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霧深き国の姫  作者: yaasan


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若き君主

 そんな(げん)の不平には取り合わず、華仙(かせん)は口を開いた。


「どうせまた遅くまで本を読んでいたんだしょう? 兵法だか思想だか知らないけど」


 華仙の少しだけ皮肉めいた問いかけに玄は答えない。そんな様子の玄に華仙は続けて問いかけた。


「今朝の体調はどう? 熱とかはないの?」


 華仙の言葉に玄はさらに渋い顔となる。


「その問いかけも朝の挨拶代りになっている。それも止めてほしい。さっきも言ったけど、僕はもう子供ではないんだ。具合が悪ければ、具合が悪いと自分から華仙に言うのだからね」


「知ってる、玄? 子供に限って、子供じゃない、子供じゃないって言うものらしいわよ」


 華仙が悪戯っぽく笑うと、玄は口を軽く尖らせた。


 玄のそのような様子は、とてもではないが今年で十九歳になる者がするような行為とは思えない。だが、こんな様子の玄でも民たちの前に出る時は、君主然とした顔をしていたりもするのだ。

 

 それもあってか玄を分類するのであれば、民たちから慕われている君主だといってもよいのかもしれなかった。


 そして、一方でこんな無防備な玄の顔を知っているのは、幼馴染みである自分だけなのだと華仙は思っていた。華仙にとっては、ちょっとした優越感であったりもするのだ。


「玄、今日は威侯(いこう)将軍と東の狩場へ巡察に行く予定よ。だから、体調がいいのなら安心ね」


 華仙はそう言って、自分の父親である威侯の名を出した。

 華仙の家は代々(きり)の国における将軍として、将兵たちの指揮を司っている。因みに民たちに姫と呼ばれているのも、華仙が将軍家の娘だからだった。


 もっとも霧の国における将兵など、その数はたかが知れている。専業の兵士は五十名ほどで、後は有事の際に民たちが兵士となる仕組だった。


 そして、その有事が迫り来る雰囲気があった。霧の国が有している東の狩場で、霧の国に隣接する(くま)の国の民らしき者たちが近頃、頻繁に目撃されていたのだった。


 長い年月の中、国境を接している霧の国と熊の国とは度々国同士で諍いを起こしている。それに伴ってお互いの感情は相当に悪く、その根も深いものがあった。


 それに、そもそも東の狩場は数十年前まで、熊の国のものだったという事情もある。


「君主の立場である僕は、そこに行かない方がいいと思うけどね。僕が行ってしまうと、何かあれば霧の国として後には引けなくなってしまう」


 玄の言葉を聞いて、またこの前の話を持ち出してきたと華仙は思う。


 この議論はもう終わったはずだった。玄の言うことも分からないではないが、これは国と国の話なのだ。気弱な部分を見せれば、必ずそこにつけ込まれてしまうのではないだろうか。


 東の狩場をもしも失うことになれば、豊かとはいえない霧の国の食糧事情に大きな打撃を受けることになってしまう。当然、霧の国にしてみれば、それは必ず避けなければならないことだった。


 ならば不毛な争いなどは止めて、熊の国と友好的な取り決めを結び、両国で狩場を共有すればいい。そんな意見が出てきそうなものなのだが、生憎と互いの歴史がそれを許さなかった。


 長い歴史の中で、大小の衝突を幾度となく繰り返してきた二つの国なのだ。互いに恨みは積り、万年雪のようにそれが溶けることなどなかった。

 

 簡単に表現するのであれば、殴られたから殴り返す。それを遥か昔から互いに終わることなく、飽きることなく繰り返しているのだから。


「玄の気持ちも分かるけど、玄は君主なのよ。霧の国を導いて守る使命があるのだから」


「それは分かってるよ、華仙。だからこそ、僕は言っているんだ」


 玄がまた少しだけ口を尖らせて反論する。

 またこの顔だ。民の前では立派な君主なのに、自分の前ではまだ少年のままなのだ。


 それを少しだけ嬉しく感じながら、早く準備をとばかりに華仙は玄を促した。


「結論はもう出ているのよ。さあ、準備をしましょう、玄」


 口では不満を述べていたものの、華仙の言葉に玄は素直に頷いた。その様子に、華仙は小さく微笑む。


 これで、ようやく一日が始まるのだ

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