第9話 我等友情不滅也
珠とつづらは、真逆だった。
珠は臆病で、つづらは怖いもの知らず。珠は泣き虫で、つづらは泣かない。珠は声が小さく、つづらは声が大きい。珠は虫を見て悲鳴を上げ、つづらは虫を素手で掴んで投げる。
珠の言葉がきっかけで、つづらは仲間になったが、この二人が同じチームで大丈夫だろうか。
---
放課後、拠点で訓練をする予定だった。
私はコンビニのアルバイトに向かう。急遽休んでしまった別シフトの学生の代わりに応援に入ったのだ。睦は大学の講義で元々欠席。翔子と梵には教室で、訓練はお休みだと伝えた。今頃、翔子は街の中で走り回っているだろうし、梵はすでに家に帰って本でも読んでいるだろう。
珠にも地球の通信アプリYARNで訓練はお休みだと連絡したが、つづらにはどう連絡をしたらよいものか。彼女はモバイル端末はおろか、通信手段となるものを所有していない。仕方なくブレスレットの通信機能で連絡を取ることとする。操作を間違えて、街中で変身しなければいいのだが。
「つづらさん、つづらさん、応答願います」
『おらぁああ!』
『ぎゃーー!』
喧嘩中だった。かわいそうに、今日の被害者はどこのヤンキーだろう。
珠からYARNに返信が来ていた。
『あの、つづらさんが今目の前で、喧嘩をしています』
ちょうどよかった。今日の訓練はなしと伝言してもらおう。そうメッセージすると、すぐ着信が鳴る。
『ムリです〜』
小さい声で、聞こえづらい。かなり不安がっているようだ。
「大丈夫ですよ。つづらさんは乱暴に見えますが、いや乱暴か……とにかく仲間には手を出しません」
『で、でも……』
『おう、チビじゃねえか!』
どうやら、つづらが珠に気づいたようだ。お気の毒に喧嘩の相手はすでにやられてしまったのだろう。私はYARNの通話機能を終了させ、コンビニへ急いだ。
珠と出会った日以来、旧市民会館で私たちを襲ったあの黒い塊は現れていない。センターはあの黒い塊が出現すれば、すぐにキャッチできると言っていた。だから普段どおり生活するように言われている。
コンビニへ向かう歩道の上、ふと足を止めた。あの二人——珠とつづらは大丈夫だろうかと、妙な胸騒ぎがした。
その頃、珠とつづらは二人で向かい合っていた。つづらは手をポケットに入れ、珠を見下ろしている。百五十センチ弱のつづらと、百四十センチ弱の珠。身長差十センチ。珠はビクビク上目遣い、つづらに至っては、さっき喧嘩していたのに息一つ乱れていない。
「あっ……あの………ミルティ……んが、………だそう……です……」
「いや、何も聞こえねーよ! ビビんなよ!食いやしねぇよ」
「ひっ!た、食べるんですか……?」
「食わねぇっつってんだろ!」
「許してください!」
「いや、やめろって、襲ってるみてえじゃねーか!」
先が思いやられる二人である。
---
珠とつづらは、商店街を抜けて、一緒に歩き始めた。
珠はつづらの三歩後ろを歩いている。つづらはずかずかと大股で進む。珠はおそるおそる、ついていく。
「……おい、チビ」
「は、はい!」
「テメー、この辺の中学か?」
「す、すみません……」
「いや、何で謝んだよ。中学この辺か?っての」
「はい……櫻中です…………」
そう言ったきり、沈黙が続いた。つづらはその間が気持ち悪くなって居てもいられなくなった。
「……いや、今度はこっちにどこの中学か聞くもんだろ?」
「え……? あ、すみません。つづら……さんは、どこの……」
「あたいは、令和第七中。ま、ほとんど行ってないけどな。はっはっは」
