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未来の子供たち  作者: Naoko
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38. ここで生きていく

「やっと私を呼んでくれたのね」

 それはヨルクの祖母、セナ夫人だった。


「お祖母様…生きてるの?」


「いいえ、生きてないわ。

あなたの両親より長生きしたけれど」


 ヨルクは「やっぱり」と思った。

生きているはずはない。


「このアバターは、あなたのために用意したのよ。

あのメッセージの後、別の理由があってね」


 ヨルクはそれが刺客のことだと思った。


「セルク・ヨナの扉はお祖母様が残したの?」

「ええ、あなたの両親、私の息子夫婦がメッセージを残して死んでから随分経って、

やっと雲の穴が十分の大きさになって、気候が安定して、孤児たちを連れて来れた。

それから難民もやって来て、その中に刺客が紛れていたのよ」

「その刺客はもういない」

「そうね」


 セナ夫人は、ふうっと息を吐く。

それは、刺客であってもその命が失われたことは残念だという風だった。


 セナ夫人は顔を上げると、悪戯をするかの様な表情で言った。


「セルク・ヨナだなんて、素敵な名前でしょう。

あなたが生きているのを隠そうとして付けたのよ」


 ヨルクは、そんなセナ夫人に呆れ、ちょっと仕返しをしてみたくなる。

「お祖母様のアバターは若作りしてない?」

 セナ夫人は肩を竦めた。


 ヨルクは、苦労して年を取った両親を思うと、両親が刺客の存在を知らなくて良かったと思う。

両親は、息子の無事を信じながら命を終えられたのだ。



「お祖母様は、なぜもっと早く出てきてくれなかったの?」

「そうしたかったのだけれど、呼ばれるまで起動できなかったのよ」

 セナ夫人は、そう言いながら周りのスクリーンを見る。


「たくさんの質問があるわね」

「僕は数式なんか読めない」


「私も同じよ」

 セナ夫人は茶目っ気たっぷりの眼差しでヨルクの顔をじっと覗く。

「科学者の考えることは難しいわね」


 ヨルクの心はズキンと痛む。

それは、心のずっと奥にしまっていたものが呼び起されたからだ。


「僕は、科学者にも、お祖母様のような大商人にもなれないみたいだ」


 セナ夫人は、ふふんという顔をした。


「そんな事は気にしなくていいのよ。

ヨルクは真面目で優しいから、自分に多くのことを要求してしまうのね。

だから苦しくなる。

自分がやりたいことをすればいいのよ」

「自分がやりたいこと?」


 セナ夫人は、クリーンの一つに手を伸ばした。


「刺客はしつこかったみたいね。

その使命を果たしても、報酬はないし、誰も褒めてくれないのに…

そんな会ったこともない昔の人の恨みを晴らすことより、自分のやりたい事をして欲しかったわね」


 そうしてセナ夫人が触れたスクリーンは、一つ一つ消えていく。

ヨルクの質問をセナ夫人が答えてくれるからだ。


「お祖母様がやりたかった事って、子供たちを救うこと?」

「そうね。

成り行きだったけれど、それに気付いた時、自分はそうしたかったんだって思えたのよ」

「お金を稼ぐ事じゃなかったの?」

「お金?」


 セナ夫人は笑った。


「私は裕福な商人の家に生まれていたから、お金に興味は無かったわね。

商売は面白かったけれど、目的がなければつまらない。

お金を稼ぐことが目的だなんて寂しいじゃない」


 それはヨルクにも思い当たる節があった。


「ラーウスの子供たちも言ってた。

誰かが欲しがっていたら、ただであげるって、お金じゃないって。

でも、それって騙されたりしない?」

「私は何度も騙されたし、裏切られたことも数え切れないわ」

「ええっ⁉︎」


 セナ夫人は、大きく深呼吸した。


「人を騙したり、裏切ったりするのには理由がある。

ほとんどは自分勝手な理由だけれど、仕方ないと思ったりすることもあるわね。

貧しさはその一つ、だからって良くないけれど…

良くないのは、お金を独り占めして、人々の為に使わず、贅沢する為だったり、権力を得ようとすること。

それは愛のないことだもの」

「愛?」


「そう、最後は、そこに行き着くのよ。

愛が無ければ、結局、全ては上手くいかない。

一時的には良くても、いずれは行き詰まる。

歴史は、その事を何度も何度も繰り替えてしているのに、人は気付こうとしない。

ヨルク、私はあなたには気付いて欲しい。

だから、ギルアの死も気にしなくていいのよ」

「え?」


「上手く言えないけれど…

あの時、エネルギーが自然に集まって、ギルアを攻撃したようね」

「エネルギーが自然に? それって、自然がギルアを攻撃したって言うの?」

「うーん、それだけじゃない…ヌンが関係しているかも」

「ヌンが⁉︎」


