第11話 ブリリアントインストーラー
これまで、変身はブレスレット型の起動端末を、二度タップすることで行っていた。
もちろん、誤作動は許されない。動作が単純であるからこそ、認証は二重に設計されている。
起動端末は、タップしたユーザーの指紋を生体認証し、同時に変身意志の波形を読み取る。両者が一致して初めて、変身プロトコルが起動する。慎重で、堅実で、何の問題もない、センター規格に準拠した、完璧なシステムだ。
完璧、なのだが——。
プリンセスキュートなら「キュート・トランスフォーム!」、ムーンブレイカーズなら「ムーンブレークパワー・メーキャップ!」と、声に出して変身するのが、自主的なヒロイン研究で得た知見である。
起動端末を翔子、梵、睦の三名に支給した当初、私は機能性を優先するべきだと考え、「叫ぶ必要などない」と主張した。
だが、今は違う。
プリンセスキュート全四十八話、ムーンブレイカーズ全五十二話。両作を履修し終えた今の私には……。
正直に言おう。叫んで変身するのも、悪くない。いや、むしろ叫びたい。光に包まれ、衣装が組み上がっていくあの数秒間に、ビシッと決め台詞を放つ——あれこそが、変身の本懐ではないか。
というわけで、私は一晩かけて、五人分の起動端末に、声紋認証プロトコルを追加実装した。
そして——肝心の合言葉も、もちろん抜かりはない。両アニメを履修した私が、満を持して考案した、会心の一語。それを、すでに全員の端末へ、登録済みだ。
あとは、訓練の場で、これを高らかに披露するのみ。きっと、みんな、目を輝かせて喜ぶに違いない。
……このときの私は、まだ、何もわかっていなかった。
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拠点の地下、トレーニングルーム。
私は、五人の候補生を呼び出した。猿渡翔子、夜摩涅梵、乾睦、雲龍珠、蛇目つづら。現時点での、我が主力たちである。
「みなさん。本日から、かけ声でも変身が可能になるよう、起動端末に声紋認証機能を追加しました」
その瞬間、トレーニングルームが、沸いた。
「えっ、まじで!? 叫ぶやつ!? アニメみたいなやつ!?」
翔子が、拳を握って跳び上がった。両足が床から数十センチ浮く。
「ええ。それで、合言葉なのですが——」
「なんにする!? あたし『ル・パルクール』!」
翔子が、両手を腰に当て、片足立ちで決めポーズ。
「ちょ、翔子さん、まだ——」
だが、もう、遅かった。火が、ついてしまった。
「……別にタップでいい」
梵が、無表情のまま、ぼそりと呟く。
「梵さん、もう少し好奇心を——」
「そやなぁ、うちはやっぱプリキューみたいにかわいいのがええわ〜♪」
睦が、両手を頬に当てて、夢見るように目を細めた。
「睦さん、具体的に——」
「へ、『変身ですっ!』……」
珠が、顔を真っ赤にして、消え入りそうな声で言った。最後の「すっ」のあたりで力尽き、うつむいて自分のつま先を見つめている。
「え…っと、珠さん——?」
「『やってやんぞコラァ』」
つづらが、腕を組んで仁王立ち、足を肩幅に開き、にやりと白い歯を覗かせた。
「威嚇しないでください——」
止まらない。誰も、私の話を聞いていない。五人は口々に、自分の考えた合言葉を披露し合い、勝手に大盛り上がりを始めた。「ル・パルクールかっけぇ!」「いや別にタップで」「変身ですっ♡可愛いやん〜」「あ、あの、私のは、その……」「コラァっつったらコラァなんだよ!」——会話と呼べる代物ではない。
……完全に、出遅れた。
私は、しばし、その光景を眺めていた。観察に徹するよりほか、なかった。
そして、ようやく会話に切れ目ができた、その隙に——私は、すっと手を挙げた。
「あの。盛り上がっているところ、大変申し訳ないのですが」
五人が、こちらを向く。
「ワードは——もう、決めてきました」
「……えっ」
「私が考案し、すでに全員の端末に、登録済みです。その名も——」