珠は少しだけ、つづらとの距離を縮めて歩いた。つづらが会話をしようと気を遣ってくれていることに驚いていた。
「テメーさぁ、いつもそうやってビクビクしてんの?」
「は、はい……すみません……」
「謝んなよ。別に怒ってねぇし。」
「す、すみません……あ、また謝っちゃった……すみません……」
無限ループに入りかけている。
つづらが立ち止まった。振り返って、珠を見た。
「……テメーはさぁ」
「はい……」
「あのとき、出てきたよな。あたいの前に」
珠がまばたきした。
「あたいがこんな自分にゃ『誰も寄ってこねぇ』って言ったとき。テメーは震えながら出てきて、自分も一緒『大丈夫です』って言った」
「あ……はい……」
「あれ、けっこうすげぇことだと思ってんだよ。あたいは」
つづらが、ぶっきらぼうに言った。
「テメーはビビりだけど、ビビりなりに出てきて、なんかこう、大事なことをあたいに伝えた。それはよ、あたいとは違う強さだ」
珠が目を見開いた。
「だから——はいとか、すみませんなんて言うな! タメでいい」
珠は、ゆっくりうなづいて、おそるおそる——今度はつづらの隣に並んだ。
「あの……タメってなんですか……?」
つづらは、拍子抜けて、つまづきかけた。
「おい!蛇目!」
声が、路地の奥から響いた。
つづらが足を止めた。珠も止まった。
路地から、ぞろぞろと人影が出てきた。ジャージにサンダル。見覚えのある集団——昨日、つづらに倒された十人のヤンキーたちだ。
しかし、今日は十人ではなかった。
二十人。いや、もっといる。
「昨日はよくもやってくれたな」
先頭の一人が凄んだ。しかし——目つきがおかしい。焦点が合っていない。動きがぎこちない。まるで操り人形のような——。
つづらは腕を組んだ。
「ほう。ぞろぞろ出てきやがって……何人来ても同じだ——」
「つ、つづらさん……!」
珠が、つづらの袖を掴んだ。
「……チビ、ここは逃げろ」
「え……」
「そこのラーメン屋の裏、表の通りに抜けられる。前にマッポから逃げたとき通ったから確かだ」
「で、でも、つづらさん一人で——」
「一人で十分だ。こんな雑魚ども——」
「でも、あの人たち様子が変。前に危ない目にあった時と同じ感じがする……」
「行けよ!」
「は……うん………あの」
「何だよ」
「マッポって何ですか?」
「行け! 走れ!」
つづらは叫んだ。
珠は——走った。泣きながら。怖くて怖くて仕方がなかったが、つづらの声に押されて、走った。
---
私はコンビニのアルバイト中にそんなことが起こっていることは露知らず、レジで商品のバーコードを読み取っている。
「ミルティナさん!」
「珠さん?」
あの珠が大きな声で、コンビニに入ってきた。
「つづらさんが大勢の人に囲まれて……!」
「また喧嘩ですか? 十人くらい簡単にやっつけてしまう人ですよ」
「それが……前に、旧市民会館であった時と同じような感じがしたんです!」
通信デバイスが鳴った。ダルマイヤック。
「ニャンデーレ君。つづら君の周辺に異常を検知した」
「指導官! ヤンキー集団がつづらさんを——」
「そうだ。ただ、あのヤンキーたちは普通じゃない。何者かに操られている可能性がある」
「操られている……!?」
「以前の旧市民会館の件と同じだ。候補生を狙う何者かが、今度は地球人を利用して攻撃を仕掛けている。変身しなければ、つづら君でも危険だ」
また候補生が狙われている。珠の言うとおりだった。背筋が凍った。つづらは今、変身せずに戦っている——!
