幕間ノ参「舞台裏——視聴回数の亡者」
アルケオン・リング全土に、「プロジェクト・アース」本編の配信が開始された。
パイロット版六回分を再編集し、本編第一回から、未公開のシーンも加えて配信をスタートした。
結果は——爆発的だった。
配信開始から二十四時間で、再生回数は一億を突破した。三日後には五億。一週間で十億の大台に乗った。
アルケオン市民は、この番組に夢中になっていた。
未発達文明の惑星で、ポンコツなヒロイン候補生たちに振り回される真面目なトレーナー。戦闘シーンではなく、日常の悪戦苦闘が中心。失敗して、怒って、泣いて、笑って——また失敗する。
従来のヒーロー・ヒロインコンテンツとは全く違う。だからこそ、新鮮だった。
SNS——アルケオン版のSNSは地球のものよりはるかに高度だが、人々が推しについて語り合う文化は驚くほど似ている——では、第九回が配信され六人となった今、それぞれにファンがいて、多数のコメントが寄せられている。
ミルティナ「リアクションが最高」「あの涙に惚れた」「なんだかんだで候補生のことが好き」
翔子「元気な子大好き」「裸足でトラックを止める姿に感動」「意外と記憶力がいい」
梵「九歳の天才、脅威」「睦との絡みもっとやってくれ」「動物に乗る小動物」
睦「巨大化回を何度も見てる」「地方訛りが可愛い」「結婚してくれ」
珠「勇気を振り絞る姿が切ない」「ブチギレたら最強」「悲鳴がキュート」
つづら「口は悪いが一番懐深い」「照れ屋さんなところが可愛い」「弱い者に優しくて惚れる」
ダルマイヤックは、そんな盛り上がりを目の当たりにし、満足していた。
「想定以上だ」
しかし、満足はしても、満足で止まる男ではない。
「もっと伸ばせる」
---
黒い塊——センター製の人工生命体。
旧市民会館で珠の覚醒を引き出すために投入したあのデバイスは、ダルマイヤックにとって大きな収穫だった。
視聴データを分析すると、日常回の平均再生回数に対し、黒い塊が登場する回は再生回数が三倍以上に跳ね上がっていた。視聴者は「脅威」を求めている。日常の面白さと、非日常の緊張感。その緩急が、コンテンツの中毒性を生む。
「黒い塊は使える。もっと使う」
ダルマイヤックは技術チームに指示を出した。
「黒い塊のバリエーションを増やせ。サイズ、形状、能力——パターンを変えて、飽きさせないようにしろ」
『了解です。ただし、候補生の安全確保は——』
「当然だ。安全第一。ただし、画になる範囲でギリギリを攻めろ」
安全第一と言いながら「ギリギリを攻めろ」。この男の「安全」の定義は、常に揺れている。
---
そして——ミルティナが動いた。
ダルマイヤックが指示したわけではない。ミルティナが自主的に、地球でアルバイトを始めると言い出したのだ。
コンビニエンスストア。
アルケオンのトレーナーが、未発達文明の小売店で商品を並べ、レジを打つ。前代未聞だ。
ダルマイヤックは止めなかった。
「面白い。やらせてみよう。たかだか学生の小遣い稼ぎだ。規則にも抵触しないだろ」
理由は単純だ。ミルティナが地球社会に深く入り込むほど、コンテンツの幅が広がる。学校生活だけでなく、労働、消費、人間関係——地球文明のあらゆる側面がネタになる。
それに、ダルマイヤックにはミルティナの動機が手に取るようにわかっていた。
アクセスログは筒抜けだ。ミルティナの端末から、どういうサイトへアクセスを試みたか、全て記録されている。
一つは、地球最大の動画サービスサイト。アカウントを作ることなく、百個の動画コンテンツをダウンロードしている。そう、これはプリンセスキュート全四十八話、ムーンブレイカーズ全五十二話だ。そして無料動画配信サイトからでは、繰り返し同じキーワードで検索をかけている。これは、”モーニングナイト”の動画を漁った痕跡だった。ミルティナのプライバシーは守られているが、アルケオンのテクノロジーを用いて、地球のサイトにアクセスした時は、どうしてもログに残ってしまうのだ。ミルティナは、地球のヒロイン文化の研究と報告している。米国の特撮ヒーローものもアクセスしているようだったが、回数や利用時間を見れば、それがカモフラージュであるのは明らかだった。そして、アルバイトを始めた頃は、”フィギュア”と検索することが多くなっていた。
「フハハ! ニャンデーレ君は、フィギュアが欲しくてバイトを始めるのか」
