31. 刺客
「ベルカリス、お前は『レンキの娘の再来』とまで言われたのに、
木の実を集める生活に成り下がるとはね」
ギルアは、口の端を上げ、含み笑いをしながら言った。
ベルカリスも鼻でフッと笑う。
「あんたに言われたくないわよ。
織り機を壊して逃げたくせに」
壊れた織り機は、そのままにされていた。
レンキが、織り主が戻ってくるのを待っていたからだ。
「俺にはあの生活は合わなかった」
「残念。いい布を織ってたのに」
ギルアは答えず、鞘から刀を出す。
ベルカリスは刀を振って構える。
「大丈夫か? 腕が鈍ったんじゃないか」
「そうね。あんたは六人も殺して鍛えたもんね」
それを聞いたダンは、ユーリスの方を振り向く。
「六人って?」
「乾季に入って、あちこちで果たし合いがあったらしい」
「親父さんから聞いたのか?」
「エルナトに戻って知った。
まだ調べている最中だったけど」
ユーリスとダンは、ワルトがベルカリスとアニタを連れて来た理由が分かった。
彼女らは何かを知り、ここへやって来た。
ダンが怒鳴る。
「おい! ギルア! 誰を狙ってるんだ! ベルカリスか?」
ギルアは、ベルカリスに向いたまま答える。
「まさか。
ベルカリスは戦うことを辞めた。
残念だけどね。
ここで目覚めてくれると嬉しいから、そのくらいの相手はするよ」
「それは無いわ」
と声がした。
声の主は、大岩の上に立つ戦闘服を着たシャウラだった。
ヨルクは「あっ」と驚きの声を上げそうになる。
そして、ユーリスの「シャウラは十分に強い」の意味を知る。
シャウラは、お淑やかな弱いお姫様ではない。
家族や仲間から反対されても、正しいと思うことを貫ける強い姫だった。
その時ヨルクは、シャウラに「女の子は強いから怖い」と言ったのを恥ずかしく思った。
シャウラは、槍使い。
ぴょんと岩から飛び降りると、槍を振ってブンブン鳴らし、ベルカリスの横に立って構える。
ベルカリスは、チラッとシャウラを見て、ニッと笑った。
ベルカリスは、戦士の娘。
シャウラは、王家の娘。
二人は、幼くてもエルナトへ逃れた親しい友だ。
そしてラーウスに平和が戻ってくると、
ベルカリスはサライへ戻り、シャウラはエルナトに残った。
シャウラの戦闘服は、シルバーに水色の模様があり、肌の色に良く似合う。
ベルカリスのは、濃い赤にゴールドの模様が、日焼けした肌に生える。
この二人には、陰と陽の美しさがあった。
ユーリスは、動かない。
刺客がヨルクを狙っているのなら、身を呈して守ろうとする。
そして、
ここにいる者は皆ヨルクを守ろうとしている…はず…だった。
ユーリスはアニタを見た。
アニタは、ヨルクと同じくらい青い顔をしていた。
幼い頃の怖かった記憶を思い出し、ヌンを抱きながら震えている。
武術より芸術系のアニタは、この状況で役に立たない。
そしてワルトはというと、ユーリスを見て肩を竦める。
ワルトは学者派、もしくは技術系で、戦闘に興味はない。
ワルトは、
「自分の命と引き換えにするほどのことなのか…」と考えている最中だった。
(最も、戦闘に興味がない時点で役に立たない)
ティアは怪我をして動けない。
ダンは、ティアの傷の手当をしている最中だ。
それに、この二人と連携を取って戦う自信はない。
下手に動けば足手まといになってしまう。
つまり、この状況は、ひじょーにマズかった。
ここで戦えるのは、
「レンキの娘の再来」と言われたベルカリスと、
「その双子の姉妹(妹の方)」と言われたシャウラだけ。
因みに、この二人は十八歳の乙女たち。
もう少しで十九歳になる。
シャウラとしては、ちょっとの間、ユーリスと三歳違いになるのが悩みだった。
かわってギルアは、戦闘で鍛錬を重ねる大人の戦士だ。
ユーリスは平常心を装いながら策を練る、というより困っていた。