すぐにバイト先に来るよう、YARNで翔子にメッセージを送った。
そして二分後、コンビニの入り口の上から、翔子が降りてきた。……上から? それにしても早い。
「どうしたの〜?」
「翔子さん! シフト変わってください!」
「え?」
私はコンビニの制服を翔子に渡し、珠につづらがいるところを案内してもらった。
『緊急。正体不明の敵が出現。一般人が操られている可能性あり。全員現場に急行してください。位置情報を共有します。これは訓練ではありません』
梵から即レス。
『Got it』
睦から。
『大学から直行する!』
翔子から。
『店長に押し付けた! 走る!!!』
しまった。全員と打電してしまった。バイト先、店長一人で大丈夫だろうか。
---
現場に駆けつけたとき、つづらは——片膝をついていた。
今や、満身創痍、肩で息をしている。
制服は破れ、頬に切り傷、唇から血が出ている。二十人以上のヤンキーを相手に、生身で戦い続けていた。倒したヤンキーは十人以上いたが、あとの十人ほどは倒しても倒しても、立ち上がってくる。
普通ではない。人間の回復力ではない。
「つづらさん!」
声が裏返った。ボロボロだ。こんなになるまで——変身しないで——約束を守って——
つづらが振り向いた。片目が腫れている。
「姐御……来たのか。へへ……ちゃんと約束は守ってるぜ……」
つづらはブレスレットを私の方へ向けて、笑った。
泣きそうになった。でも今は泣いている場合ではない。
「変身してください! この人たちは普通じゃない、何かに操られています!」
「操られ……? だから何度倒しても……」
「一般人を傷つけるためじゃない。操っているものを倒すためです。変身して!」
つづらの目に、迷いがあった。一般人には使わない——その約束。
「相手はもう普通の人間じゃありません。操られている以上、このまま生身で戦い続けたら、つづらさんが——」
「……わかった。姐御がそう言うなら」
つづらがブレスレットをタップした。紫の光。変身。背中に「不撓不屈」の文字。え?変化するの?この文字……!
詮索は後だ、私も変身した。その後すぐ、翔子、睦、梵も駆けつけ、全員が変身する。
そして、珠も——震えながら、変身した。
「いいですか! 彼らは操られているだけです。傷つけないでください。操っている元凶を見つけて、それを倒します!」
「了解!」
「はーい〜!」
「……わかった」
「は、はい……!」
「おうよ!」
翔子は仮想デバイスで障害物を作り、睦はバリアの障壁でヤンキーたちの動きを封じにかかった。梵がターゲットスコープで周囲を走査する。
「……見つけた。路地の奥。何かいる」
梵の視線の先——路地の暗がりに、黒い塊がうごめいていた。旧市民会館で見たものと同じだ。不定形で、赤い光が脈動している。ヤンキーたちの体から伸びる細い糸のようなものが、全てその塊に繋がっていた。
「あれだ! あれを倒せば彼らは元に戻ります!」
「光線銃が効かないって言ってなかった!? 前にタマちゃんがやっつけたヤツなら——」
翔子が叫んだ。そうだ。あの黒い塊は光線を吸収する。物理的な衝撃でしか倒せない。
「つづらさん! 珠さん!」
二人を見た。
格闘能力最強のつづらと、恐怖で出力が跳ね上がる珠。物理攻撃で倒すなら、この二人だ。
「あたいに任せな!」
つづらが路地に突入した。黒い塊に拳を叩き込む。塊が歪み、千切れ、蒸発する。しかし蒸発しきれない塊の一部は再生を始める。
「くっ……しぶてぇ!」
塊がつづらに触手を伸ばした。つづらが回避する。しかし触手は一本ではない。次々と伸びてくる。
「つづらさん、一人じゃ——」
私と梵で触手を光線銃で打つ。やはりダメだ。光線銃のエネルギーを吸い取り、触手は太くなり、伸びている。
「弱点を探ってみる」
梵はツールの端末機能で、黒い塊を分析し始めた。
私は、仮想デバイスで棍を形成し、自分と梵に迫る触手を物理攻撃で蹴散らす。