ダルマイヤックは、声を出して笑った。
実際のミルティナの報告には、大真面目にこう記されていたからだ。
『海外留学生として、生活費の補填や文化理解を一般的な理由としつつ、学友たちとの交友関係の構築のため、交際費として現地の通貨による支払いが必要であるため』
地球文化——とりわけ日本のオタク文化に心酔する気持ちは、ダルマイヤック自身にも覚えがある。自分も達磨から入って日本文化にのめり込んだ。アニメ、マンガ、特撮——あの島国が生み出すコンテンツの引力は、銀河の距離を超える。
「気持ちはわかるよ、ニャンデーレ君」
しかし、感傷に浸る暇はない。プロデューサーの頭は、常に次の手を考えている。
ミルティナのバイト先のコンビニ。その所在地を確認したとき、ダルマイヤックの口角が上がった。
蛇目つづらの活動圏に近い。
これは——使える。
---
蛇目つづら。巳の候補生。格闘能力は全候補生中トップ。気性は荒いが、筋は通す。
変身後の名前はブッシュバイパー。地球に生息する美しい色の毒蛇だが、実際の意味は”藪蛇”だ。
口の悪さに目をつけ、余計な言動で自分の首を絞めるだろうと思って付けた。
しかし、つづらだけはどっちの意味も通る。
ダルマイヤックはそんなつづらのデータを読み込みながら、次のエピソードの構想を練っていた。
つづらは喧嘩が日常だ。日常的にヤンキー集団と衝突している。
であれば——そのヤンキー集団を利用する。
ダルマイヤックは、つづらと抗争を繰り返しているヤンキーグループをリサーチし、一つの集団に目をつけた。二十人規模。この集団はカツアゲが原因で、つづらに制裁されており、報復の機会を窺っている。
「こいつらに、黒い塊を使う」
技術チームが開発した新機能——人間の脳波に信号を送り、行動を制御する装置。黒い塊から伸びる細い糸のような電気信号を対象者に接続すると、その人間の行動をプログラミングできる。
コントロールの強度は十段階。強度を上げるほど、対象者の従順さが増し、同時に身体能力も向上する。強度一では「なんとなくそうしたい気分になる」程度。強度十では「完全な操り人形」で、人間の限界を超えた身体能力を発揮する。
ダルマイヤックはプログラミングの内容をシンプルにした。
「蛇目つづらに喧嘩を売ること。それだけだ」
複雑な命令は不要だ。元々つづらに恨みを持っている集団だ。「喧嘩を売りたい」という欲求を増幅するだけでいい。
まず、第一段階。強度三でヤンキー集団を操り、つづらの前に送り込んだ。場所はミルティナがバイトするコンビニの近く。ミルティナが目撃できる位置。
つづらは十人を瞬殺した。予定通り。
これでミルティナがつづらの実力を確認し、候補生として勧誘する流れが生まれる——第八回の素材が撮れた。
---
つづらの変身スーツには、ダルマイヤックが特別な改造を施していた。
背中に、ヤンキー特有の刺繍文字が浮かび上がる仕様だ。
これはスーツの表面素材に組み込まれた感情反応型のディスプレイ機能で、装着者の心理状態を読み取り、それに対応する文字を表示する。
つづらの場合——闘争心が高まっているときは「喧嘩上等」。仲間との絆を感じているときなど、さまざまな心理状態に応じた文字が表示される。
「あの子の心の中が、背中に出る。これ以上の演出はないだろう?」
ダルマイヤックは自画自賛した。
---
そして——第九回。本番。
つづらがチームに加入した後、ダルマイヤックは再びヤンキー集団を動かした。今度は強度を上げて。
コントロール強度五。ヤンキー二十人超が、珠とつづらの前に立ちはだかる。
珠は逃げた。予定通りつづらが珠を逃した。その珠はミルティナに助けを求めに行く。これも予定通り。
つづらは変身せずに戦い始めた。姐御と慕うミルティナとの約束を守って。これも予定通り——いや。
「予定通りだが……」
ダルマイヤックはモニターを見て、眉をひそめた。
強度五のコントロール下にあるヤンキーたちは、通常の人間をはるかに超える戦闘力を持っているはずだった。倒しても倒しても立ち上がる。痛覚が鈍り、恐怖が消えている。普通の人間なら戦闘不能になるような打撃を受けても、再び立ち上がり向かってくる。
にもかかわらず——つづらは、最初の十人を倒した。生身で。
「……どんだけ強いのあの子?」
ダルマイヤックは、コントロール強度を七に上げた。
残りのヤンキーたちの動きが、明らかに変わった。速くなり、重くなり、連携が取れ始めた。