私は、ひとつ咳払いをして、高らかに告げた。
「『ブリリアントインストーラー』」
しん、とした。
五人が、そろって顔を見合わせる。
「……」
「……ブリ……何?」
と、眉をひそめる翔子。きょとんとした顔のまま、首を二回かしげる。
「……インストール?」
と、目を丸くする睦。両手はまだ頬に当てたまま。
「あ、いいと……思います」
と、目を逸らしてものすごく小さな声で珠。たぶん、いいとは思っていない。
「姐御。なんだそれ、ダッセェな」
と、豪快に笑うつづら。膝を叩いてのけぞる。
「ダ——っ!?」
言葉に、詰まった。
「し、失礼な。ちゃんと意味があります」
私は、胸を張って説明した。
「『ブリリアント』は、光り輝く。『インストーラー』は、プログラムを導入し、起動するもの。つまり——光り輝きながら、戦闘プログラムを己が身に導入する。変身の本質を、これ以上なく正確に言い表した、最高の合言葉なのです」
「えー! じゃあ今あたしらが考えたの、ぜんぶ考え損じゃん!」
翔子が、ほっぺたをぷくっと膨らませ、地団駄を踏んだ。
「す、すみません。ですが、もう登録してしまったので……」
「……理屈はわかったけど」
翔子が、まだ納得いっていない様子で、唇を尖らせる。
「……長いね」
梵が、ふいと顔を上げ、短く言った。それだけ言って、また視線を落とす。
ぐっ。
……いい。仕様は、変えられない。そういうことに、しておく。
「では、試してみましょう。起動端末を構えて——どうぞ!」
五人は、しぶしぶ息を吸い込み、不本意さを隠そうともせず、見事にバラバラのタイミングで——
「ブリリ……」
私の聴覚は、地球人のそれより遥かに精度が高い。五人の発声には、明らかに、複数の異音が混じっていた。
しかしそれでも、次の瞬間——五本の光の柱が、立ち上る。光の中で私服が解け、戦闘スーツが組み上がっていく。金、黒、緑、黄緑、紫。五色の輝きが、トレーニングルームを染め上げた。
……声紋認証は、完璧だった。問題は、別にあった。
光が収まり、私は目の前の光景に絶句した。
翔子は、右半身だけが金色のスーツになっていた。左半身は、普段の制服のまま。頭髪も右だけが鮮やかに発色し、顔は左目だけが素顔のままで、ちぐはぐな笑顔を浮かべている。
睦は、上半身が普段着のカーディガン、下半身だけが緑のスーツ。微妙に色っぽい——というか、なんとも気が抜ける。
珠は、頭部にだけヘルメットがしっかり装着され、首から下は震える制服姿。
つづらだけが、全身完璧に紫のスーツに変身している。が——背中の刺繍文字が『意味不明』。
そして梵は——変身そのものはしているが、合言葉を唱えた様子はない。
「翔子さん! 右半分しか変身してないじゃないですか!」
「え〜? ブリリ……なんだっけ?」
翔子が、右半身だけのスーツのまま、無邪気に首をかしげる。
「睦さんは下半身だけ?」
「いやん、ブリリンイストーラーって言っちゃった」
睦が、両手で下半身を押さえて、真っ赤になっている。
「珠さんは頭だけ?」
「あ、わわわ、言い間違えました」
珠が、ヘルメットのバイザー越しに涙目で謝る。バイザーがほんのり曇っている。
「つづらさんはできてますね……って背中の『意味不明』ってなんですか!」
つづらは、自分の背中が見えない。きょとんとした顔で、
「ああ? なんか書いてあんのか?」
と振り返ろうとして、見えないので無駄にくるくる回っている。
「梵さんは……」
「タップで変身した」
梵が、しれっと言った。手元のブレスレットを、指でとんとん、と二度叩いてみせる。
「だから、合言葉を使ってください!」
……これは、指導者として、看過できない事態だ。
頭にきた私は、ムードシフターの小瓶を取り出し、迷わず情熱モードを吸い込んだ。
「貴様ら、そこへ並べえ!」
「げ! ミルちゃんが鬼軍曹化しちゃった!」
翔子が、右半身だけのスーツのまま、ガタガタと震え上がる。
「つべこべ言うな! 続けて声を出せ! 『ブリリアントインストーラー』!」