「ミルちゃん、かっけー!」
ヤンキーたちの接近を封じてくれている翔子と睦が感心するように揃えて声を上げた。まあ一応、そういうスキルは研修で習得済みだもの。しかし数が多く、蹴散らすことだけで精一杯で本体へ近づくのは困難だった。
珠とつづらに託すしかない。
「チビ!」
つづらが叫んだ。
「来い! いっしょにやるぞ!」
珠は——路地の入口で立ちすくんでいた。暗い。狭い。黒い塊がいる。怖いものリストの複数が同時に。
「む、無理です……怖い……」
「怖くていいんだよ!」
つづらが叫んだ。触手を自らの打撃で蹴散らし、そしてかわしながら。しかし、ついに片腕を触手に取られた。
「テメーは怖がりだ! でも——あたいとテメーは対等だ!」
珠の目が見開かれた。
触手はつづらの両腕と、両足をとると、今度は鋭利な触手をつづらの背中から突き立てようとしている。
「つ、つづらさんが……危ない……」
涙が溢れた。
怖い。怖い。暗いし、黒いし、気持ち悪いし、全部怖い。
でも——つづらが。
「いやぁぁぁぁ!!」
珠が泣き叫びながら路地に飛び込んだ。
スーツの出力が跳ね上がった。通常の三倍以上。恐怖が臨界点を超えた珠は、涙を流しながら黒い塊に体当たりした。
つづらにまとわりついた触手が外れる。
「よしゃあ!」
つづらが珠の攻撃に合わせた。珠が体当たりで塊を崩し、つづらが崩れた部分に拳を叩き込む。再生する前に、珠がさらに体当たりする。つづらが蹴る。珠が泣きながら殴る。つづらが笑いながら殴る。
——凸凹コンビだった。
泣きながら戦う珠と、笑いながら戦うつづら。真逆の二人が、真逆のまま、息を合わせている。つづらの背中の「不撓不屈」の文字は、いつしか「我等友情不滅也」と変化していた。
「わかった。あの黒い塊に核がある。きっと人工物。あれを破壊すれば……」
梵が黒い塊の弱点を見つけ出した。
「はい! 珠さん、つづらさん! 梵さんが見つけてくれました! 核を破壊してください!」
私は二人に叫んだ。
「おっしゃあ!」
二人は核を探すべく、攻撃の手を緩めない。やがて、ヤンキーたちの体から伸びていた糸は消滅していた。操りが解け、意識が戻ったヤンキーたちは、得体の知れないものを次々と蹴散らしていく珠とつづらの姿を目の当たりにした。
「なんだありゃあ!」
「そういや、俺たちゃ、あの黒いもんに……!」
「そうだ! あの気持ち悪いもんが伸びてきて……そこから一切の記憶がねえ!」
得体の知れない黒い塊は、わずかに抵抗を見せているが、その体内にうっすら核のようなものが見えた。
「あったぞ!」
それにつづらが蹴りを放つと、珠の方向に向かって飛んでいく。
「行け、チビ!」
「うわぁぁぁぁぁ!!」
珠が泣き叫びながら、右拳を突き出しながら黒い塊の核に突っ込んだ。スーツの出力全開。体重三十キロもない少女が、スーツの強化された全身で、核を貫いた。
黒い塊が弾け散った。不定形の体が崩壊していく。ヤンキーたちには黄緑に輝く龍と、紫に輝く蛇が見えた気がした。
そして、路地に光が差し込んだ。
珠はその場にへたり込み、ひっくひっくと泣いていた。
つづらは拳を天に突き上げ、吠えた。
「おらぁぁぁ! あたいらの勝ちだぁぁぁ!!」
---
ヤンキーたちは、目の前に輝く龍と蛇に見惚れていた。
「あの龍と蛇が……俺らを……」
「俺たちを助けてくれたのか……?」
珠とつづらは変身を解除した。ヤンキーたちはまだ呆然としている。
「あれは!蛇目……!」
つづらは珠の手を取り、一緒に彼らの前に立った。珠はうつむいて涙を拭いている。つづらはボロボロの制服。切り傷だらけの顔。それでも、真っ直ぐ立っている。
「……おい、テメーら」
ヤンキーたちが、つづらを見上げた。
「テメーらはさっきの黒いバケモンに操られてたんだ。覚えてねぇだろうけどな」
「操られ……?」
「詳しいことは言えねぇ。ただ——テメーらが悪いんじゃねぇ。今回は、な」
「蛇目……おまえが、俺らのために……」
