幕間ノ四「舞台裏——用意された試練」
登校の途中、何の前触れもなく、スカートを落とす少女。猫の背に揺られ、読書に没頭したまま、見事に乗り物酔いする少女。
その一部始終を特等席で眺めながら、ダルマイヤックは、腹を抱えて笑っていた。
「しかし、この二人は本当に面白い!」
新たな候補生選びは、難航していた。
猿渡翔子、夜摩涅梵、乾睦、雲龍珠、蛇目つづら。——この五人に匹敵する逸材など、そうそう見つかるものではない。それどころか、これほどの少女たちが、あんな狭い区域に固まっていたこと自体が、奇跡に近いのだ。
「まあ、範囲を広げればいいだろう」
そう言って、ダルマイヤックが目を向けたのは、大阪と呼ばれる土地だった。地球の——とりわけ日本という国の文化には、いささか通じているつもりの彼は、その土地の持つ独特の風土も、ある程度は心得ているつもりでいた。
「指導官」
書斎の扉を叩いたのは、センターの所員の一人だった。
「おお。拠点新設の許可は、下りそうかね」
「許可の方は、問題ありません。ただ……現地での転移装置の組み立てに、どうしても人手が要ります。人員削減の折ですので、すでに地球へ出ている所員を、回すことになりまして」
「おいおい、それじゃあ——」
「ええ。ニャンデーレには、アルケオンの者が地球に潜んでいることは、伏せてあります。となれば、人手は、彼女の拠点の転移装置を通して送り込む形を、取るしかありません」
「ふむ」
そこへ、もう一人。書斎に、見慣れぬ顔が入ってきた。
「指導官。私から提案があります」
「なんだ、君は研修生の訓練指導員じゃないか。このプロジェクトには、関わっていないはずじゃ……」
「実は先日、地球の候補生に、三人用訓練のクリア記録を、想定外とはいえ、大幅に塗り替えられましてね。おかげで訓練プログラムは再考の憂き目に遭い、このところ、日夜、残業続きなのですよ」
少しばかり疲れた顔で、指導員は切り出した。
「それが、この拠点新設と、どう結びつくのかね」
「ええ。その候補生たちに、ひとつ、特別訓練プログラムを課してみては、という話が出ておりまして。——あ、データを、どうぞ」
差し出されたデータに目を通し、ダルマイヤックは、片眉を上げた。
「おいおい。これは、研修生でも、なかなか成功者の出ないシナリオじゃないか」
「さすが、お詳しい。なにせ、指導官がトレーナー時代、惑星ヴェルヌで実際に遂行された、あのミッションそのものですから」
「ヴェルヌか……。奴らは、優秀だったよ」
ダルマイヤックの声が、ふと、低くなった。
「平和を取り戻したあとも、アルケオンのような文明をこの手で築きたいと、移住を志願した者までいた」
「その者たちは、どうなったのです」
そばで聞いていた所員が、尋ねる。
「規則に則り、全員の記憶を削除して、私はその場を去った。……優秀な奴らだ。今ごろは、あの星のために、それぞれの人生を、歩んでいるだろうさ」
ダルマイヤックは、二人から視線を外し、珍しく、遠くを見るような目をした。その横顔が何を思っているのかは、誰にも読み取れなかった。
「——いや、話が逸れたな」
咳払いひとつ。指導員が、調子を戻す。
「このプログラムと併せて、転移装置の立体データも送信いたします。候補生たちの訓練の最中に、所員が装置を運び出しますので、拠点を出入りできるよう、セキュリティの解除を、求めておきましょう」
「なるほど。解除さえしておけば、内から出たか、外から入ったか、記録には残らん。そうやって、すでに地球にいる所員を、表向きは"送り込む"というわけだ」
ダルマイヤックが、にやりと笑う。
「まあ、あの素直なニャンデーレ君のことだ。疑いもせず、従ってくれるだろうよ」
「では、さっそく、そのように」
所員が一礼し、書斎を出ていく。指導員は、それを見送ると、改めてダルマイヤックに向き直った。
「指導官。あなたは、このプロジェクトに、ヒロインには到底向かない少女ばかりを選ばれたようですが——なかなか、侮れない者たちですよ」
「ああ。私も、そう思う」
「あの地球には、脅威など存在しません。人類同士で、まだ小競り合いをしている段階だ。あんな星、我々ほどの文明には、興味の対象にすらならない。……ですが」
指導員は、一拍、置いた。
「もし、別の惑星で問題が起きたとき。彼女たちを、そちらへ派遣する——という手も、あるのでは?」
ダルマイヤックの目が、見開かれた。
「君。面白いことを言うじゃないか。名を、聞いておこう」
「研修生指導員の、フォークスです。——一応、ニャンデーレも、私が指導しておりました」
「フォークス君。今の話、時が来たら、じっくり詰めてみないか」
「ほう。そのような惑星が、どこかに?」
「ふふ。まさか」
ダルマイヤックは、ゆっくりと、口角を上げた。
「——作るんだよ」
「……! さすが、指導官です。では、失礼いたします」
数日後。ダルマイヤックは、地球のミルティナの訓練の様子を、覗き見ていた。
「ブレスレットの認証データを、設定し直しているようだったが……」
ミルティナは、タップによる生体認証と、変身意志の波形読み取りによって起動する変身プロトコルに、わざわざ"声紋認証プロトコル"を、付け足したのだ。
またしても、ダルマイヤックは噴き出した。
「彼女の言う、地球でのヒロイン研究とは——こういうことなのか! はっはっは!」
なかなか合言葉を言えずに噛みまくる候補生。鬼軍曹と化し、その長ったらしい呪文を、無理やり唱和させるミルティナ。挙句の果てには、変身後の"名乗り口上"なるものまで、提案する始末。
ダルマイヤックは、もはや笑いが止まらず、手元のドリンクを、盛大にこぼした。
その大爆笑の最中、当のミルティナから、通信が入った。
『——地球での、部隊の名称というのは、もう決まっているのでしょうか』
いたって、生真面目な問いだった。
「いや、特には決まっておらんが。……その、変身のたびに叫んだり、口上を述べたりするのは、どうしても、必要なものなのかね」
『その〜、地球のヒロイン研究で得た、貴重な知見でして。それに、候補生のモチベーション維持にも、有効と判断しました』
ダルマイヤックは、いったん通信をミュートにした。そして、たっぷり三十秒、大爆笑した。腹が痛い。息が、苦しい。——ひとしきり笑い終えてから、彼は、何食わぬ顔で通信を再開する。
「……ともかく、今は、必要な訓練に臨みたまえ! そんなに名前が欲しいなら、公募でもしたらどうだ!」
言うだけ言って、一方的に通信を切る。画面の向こうのミルティナは、きょとんと、首を傾げていた。
「チーム名、か……。ふむ、これも、いい素材になるな」
ダルマイヤックは、顎を撫でた。
「今度の特別訓練を、たっぷり見てもらったうえで——視聴者に、名前を公募させるのも、面白いかもしれん」
彼は、さっそくスタッフを招集すると、特別訓練に向けた、新たな番組プロジェクトを、始動させたのだった。