「ブリ、リ、アント、インストー、ラー」
「声が小さい! もう一度! 『ブリリアントインストーラー』!」
「ブリリアントインストーラー」
「もう一回! 『ブリリアントインストーラー』!」
「ブリリアントインストーラー!」
ちなみに、私自身は覚えていないのだが、この後三十分ほど発声練習をさせたらしい。前回鬼軍曹化した私を経験済みの三人——翔子、梵、睦は素直に従い、つづらはやれやれと付き合い、珠は終始ガタガタ震えていたという。
ムードシフターの効果が切れ、ようやく我に返った私は、青ざめて深く頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。冷静さを欠いてしまいました」
「姐御、やるときゃやるんだな! なかなかの迫力だったぜ」
つづらが、肩をぐるぐる回しながら、にやりと笑う。
「やめてください……。珠さん、もう大丈夫ですから……」
「は、は、はいぃぃ〜」
珠の震えが、なかなか止まらない。
気分を取り直して、全員で唱和した。
「ブリリアントインストーラー!」
銀、金、黒、緑、黄緑、紫——六色の輝きが、トレーニングルームを染め上げ、六人の戦闘スーツが、過不足なく組み上がった。成功だ。
「おおっ、できた!」
「声に出すと結構その気になるわぁ……」
よし。システムは、申し分ない。
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「素晴らしいです。合言葉は私が決めてしまいましたので、変身後の名乗り口上は、みなさんそれぞれ自分で考えましょう」
「名乗り!? あの、ビシッてやるやつ!?」
翔子が、目を輝かせた。
「ええ。変身したら、自分が何者であるかを、堂々と名乗る。これも、ヒーローの基本です」
……これは、私自身も、ひそかに憧れていた。モーニングナイト様の、あの名乗り。「闇を切り裂く一条の光、モーニングナイト」。痺れる。実に、痺れる。
今度こそ、五人にも、ビシッとした名乗りを——。
と、期待した私が、馬鹿だった。
まず、翔子が、両足を肩幅に開き、拳を斜め上に突き上げる、ビシッと決めポーズを取った。
「風邪をひくからバカじゃない——パッションモンキー!」
すでにバカだ。
梵は、表情ひとつ動かさず、背中を向けて振り向きながら、ぼそりと呟く。
「敵か、味方か——ミルキーマウス」
敵にそれを言うのだろうか。
睦が、胸の前でしっとりと手を組み、目を伏せた。睫毛が長い。
「浪花節だよ、人生は——バウンドドッグ」
浪花節とは?
珠は、両手を胸の前で握りしめ、がたがたと震え、涙目で、それでも必死に声を絞り出した。
「きょ、恐怖はっ……と、友達……っ……ウィンドラゴン……ぅっ」
うん、悪くない……かな。
最後に、つづらが、体を斜めに構え、右手を相手へ突き出す。スーツの背の文字が『仁義』と変化した。
「ツケはキッチリ払ってもらうぜ——ブッシュバイパー!」
やっぱり喧嘩だ。
……困惑する私をよそに、五人は、なぜか実に満足げだった。互いの名乗りを「いいじゃん!」「シブい」「かっこええわぁ」と褒め合い、握手やハイタッチを交わしている。
……まあ。本人たちが気に入っているのなら、いいのかもしれない。
ならば、私も。
私は、銀色のスーツ——スペーシーキャットの姿で、すっと一歩、前に出た。さんざん悩み、推敲を重ねた、自慢の名乗りがある。
「銀河の彼方アルケオンの使者——スペーシーキャット」
ビシッ。
完璧な決めポーズ。
「……普通だね」
梵の、ひと言だった。
「えっ?」
「うん普通」
と、翔子。無邪気に追い打ちする。
「無難やね」
と、睦。両手を頬から外し、申し訳なさそうに微笑む。
「わかりやすくて、安心し……ます……」
と、珠。なぜ珠にまでフォロー側に回られているのか。
「優等生だな姐御」
と、つづら。腕を組み、うんうん、と頷く。
……なんでだ? 何故なんだ?
