29. 未来
「女の子は、生理を繰り返して、子供を産むための体を整えていくの」
綺麗な女の人とするには恥ずかしい話題だ。
「へえ」
と、ヨルクは答える。
(いやいやいや、この人は変だ)
と思ったヨルクをよそに、シャウラは続ける。
「女の子にとって、体が変化する時期は大切なの。
男女は、勝っているとか劣っているとかではなくて、役割が違うのね」
ヨルクは、
(もしかして、生理をバカにしてはいけないと言っているのかな)と思った。
それならば分からないでもない。
(まあ、あれだ。学校の性教育だ)
それでヨルクも言ってみる。
「僕は女の子は強いので怖いです」
シャウラは目を大きく開けた。
「そうね、特にティアは男の子より強いわね」
そうしてコロコロと笑うシャウラを、ヨルクは「やっぱり綺麗だな」と思う。
ティアは、ユーリスに憧れている。
アニタは、ユーリスはシャウラとお似合いだと言っていた。
やはり、どう見ても、百歩譲っても、シャウラの方がユーリスに相応しい。
シャウラのナチュラルブロンドの髪は、煙のようにふわっと柔らかい。
その柔らかさと共に、知性だけでなく風格もある。
山猿のようにクルクル動くティアとは雲泥の差だ。
ヨルクは「ティアの失恋は確実だな」と思うと、なぜかホッとする。
そして「あれっ?」と思った。
いつのまにか、ヨルクの気持ちは穏やかになっていた。
シャウラが空を指差す。
黄昏時の空に、まだ星は出ていなかった。
湖の上を中心に宇宙へと開いた空は、大きく円を描くように雲で囲われている。
雲に包まれた惑星ラーウスにできた穴だ。
惑星ラーウスを包む熱圏には、大量の水分が蓄えられていた。
それが温室の様に惑星を囲み、高温多湿の環境を作っている。
人々は、地上の水と空の水の間に住んでいた。
「あの穴は、窓のように閉じたり開いたりして気候を安定させているの。
人が住みやすくなったのも、あの穴のおかげよ。
私たちがここに住み始めた頃は、もっと小さかったらしいけれど」
ヨルクは、ヌンが「採取された時に穴はなかった」と言ったのを思い出す。
「あれは惑星全体に広がるのですか?」
「さあ。
争いで人が減ってしまったから、そうだとしてもかなり先、未来のことでしょうね。
だからヨルク」
とシャウラは真顔でヨルクを見る。
「私たちは、ラーウスの人口を増やさないといけないの」
「え?」
シャウラが考えていたのは、ラーウスの未来だった。
辺境のこの惑星にすむ人々は、自力で増えなければ、いずれ絶えてしまう。
人間の場合、子供を産めるのは女性だけだ。
母親は子供を産み育てる。
父親は、家族を守り、自分の子孫を残すために力を尽くす。
そうやって命を繋いでいくのは、生物にとって当然だ。
ヨルクは、
「ヌンが、今、必死にやっていることじゃないか!」と思った。
百年前の戦争で避難してきた人々は、
ここでも争いを辞めることができず、存亡の機に立たされた。
その時、子供たちはエルナトで匿われる。
ラーウスの未来のために、子供たちは守られたのだ。
ヨルクは、シャウラの風格は、王家の遺伝子から来ているのではと思った。
王家の最後の娘は、未来を考えることができる人だった。
その強さに引かれるようにヨルクは言った。
「もう争いなんて起こらないと良いですね」
それを聞いたシャウラは微笑む。
「そうね、私もそう願うわ」
シャウラは胸を膨らませ、大きくゆっくりと息を吐く。
肩にかかっていた髪がはらりと落ちた。
「私の家は、王家と言っても末端の方なのに、百年前の王位継承の騒動に巻き込まれてしまった。
そしてセナ夫人の助けでここへ逃げてきたのよ」
「祖母が?」
「ええ、私はセナ夫人に会ってみたかったわ。
だからこうして、あなたに会えて嬉しいのよ」
「僕は、そんな立派な人間ではありません。
祖父も公爵だったらしいけれど、祖父母の血を受け継いでいるとは思えない。
なぜもっとリッチな生活をさせてもらえなかったのかと不満に思ったくらいです」
するとまたシャウラは笑った。
「私も、もう王族ではないわ。
そんなものは滅んでしまったもの。
それに、リッチな生活は無理だったんじゃないかしら。
あなたがいた時代は、セナ公もセナ夫人も借金まみれで、領地も売ったらしいもの」
「そうだったんですか⁉︎」
「うちはもっと酷かったけれど」
とシャウラは肩をすくめる。
ヨルクは「確かに」と思った。
球体を作ったり、宇宙ステーションを作ったり、
その費用は国家予算に匹敵するほどだったに違いない。
「セナ公とセナ夫人が、財力や権威を回復したのは内戦が終わってからよ。
内戦は二十年続いたから、大変だったでしょうね」
二十年というと、ヨルクは三十四歳になっていたはずで、それからの話だ。
「そんなに甘くないってことですね」
「そうでもないわよ」
シャウラは楽観的だ。
それは彼女が様々な苦難を経験したからだが、元々の性格もある。
「ヨルク、私に会ってくれてありがとう」
ヨルクは笑顔で取り繕う。
「ありがとう」と言われるようなことはしていない。
シャウラは、音のする、湖の向こうの方を向いた。
「あそこに音楽が戻ってきて良かった。
今夜は演奏会があるみたいね」
「演奏を聴きに行ったりするんですか」
「いいえ」
シャウラは少し悲しい表情をした。
「今、私は、エルナトの外へ出ないようにしているの」
「え?」
「拐われて、王家の最後の姫だと祭り上げられたら困るもの」
「まだそんな事を企む輩がいるんですか?」
「いないと思いたいわね。
ラーウスには、こんなに素晴らしい自然があるんですもの」
シャウラは湖の方を向くと、
そこにある精気全てを取り込もうとするかのように両手を横に広げた。
そして振り返る。
「あのね、人は、生活が豊かになると、楽園のような庭を作ろうとするんですって。
どんなに文明が進んでも、人は自然に戻っていく。
自然は厳しくて、そして、私たちを受け入れてくれる大きさがあるわ」
そレからシャウラは、遠くから聞こえる音を聞きながら、小声で歌っているようだった。
「私は」
とシャウラは不意に言った。
「ラーウスがあまりにも美しくて、泣きたくなることがあるのよ。
ヨルクは、どう? 美しいと思わない?」
ヨルクは何と答えて良いのか迷う。
美しいとは思うが、
色々なことがあり過ぎて「美しいです!」と言えるほど心に余裕はない。
シャウラも、返事して欲しいと思って聞いたのではない。
そう言ってみたかっただけなのだ。
シャウラの横顔は、嬉しそうなのに、寂しそうにも見える。
ヨルクは、シャウラが、自分の好きな所へ自由に行けたら良いのにと思った。
「いつかユーリスと、演奏を聴きに行けると良いですね」
するとシャウラは顔を赤らめる。
「え? ユーリス? 迷惑ですよ」
「ユーリスは音楽が嫌いなのですか?」
「そ、そうじゃなくて、私は年上だし、その、何と言うか」
そのシャウラの慌てように、ヨルクはクスッと笑う。
そして、
「シャウラはユーリスが好きなんだ」と思う。
シャウラは、ラーウスの未来を考えている。
そして変だけれど、可愛い人だった。




