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未来の子供たち  作者: Naoko
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39. ヌンだ

 ガラガラと大きな音がした。

セルク・ヨナの扉が滑り落ち、砕ける音だ。

もう扉が開くことはない。

扉が付いていた壁には、少し窪んだ跡が残っているだけだった。


「あの扉は、球体に繋がる異次元の通路だったんだ」

 とワルトが言った。


「えー! じゃあ僕らは球体の中にいたの?」

 とニケは興味津々。

「ワルトはもうすぐ行くんだよね」


 ワクワクするニケに、ヨルクは数式の勉強について教えたかったが、水を差すようで止めることにした。

ニケは、成長すればライーニア家の責任を担おうと勉強するかもしれない。

ワルトも気になるが、勉強好きだから面白がるかもしれない。



「お腹が空いたね」

「朝ごはん食べてないし」

「もう昼近くだよ」


 ということで、皆は食べ物を探しに森へ出かけた。




 ヨルクは、しばらくの間、崩れた扉の破片を眺めていた。


 セルク・ヨナの文字のカケラがある。

ヨルクは「セルク・ヨナの名で良かった」と思った。

自分の名前がバラバラになるなんて良い気はしない。



「ヨルク、君はここに残ることにしたんだね」


 ユーリスの声にヨルクは顔を上げる。


「うん…両親からメッセージをもらった」

「何て?」

「僕は戻れるって。でも途中で消えてしまった」

「ああ、それは、君がここに残るって決めたからだ。

球体は、呼吸、心拍や体温を計れるし、脳内の電気信号も普通に感知するからね。

ヨルクが残ることを決めたら消えるように設定されていたんだろう」


 ヨルクは、もう少し両親と祖母と話したかった気がする。


「きっと、君が過去に縛られないようにしたんだと思うよ。

君が、君の人生を歩んで行けるようにとね」

「僕の人生?」

「そう、君の人生は、君のものだもの」


「戻るって、タイムトラベルだったのかな」

「タイムトラベルは人間には無理だよ」

「人は、時間を戻れないの?」


「時間を戻るには、ものすごく大きなエネルギーがいるから、人間はそれに耐えられない。

太陽の中に入るようなものだからね」

「そうか、ユーリスには分かってたんだ」

「うん、だけど、僕はまだその数式を良く知らない。

少しだけ、ヨルクがここに来た過程は分かったけど」

「ラーウスに来た過程?」

「君は、攻撃された時、何かの作用で、百五十年後の球体に引き寄せられたみたいだ」


 ヨルクは、両親が「修正する」と言ったのを覚えている。

支障が起きたので、それを直せば戻れるという意味だ。


「何かの作用って、何かな」

「ヨルクは、ここに来る前、何かした?」


 ヨルクは何も思いつかない。


「ヌンに、安全な所に行くよう言っただけ」

「他には?」

「うーん、母に『ヌンの中にいれば大丈夫、守られてる』って言われたけど…

それは球体を運んでいる宇宙船にワープすることだったし」

「百五十年後じゃないよね」


「あとは『ヌンの行きたい所でいい』って言った」

「ヌンの?」

「そしたら、何故だか植物センターにいる植物たちも…一緒に…来てた」


 ユーリスとヨルクは、お互いを見る。


「ヌンだ」


 ヌンの行きたかった安全な所とは、百五十年後のラーウス。

とはいえ、そう結論するには少々無理がある。

ヌンは、それほど賢くない。

しかも、刺客がヨルクを待っていたから安全でもなかった。

 また二人は考え込む。



「ヌンが関係してるって聞いたけど」

「君がここに来るのに?」

「いや、えーと、ギルアのことだったかな」


「ギルアかー」


「ユーリスは、あのギルアの数式を見たの?」

「うん、ギルアが死んだ後、ものすごく複雑だったからちょっとだけ。

その中にヌンのことがあった」

「ヌンが?」


 ヨルクは、ギュッと、胸が締め付けられるのを感じる。


 攻撃で死にそうになった時も、ギルアから殺されそうになった時も、ヌンがいた。

ヌンは一生懸命だった。


「ヌンは、君のことが大好きだった」

「うん」

「君のことを守ろうとしていた」

「うん…」


 そしてヨルクは、泣きそうになる。


「ヌンは、有機系小型宇宙艇だったよね。

あれはセナ夫人が、足りなくなった資金を調達するために作った商品の鉢植えおもちゃだ。

まだ先の、未来の技術だったんだけど、子供用として売ったんだよ」

「そうだったの⁉︎」