ギルアが本気で戦えば、彼女ら二人の命はない。
ユーリスは、ギルアに言った。
「刺客はお前だけか」
少しの間、ギルアは考える。
この十六歳の少年は、今の事態を何とかしようとしている。
助ける謂れはないが、せっかくなので答えてやろうと思う。
「俺だけだ。
刺客は、俺を含めて三人いたが、その内二人は、まあ、死んだ。
他の四人は、王制を復活させようとしていた輩だ」
ダンが小声で「仲間割れかよ」と言った。
シャウラは、目を瞑ると息を吸う。
自分が生き残ったということは、そういうことだ。
「あなたも」
と、目を開いたシャウラは言った。
「私を引きずり出したいのですか?」
するとギルアは苦笑いする。
「いいえ、お姫様。
あなたはそれを望んでいません。
私も王政の復活に興味はありません。
王家など滅んで良かったのです」
シャウラは、ギルアの答え方から、それなりの教えを受けているのだと思った。
「私たち一族は、百年前にここへ送られたセナ家を亡ぼすための刺客です。
それなのに、他のやつらは、あなたを担ぎ上げようとした輩に乗せられてしまった。
彼らは、戦うことに喜びを見出していたので、その機会を与えてやり、死なしてやりました」
「あはたは、そうして私を救おうとしたのですか」
「そんな立派なことは考えていません。
ただ私は、戦うことが好きなのです。
ですからこうして戦えるのは嬉しい」
とギルアは言って、シャウラに向かった。
「シャウラ!」
とユーリスが叫ぶ。
シャウラは、ギルアの刀を交わし槍を構え直す。
ギルアはニヤリと笑う。
「王家のあなたが私の攻撃を受けてくれるのは光栄です。そして」
と言うと、ベルカリスに言った。
「何度も、ラーウスでの戦いが終わってしまい悔しいと思った。
もっと早く生まれていれば、レンキにも挑戦できたのに。
だが、この手で王家を滅ぼすのも悪くない」
ベルカリスが、シャウラの前に出てギルアに斬りかかる。
シャウラは、ベルカリスの動きに合わせて槍を突き込む。
息の合った二人は、やる気満々だ。
すると突然、戦う三人に水がかけられた。
ワルトがバケツで水を汲み、かけたのだ。
「何すんのよ!」
と濡れたベルカリスが怒る。
シャウラは呆れているし、
ギルアも、妙な顔をする。
水をかけるのは、子供の喧嘩の仲裁に良く使われる。
三人は「自分たちは子供か!」と思ってしまった。
ワルトは慌てる。
バケツは、たまたま持っていたのを、おばば様に「持って行け」と言われただけで、
水をかけるために持ってきたのではない。
ヨルクたちを見つけたらバケツを叩いて音を立て、後続に居場所を知らせるためだった。
「何とかしなければ」と思ったワルトは、咄嗟に水をかけてしまい、後は何も考えていなかった。
「あのー、ちょっと伺いたいんですが」
とワルトは、取り繕うかのように言った。
「何よ!」
ベルカリスは怒ったままだ。
「ギルアは、ヨルクを殺しに来たんでしょ?
そもそも刺客って、百年も続けられるものなの?」
全員、ギルアを見る。
ギルアは「また面倒臭いことを」という顔をしながら答える。
「民族間で百年、いや何百年も憎み合うのは良くあることじゃないか」
「ああ、そうですね」
と、引き下がるワルトに、アニタが小声で言う。
「ちょっと、もっと何か言いなさいよ」
ワルトが「えっ」という顔をした。
ギルアが笑い出す。
「俺は、ラーウスの人間に差し向けられた刺客じゃない。
そこで青くなっている小僧に会ったこともない。
それでも、俺が小僧の命を狙うのは、セナ家の血を受け継ぐ者だからだ。
セナ家を根絶やしにするために俺はここにいる」
そしてギルアは、
「おっと」
と言って、シャウラが現れた岩を見上げる。
そこには、アルアドとレンキが立っていた。
「ギルア、久しぶりだな」
と、レンキが言った。