「勘違いすんな。あたいは自分のために戦っただけだ」
つづらが背を向けた。
ヤンキーたちが顔を見合わせた。そして——一斉に頭を下げた。
「蛇目のアネさん! これまでの無礼許してください! 俺ら、今日からあんたらについていきます!」
「はぁ!?」
「あんたらは、龍と蛇の女神だ! あんたらの舎弟にしてください!」
「は? チビもかよ! あたいら舎弟なんかいらねぇよ!」
「お願いします!!」
二十人以上のヤンキーが、珠とつづらに向かって土下座していた。つづらは困惑していた。人生で初めて人に慕われている。
私は——呆然と見ていた。さっきまで殺気立っていた集団が、全員揃って額を地面にこすりつけている。つづらの表情はこれまで見たことない表情をしているのが見えた。照れているのだろうか、なんだか可愛い。
「う、うるせぇ! 勝手にしろ!」
つづらの顔は、間違いなく赤かった。
---
帰り道。
つづらを回復デバイスで治療し、全員でぞろぞろと歩いた。翔子、梵、睦、珠、つづら、そして私。
珠はまだ少し泣いていた。睦が背中をさすっている。
「珠ちゃん、かっこよかったで〜」
「わ、私……泣いてただけです……」
「泣きながら突っ込んでくるのが一番怖いんだよな」
つづらが言った。珠がびくっとした。
「褒めてんだよ。いい加減慣れろ、チビ……いや、タマ」
「はい……いや、うん……」
つづらが——不器用に、珠の頭をぽんと叩いた。珠はびっくりしたが、逃げなかった。
「姉御……来てくれてありがとな」
——え。
つづらが、お礼を言った。あのつづらが。「テメー」「うるせぇ」「勝手にしろ」のつづらが。
「サルネエも、ムツネエも、ち……ボンもな……」
全員が顔を見合わせた。
翔子と睦は、つづらを囲んでギュッと密着した。
「つーちゃ〜ん!」
「誰がつーちゃんだ! てか! くっつくなよ!」
私は翔子と睦のいつもの急な距離の縮め方にハラハラした。しかしつづらは跳ね除けることはしなかった。
「……まぁいいか。悪くねぇ」
つづらが、笑った。
怖くない笑顔だった。
---
その日、翔子とふたりでバイト中に出ていったことを店長にお詫びした。店長はただ、「青春だなぁ~」と言って、咎めるようなことはなかった。なんとも大らかな店長だ。
そして数日後——。
コンビニの給料日だった。
初めてのお給料。地球の通貨で、私の手に入った初めてのお金。
封筒を開けて、中身を確認した。紙幣の柄はなんとも美しく見えた。私は封筒を抱きしめた。
シフトが終わった後、真っ直ぐ商店街に向かった。
ホビーショップ。
ショーウィンドウを覗いた。
——いた。
キュートブリーズのフィギュア。まだ、ここにいた。
店に入った。棚の前に立った。手を伸ばし——フィギュアの箱を取った。
レジに持っていった。
「一万四千六百円です」
封筒から——初めてのお給料から——お金を取り出して、支払った。
紙袋を受け取った。
店を出た。
紙袋の中のフィギュアの箱が、ずしりと重い。二十センチのフィギュアがこんなに重いはずがない。重いのは、これを手に入れるまでの時間だ。
約十三時間分の労働。おにぎりを並べ、レジを打ち、フライヤーを管理し、トイレを掃除した。翔子と一緒に。この星の人間と同じように、この星のお金を稼いで、この星のものを買った。
紙袋を胸に抱えた。
「……やった」
小さく呟いた。通行人に聞こえないくらいの声で。目の奥がじんわりと熱い。フィギュア一つでこんなに嬉しいなんて、トレーナー失格かもしれない。それでもいい。今日だけはいい。
帰り道、端末を開いた。ホビーショップの通販ページ。検索窓に「モーニングナイト フィギュア」と打ち込む。
——あった。二万三千円。
「…………」
高い。キュートブリーズより高い。倍近い。モーニングナイト様、あなたは私にとってどこまでも手の届きにくい存在なんですね……!
次の目標が決まった。
約二十一時間の労働。
——がんばろう。