「ヌンにとって君は特別だったんだね。

だから君を守ろうと必死になって百五十年後に来てしまったし、ギルアからも守ろうとした」


「じゃあ、ヌンがギルアを消したの?」

「そんな力はヌンには無いよ」


「僕は、自分がギルアを消したんじゃないかって怖くなった」

「それは心配ない。

あれだけのエネルギーを出すには、一点の曇りもない、正しい動機で波動を高めなきゃならない。

ヌンや球体が関係したと思うけど、ギルアが消えたのは、多くの自然が絡んで起こったことだ」


 それを聞いたヨルクは、ヌンなら、きっかけぐらいにはなれたかもしれないと思う。

ヌンにとって、ヨルクはとても大切なご主人様だ。

それには一点の曇りもない。



 ヨルクは、ヌンを行かせてしまったのを、少しだけ後悔していた。

それでもラーウスに来れて良かったと思う。


 ヌンはいつまでもヨルクと一緒にいられるわけではない。

雄しべになったヌンは、雌しべを捜していた。

雌しべが見つかれば、ヌンの命は終わる。



「愛がないとダメって言われた」

 とヨルクは言った。


「そうだね」とユーリスは頷く。

「自然と愛が調和すれば、出来ることは山ほどある」

「奇跡を起こすとか?」

「奇跡や魔法なんかより、もっとだ。比べ物にならないほど力が強い」


 ヨルクはそうかもしれないと思う。


「お祖母様が僕に、

『植物や動物、全ての生物が、あるべき姿で生きる自然を愛していきなさい。ラーウスはそんな所だ』って言ったんだ」


「だから君はラーウスに残ったの?」

「うん。だけど百五十年後って、なんでだろう」


「それはいくつかの理由があるよ。

先ず、ラーウスに人が住むようになって百年ってことかな」

「百年?」

「そのくらいだったら、社会は起こった事を覚えていられるそうだ」

「それは聞いたことがある。

災害を忘れて繰り返さないために、記念碑を立てたりすることもあるって」

「直接でなくても、セナ夫人の事を覚えている人たちはまだいるから、君にとって親しみやすいはずだよ」


 ヨルクにとってナタリはそんな所だった。


「ラーウスがセナ夫人を忘れても、刺客は君が現れるまで待ち続けるかもしれない。

良くても悪くても、前の社会の痕跡が残ってる今なんだと思う」

「前の社会の痕跡?」


 ヨルクは、セナ夫人が「歪んだ経済社会」と言ったのを思い出す。


「そのせいで、平和を求めてラーウスに逃れてきた者たちが再び争い、多くの子供たちは親を失った。

まだトラウマから抜け出せてない子供たちもいる。

だけど、ラーウスの子供たちは、今までとは全く違う未来を作る子供たちなんだ」


「未来を作る子供たち?」


「そう。ヨルク、君も、その未来の子供の一人だよ。

君も僕らと同じ、親を失っている。

僕らの親たちは、とても辛い思いをした。

僕らは、もう二度と、争いを繰り返したくないんだ」


 ヨルクは「ああ、そうだ」と思った。

だからここの子供たちは、自分の知っている子供たちとは違う。

争いを繰り返さないという覚悟がある。


「それに、ヨルクが残ってくれたから、僕たちは今でも存在していられる」


「え? 僕が戻ると?」

「うん、今、存在している全てのエネルギーは吸収されて、百五十年前に戻ってしまう」

「じゃあ、今いる人々は?」

「生まれる前、はるか昔に戻るから、存在しなくなるね」


 ヨルクは愕然とした。

そしてユーリスは、そのことをいつから知っていたのだろうと思う。

ユーリスは、ヨルクが自由に決められるよう、辛抱強く黙ってくれた。


「ユーリス、君は何て強いんだ」


 ユーリスはニコッとした。


「僕は強くないよ。みんなを好きなだけだ。君のこともね」


 ユーリスの答えは単純だ。

人を愛し、コントロールしようとしない。

そんなことをしなくても、全ては上手くいくと信じている。

実際にヨルクは、自分で残ることを決めた。



「それに、君が百五十年の過去から来ることになって、僕らはラーウスで生まれた」

「どういうこと?」


 ユーリスは、空を指差す。


「ほら、あの雲の穴。

あれは君がここに来なければ開けられなかった。

開けられなかったら、今でもラーウスは、人の住めない惑星だ」


 ヨルクは穴を見上げる。

それは両親が自分のために開けてくれた穴。

ここで生きていけるようにと開けてくれた穴だ。



「ヨルク」

とユーリスは聞く。

「君はここで何をしたい?」


 ヨルクはユーリスに笑って答える。


「もちろん、ヌンの子供たちを捜す」


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