つづらが押され始めた。しかし、まだ倒れない。
「……八だ。八に上げるぞ!」
技術チームのスタッフが、慌てた声を上げた。
「いけません指導官! そんなに上げると、変身スーツを着ていない限り、彼女の生命が危険です!」
「え?」
「コントロール強度八以上の対象者は、人間の骨格限界を超えた力を発揮します。いくら彼女が強いとはいえ、生身の人間がその攻撃を受けると——」
「やばいな。戻せ」
「コントロール強度の軽減には、一度コントロールを切り離す必要があります。そうすると対象者が元に戻ってしまい、この作戦自体が失敗に終わってしまいます」
「……ぐぬぬ……ニャンデール君たちはどのくらいで到着する!?」
「約十分です」
「十分!? 持つのか!?」
ダルマイヤックは、モニターに目を戻した。
つづらは——まだ立っていた。
満身創痍。制服は破れ、顔は傷だらけ。それでも、拳を握りしめて、立っている。一人また一人と倒していく。しかし、倒しても立ち上がってくる。スタミナが明らかに切れ始めている。攻撃を受ける回数が増えている。
「姐御……約束は守ってるぜ……」
モニターから聞こえる、つづらの声。
ダルマイヤックは——言葉を失った。
「……この子は」
あと何分持つ。ミルティナたちは間に合うのか。
モニターに映る、珠がコンビニに飛び込む映像。ミルティナが飛び出す映像。YARNの一斉送信。翔子が店長にシフトを押しつけて走る映像。
「頼む、間に合ってくれ」
ダルマイヤックが——初めて、祈った。
自分が強度を上げすぎたせいだ。面白い画が欲しくて、ギリギリを攻めた。その「ギリギリ」が、本当のギリギリになってしまった。
モニターの中で、つづらが膝をついた。
——その瞬間、ミルティナたちが到着した。
「間に合った……!」
ダルマイヤックは椅子の背にもたれかかった。技術チームのスタッフたちも、一斉に息を吐いた。
変身したミルティナがつづらに叫んでいる。「変身してください!」
つづらが変身した。背中には「不撓不屈」——
「たまらないな……」
ダルマイヤックは身震いした。
珠が泣きながら飛び込んでいく。珠とつづらの連携。泣きながら戦う珠。笑いながら戦うつづら。
今度は、つづらの背中の文字が——「我等友情不滅也」に変わった。
「……いい画だ」
ダルマイヤックは呟いた。今度は心の底から。そして目頭を抑えた。
黒い塊が破壊された。ヤンキーたちからコントロールが解除された。
---
事後——
技術チームのリーダーが、ダルマイヤックに進言した。
「指導官。今回の件は、明らかにコントロール強度の上げすぎです。つづら君が重傷を負う可能性がありました。今後は——」
「わかっている」
ダルマイヤックは、珍しく神妙な顔をしていた。
「強度の上限を設定する。六以上は使用禁止だ。それでかまわんな」
「懸命です」
「……あの子の根性は、想定を超えていた。コントロール強度七のヤンキーを、生身で倒し続けた。あの歳で、あの体格で」
ダルマイヤックは、モニターに映る、つづらの傷だらけの笑顔を見つめた。
「大した子だよ」
その声には、いつもの軽薄さがなかった。
---
おまけがついていた。
操りが解けたヤンキーたちは——珠とつづらを崇め始めた。
操られている最中の記憶は断片的だが、最後の瞬間——黒い塊が砕け散り、光が差し込んだ瞬間——だけは、全員が鮮明に覚えていた。輝く龍と蛇の姿を。
ヤンキーたちは「龍蛇連合」を名乗り、珠とつづらを頭として仰ぎ、街の治安を自主的に守り始めた。何人かのヤンキーたちは、かつてカツアゲした中学生や高校生のところへ出向き、謝罪とともにお金を返している。
ダルマイヤックは、この展開を見て爆笑した。
「素材にしろ。全部素材にしろ。龍蛇連合のドキュメンタリーだけで特別編が作れるぞ!」
反省したのも束の間、コントロール強度の失敗のことは、すでに頭から抜けていた。
---
ダルマイヤックは、その日の最後に、もう一つだけ確認した。
ミルティナのアクセスログ。
ホビーショップの通販サイトに接続し、ページを閉じる。
——また開く。
——閉じる。
——また開く。
「……また何か欲しいものができたようだな」
ダルマイヤックは、小さく笑った。
「アルバイト頑張りたまえよ、ニャンデーレ君」
ミルティナの報酬が地球の通貨で支払われることは、しばらくなさそうだ。