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「あ、そういえばさ!」
翔子が、ぽんと手を打った。ぴょん、と一歩前に出る。
「うちらの名前って、ないの? ほら、なんとかレンジャー、みたいな! チームの名前!」
チーム名。
……確かに、ない。これまで一度も、検討の対象に挙がらなかった項目だ。
「ないならあたし考える! えーっと……『ウルトラ無敵スーパーアニマルズ・ゴッド』!」
翔子が、両手を頭の上で組み、得意げに胸を張る。
「翔子さんが知ってる単語を、ただ並べただけですね……」
「強そうじゃん!?」
そこから、案は、乱れ飛んだ。
「……『黄道十二宮、いまだ半数に満たざる者たち』」
梵が、低く、仰々しく言い放った。そういえば、天体の専門書を最近読んでいた。
「星座だと別のヒーローじゃないですか。それに半分も揃っていない事実を、サブタイトル風に入れないでください」
「『デカ盛りメガ天使』はどう? ボリュームあって、可愛いやろ?」
睦が、両手を広げて、ボリュームのジェスチャーをする。胸の前で。やめてほしい。
「何かのメニューですか?」
「わ、私は……その……『干支戦隊、十二支蝶』……蝶は可憐な蝶です……」
珠が、両手を背中の後ろで組んでもじもじしながら、消え入りそうに呟いた。虫は苦手で怖いんじゃなかったのか。
「気持ちはわかりますが、内臓にしか……」
「あたいに任せな! どうだ!」
つづらが、どこから出したのか、墨と筆で書かれた紙を、ばっと広げた。
『仏恥義理美流帝那組』
「あの、読めません。一文字も、読めません」
「『ぶっちぎりミルティナ組』だ! 姐御が作ったチームだしな!」
「お気持ちだけ、いただいておきます」
……まとまる気配が、まるでない。
気づけば、貴重な訓練時間が、名前を考えるだけで失われていく。
これは、指導者として、然るべき相手に確認を取るほかない。私は通信デバイスを起動した。
「あの、指導官、応答願います」
『な、プッ、なにかね? ニャンデール君 んふっ』
「笑ってます?」
『何を言ってるのかね! 要件を言いたまえ!』
絶対に笑っていたはずだ。訓練の様子が常時モニタリングされているのは、もちろん承知している。だが、笑うとはどういう了見だろうか。
「あ、いえ、候補生たちが集まったとして、地球での部隊の名称というのは、決まっているのですか?」
『いや、特に決まっていないが。その……変身の際に叫んだり、口上を言ったりすることは、どうしても必要なのか?』
「その〜、地球のヒロイン研究で得た知見です。それに、候補生のモチベーション維持にも、有効と判断しまして」
しばらく沈黙があった。
『ともかく、今は必要な訓練に臨みたまえ! そんなに名前が欲しいなら公……』
一方的に通信が打ち切られた。最後がよく聞こえなかった。
「——さ! 名前は追々ということで! 時間がありませんから、訓練再開しますよ!」
私が手を打つと、五人は「えー」と不満げな声を漏らしながらも、それぞれの持ち場についた。
……ついた、はずだった。
「そうだ! みんなそれぞれ必殺技の名前を考えようよ!」
翔子が、また、妙な提案を始める。両手を高く挙げ、目を爛々と輝かせて。
「おお! サルネエいいなそれ!」
つづらが、即座に乗った。
「あたしのはもう決まってる! 『シャイニング・モンキー・パンチ』!」
「普通のパンチなんですね」
「待って待って、うちもうちも、『カスタードクリーム・スプラッシュ』ってどない?」
「ダメージがなさそうな名前ですね……」
「は、はい、わたしは……『お、お祈り……ぶれす』……」
「攻撃なんですか? それ」
「あたいは『仁義無き・蛇咬み・地獄落とし』!」
「どんな技なんですか!?」
「……『閉じた本』」
「え? 梵さん、技の名前、地味すぎませんか!?」
「英語表記は『クローズド・グリモワール』。訳は『閉ざされし魔導書』すなわち『禁書』」
「ですから、どんな技なんですか?」
五人はそれぞれ得意とする技のネーミングを考え出そうと、またもや盛り上がり出した。
「——今日は、名前のことは、もう、たくさんです! 訓練しますよ!」
——こいつらなんか、やっぱりヒロインじゃない。
でも、いつの日か。胸を張って、チームも技も名乗れる日が来ることを信じている。
ほんの少しだけ。




