらったってことは……」
「そうですね……向こうは、こちらに他の仲間がいると、すでに気づいているのかもしれません」
人質を取って、こちらを追い詰めるつもりか。
そんなことで、こちらが揺さぶられるわけには、いかない。私は、指揮官だ。
「早くここに爆破装置を仕掛けて、大量破壊兵器を見つけ出しましょう。二人の救出は、その後です」
私たちは、機動兵の制御装置に爆破装置を仕掛け、基地の内部データを睨みながら、大量破壊兵器の隠し場所を、探し始めた。
だが、これだけ広大な基地の、一体どこに隠されているのか。マップを隅々まで睨んでも、それらしき施設は、なかなか浮かび上がってこない。その間にも、時間だけが、刻一刻と過ぎていく。焦りは禁物だ。落ち着け。私は、指揮官なのだから。
人質を取られたとはいえ、二人はまだ、この仮想空間の中で、生きている。逆転の機会は、きっとある。
——この時の私は、まだ、本気で、そう信じていたのだ。




