37. 球体に会う
「ヨルク、これを見ているということは、無事だったんだな」
「辿り着けると信じていたわ」
ヨルクの両親は笑みを浮かべながら言った。
ヨルクは、恐る恐る手を伸ばし両親に触れようとする。
その手は両親を突き抜ける。
実態のないホログラムだからだ。
「君は、百五十年後の惑星ラーウスにいる」
「あなたが消えてから、私たちは随分探したのよ。
あなたが、未来のラーウスに行ったと分かったのは、私たちがここへ来る少し前。
そして、やっと、あなたが戻れる方法を見つけたの」
ヨルクは、タイムトラベルは不可能だと聞いていた。
ラーウスに来ても、誰からもそのことについて聞かなかった。
そんなことを考えながら、父親の話を聞く。
「君は何があったのか知りたいだろう」
その話は、ヨルクが図書室で読んで知ったことが多かった。
それでも自分についての情報は少なかったので、初めて聞くこともある。
宇宙ステーションの攻撃は、内部に入り込んだ工作員のせいで、
ヨルクの部屋が爆破されたのも、ヨルクを暗殺するためということだった。
「我々は、攻撃された時の準備はしていたが、君まで狙われると思わなかった」
宇宙ステーションの脱出ポッドは、
ラーウスに向かう球体を運ぶ宇宙船にワープすることになっていた。
備えとして、宇宙艇のヌンにもその機能が組み込まれていたが、
ヨルクは現れなかったので、死亡したと思われていた。
それでも諦めきれなかった両親は、ヌンの痕跡を追う。
そしてヌンが時間が遅く進む異次元にいることが分かった。
ところがヌンの中にいるヨルクを取り出せず、どこに向かっているのかも分からない。
未来のラーウスに向かっていると確定できたのは、内戦が終わる頃だった。
「球体がラーウスに近付いたから分かったのかもしれない」
「初めは信じられなかったわ。だってラーウスは、とても人が住める所じゃないもの」
内戦の二十年間、科学者たちは宇宙船に留まり、それでヨルクについても秘めることができた。
「球体と球体の間は、通常のワープを遥かに超えるスピードで行き来できる」
「それは今でも秘密で、球体をどこに隠したのかを悟られないようにしているの」
球体がラーウスに着くと、エルナトの湖に沈められ、ダムも造られた。
科学者たちは内戦の終わった自国へ戻ったが、両親はラーウスに残り、ヨルクを取り戻す方法を探し続ける。
ヨルクが戻れないことも考えて準備した。
「それは、気候を変えることだ」
「エルナト上空の雲に穴を開けて、放射冷却現象で気温を下げて、人が生きていけるようにすることよ」
ヨルクは、ヌンがラーウスの雲に穴が無かったと言ったのを思い出す。
とはいえ、それには長い時間と大変な苦労がかかり、両親の命を削っていく。
そうして自分たちの命が短いのを悟った両親は、このメッセージを残すことにした。
「やっと、君が戻れる方法を見つけたんだ」
「攻撃された時の、あなたの行き先を宇宙船に修正できるのよ」
「僕は、タイムトラベルで戻れるの?」
ヨルクが聞くと、両親のメッセージは、一瞬止まった。
突然、ヨルクの頭上に、スクリーンに映し出された数式が現れる。
数式は音も立てず次々に足されていく。
それから両親は、再び動きだした。
「あなたが、どうして百五十年後に行ったのか分からないけれど、ラーウスより宇宙船の方が安全よ」
「そうだろうか」とヨルクは不安を覚える。
もし自分が元の時代に戻ると、内戦が続く二十年間、宇宙船で暮らす事になる。
元々引きこもりだったので、宇宙ステーションから宇宙船に変わるだけかもしれない。
とはいえ、ここで経験した事はなかったことになる。
ユーリスたちはどうなるのだろうと思ったりする。
そして、気になることがあった。
「刺客は? 僕に差し向けられた刺客はどうなってるの?」
ヨルクが質問をすると、またスクリーンが現れた。
「なぜギルアは消えたの?」
「僕を狙う刺客だったから?」
質問しても両親は答えず、スクリーンが増えて行くだけだ。
ヨルクの周りは、数式を映し出すスクリーンだらけになる。
「あの攻撃は何なんだ!」
ヨルクは声を上げた。
すると今度は、巨大なスクリーンがヨルクの前に現れる。
その数式は、かなりの量があるようで、次々に数式を映し出し流れていく。
両親や他のスクリーンは動きを止めてしまった。
ユーリスたちの入っている大きなシャボン玉もどき異次元がふあふあと浮かんでいる。
ヨルクはため息をつく。
「球体は兵器を持っているんだな」
「否定します」
突然、声がした。
「え?」
ヨルクは辺りを見回すが、誰もいない。
すると、カーソルが点滅するスクリーンが現れた。
「誰かいるの?」
最後のスクリーンには何も映し出されず、カーソルが点滅したままだ。
「球体です」
また声がした。
ヨルクは、良く分からないが、やっと音声で答えてもらえると思った。
「球体はセナ公が作り、科学者たちによってラーウスに運ばれたんだな」
「肯定します」
球体の答え方は奇妙だが、ないよりはましだとヨルクは思う。
「このスクリーンは何だ?」
「質問の答えです」
「僕にこの数式は理解できない」
それには球体は返答しなかった。
ヨルクは、音声は会話するものではなく、最少限度の質問の答えを音にするものだと悟った。
「僕がギルアを殺したのか」
「否定します」
「球体が殺したのか」
「否定します」
「じゃあ誰だ」
「スクリーンで表示しました」
「だから僕は、それを理解できないんだ」
「数式で全ては記録されています。
球体は、質問の答えを数式で表示します。
それを読み、判断するのは質問者です。
数式を理解できないのであれば、球体にできることはありません」
つまり答えが複雑すぎて、数式が読めない限り理解できないということだ。
ヨルクは、最初の球体が宮殿の地下に納められたのに、使われなかったのを思い出す。
使えないのは自分も同じだった。
「どうしたらいいんだ…」とヨルクは独り言を言った。
すると、再び声がした。
「セナ夫人のアバターを望まれますか?」
「え? セナ夫人を出せるか?」
「肯定します」