 セナ夫人は、大きなスクリーンに手を伸ばす。


「ユーリスに教えてもらいなさい」

「ユーリスが知ってるの?」


 そして最後のスクリーンは消えた。


「ユーリスは、ライーニア家の男子だもの。

ライーニア家の男子は、球体の数式を理解している」

「ワルトやニケも?」

「あの子たちはこれからね。今は、アルアドとユーリスだけ」


 それを聞いたヨルクは、

これらの数式を勉強しなければならないなんて、自分はライーニア家でなくて良かったと思った。


「もちろん、ヨルクも読みたいなら、セナ公の孫だし」

「いや、いい」


 即答するヨルクに、セナ夫人は肩を竦める。


「まあ、そうでしょうね。球体の知識を受け継ぐのは、とても大変なことだから」

「ラーウスの人々でも千年かかるって聞いたけど」

「それよりもっとかかるかもしれないし、早いかもしれない。

人と自然を愛せば数式なんて難しくないそうよ」

「簡単に出来るの?」


「簡単かどうかは分からないけれど…

例えば、狭い道で人と行き違おうとする時、ぶつからないようにお互いを避けるでしょう。

その時、私たちは意識してないけれど、体は自然に計算して動いている。

数式は、すでに私たちの中にあるのよ」


「それが分かるようになって、何か良いことがあるの?」

「全てが素晴らしくなるに決まってるじゃない」

「全て?」


「元々人間は、自然の一部だったのよ。

この宇宙も、自然も、素晴らしい。

ところが人間は、自然や他人を従わせようとして、異物になってしまった。

だから何をやっても、いつまでたっても、自然を汚すし、上手くいかない。

ラーウスは、今はそんな異物の人間を必要としない植物の王国よ。

私は、歪んだ経済社会を変えることができなかったけれど、ここにはそんな社会はない。

とにかく私は、子供たちをここに送ることができて、愛せる人たちを知れて、幸せだったわね」


「お祖母様は幸せだったの?」


「そうよ。

だから、あなたも幸せになって欲しい。

ヨルク、あなたを苦しめた人たちも、社会も、もう存在しない。

いなくなってしまったのよ」


 ヨルクは、はっとする。

自分が息苦しく感じていた世の中も人も、過去のものになってしまった。

今は、自分の中に存在しているだけだ。



「ヨルク、あなたの周りにいる人々を愛しなさい。

そして、植物や動物、全ての生き物が、あるべき姿で生きる自然を愛していきなさい。

ラーウスは、そんなところよ」


 ヨルクはラーウスに来て、初めは馴染めなかったのに、今は好きになっている。

それは便利とか不便ということではなく、

ラーウスの自然の美しさと強さ、そして人の温もりがあるからだ。



「お祖母様」


「はい?」

 セナ夫人の声は穏やかだ。


「僕は、ここにいたい。

自分は、まだまだだけれど、そう思うんだ」


「ヨルク」


 声がした方をヨルクが向くと、そこには両親がいた。


「ヨルク、そうしなさい」

「ここで生きていけばいい」


 そして両親の映像は、ふっと消えた。


 ヨルクは「どういうことだろう」と思って、セナ夫人の方を振り返る。

そこにも、セナ夫人の姿はなかった。



「終了しました」


 球体の声がした。




「あ、あの、球体?」

 と、ヨルクは呼ぶ。


「はい」


「ヌンの雌しべを見つけて欲しい」


「肯定します」


「それから、異次元物置にも、まだ少し植物が残ってるから、それらも送っていって欲しい」


 球体は、少し間を置いて答える。


「肯定します」


 その少しの間に、ヨルクは、無いはずの球体の優しい気持ちを感じた気がした。




 突然、閉まっていたドアがバタンと開き、外から眩しい光が入って来た。

ユーリスたちが入っていた入れ物はパチンと消える。


「あれ、どうしたの?」

 皆は動けるようになったが何も覚えていない。


 するとユーリスが言った。

「僕たちは、ヨルクがいたのと同じ異次元にいたみたいだ」


「うわー!」

「そうだったんだー!」

「ヨルクがいたのは、こんなんだったの?」


 ヨルクは、何と答えようかと苦笑いする。



 その時、ゴォーとする音と共に強い風が吹いてきた。

ヌンは舞い上がる。

そして出口へと吹かれていく。


「ヌン!」

 ヨルクは叫びヌンを追った。

 皆も追っていく。



 ヌンは外に出て、空中に止まって浮かんでいた。

花粉袋が開いて金色の粉が飛び散り、それは長い帯になってヌンの周りに渦を巻く。

異次元物置から出てきた苗と種も加わった。


「ご主人様!」

 とヌンは言った。

「ありがとうございました。私は行きます」


 ヨルクは、ヌンに何か言おうとするが、言葉にならない。


 それからヌンは、ひゅっとエルナトの空から消えた。


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