27. 過去
ヨルクはパタンと本を閉じる。
これほど勉強したのは初めてだった。
ヨルクは、言い様のない虚無感に襲われていた。
同時に怒りも募ってくる。
それが何に対してなのか分からないので、余計にイライラする。
分かるのは、今は一人でいたくない。
一人だったら、孤独に苛まれ、自分を見失うかもしれない。
誰かと話したかった。
それを知っていたかのように、おばば様が図書室へ入って来た。
お茶を持ってきてくれたのだ。
ヨルクが机に積まれた本を脇に寄せるとおばば様が器を置いた。
お茶の香りがあたりに漂い、ヨルクの緊張を緩める。
ヨルクはお茶を飲みながら、自分が最も知りたかった事を思い出す。
それは、
なぜ自分がこんな所にいるのか、
宇宙ステーションが攻撃された時、何があったのかだ。
ラーウスの人々は、過去から一人の少年がやって来ることは知っていた。
ただ、どんな少年なのか、詳しくは知らされていなかった。
おばば様は、その方が良いと思っていた。
百五十年前の世界、ラーウスより進んだ世界からやってくる少年だ。
先入観なしにその少年を迎える方が良い。
ところがヨルクは黙っていることが多い。
何を感じ、何を考えているのかを言わない。
それを一人で抱えるのは辛くなるだけだと、おばば様は気になっていた。
「随分熱心に調べたようだね」
おばば様が目を細めながら言った。
「ここは、辺境の惑星なんですね」
「ああ、そうだよ」
「未来なら、もっと進んでいるかと思ってました」
「進んでいる、ねぇ」
おばば様は、また目を細める。
ラーウスの人々が何故こんな生活なのか、どうやって説明しようかと考える。
「もっと便利な…」
「便利…それで世の中は良くなったかね」
ヨルクは答えられない。
便利な社会が快適だったら、引きこもりなんてしなかった。
それでも、不便より便利な方が良いに決まってると思う。
「便利になれば、生活が楽になるでしょう。
た、例えば、あのウィルディス王国の使者たちに助けてもらったりして、行き来しやすくするとか」
おばば様は笑った。
「ウィルディス王国の使者たちは、ここへ学ぶためにやって来るんだよ」
「えっ?」
ウィルディス王国には、辺鄙な惑星へやって来れるほど進んでいる。
その彼らが、ここで何を学ぶというのだ。
「それは、精神的な…」
ヨルクはそう言いかけて、
(ちょっと前まで殺し合いをしていた連中から学ぶことなんてあるのか)と思ったりする。
「まさか私らが、そんなに立派な人間だとは思ってないよね?」
「ええ、まあ…」
その直接的な質問に、どう答えて良いのか戸惑う。
「球体だよ」
「あの湖に沈められている?」
「そうさ。
ウィルディス王国は、球体に入っている知識と技術を学びに来るんだ。
お前様も球体を知ってるだろう?」
「えーと、科学の知恵を込めた…」
「それはその本に書いてあることだ」
とおばば様は言って、机に積まれた本に目をやり、ため息をついた。
「そうか、お前様は何も知らなかったんだ…」
その言い方が、ヨルクには引っかかる。
ヨルクは両親のやっていることに無関心だった。
それでも、
祖父が球体を作ったとか、祖母がその費用を稼いだとか、
自分の家族が何をしているのか、知らせるべきだったのではと思う。
知らせなかったのは、自分が引きこもっていたから。
知ったら怖いと思うようなことだったのかもしれない。
怖いことは、知らなければ安心していられる。
だから人は、真実を知りたくないと思ったりする。
そして今、ヨルクは、怖くても、知りたいと思うようになっていた。
「球体は、僕の祖父、セナ公が作ったそうですね」
「セナ公の作った二つ目の球体は、ここにある。
いつか、どの国民でも、人類の為に使うことができる者たちが現れるのを待っている。
私らは、たまたまここへ避難して来た者たちの子孫さ。
そしてウィルディス王国の人間も、たまたまその知識を学ぶ機会が与えられただけなんだ」
「僕がここへ来たのも、球体があるからですか」
「それは私らも知らない。
そうかもしれないし、そうでないかもしれない」
「初め、皆は僕のことをセルク・ヨナと言ってました。
セルク・ヨナって誰のことですか」
「お前様のことだよ。そう呼ぶよう言われたのさ」
「それは誰が…」
ふと、ヨルクは、祖母ではないかと思った。
「セナ夫人ですか?」
おばば様はまた目を細める。
ヨルクが何を考えているのか分からないが、セナ夫人の思いは伝えたいと思っていた。
「そうさ」
「会ったのですか?」
とヨルクは聞いて、すぐにそれは無いと思った。
ここが百五十年後なら、祖母に会えたはずはない。
「わたしの祖父母はセナ夫人と親しかったからね」
それを聞いたヨルクは、
「やはりここは百五十年後の世界なんだ」と思い知らされる。
ヨルクは、そうかもしれないとは思っていた。
それでも、自分のいた世界はそのままで、両親がどこかに生きているような気がしていた。
そして今、両親は死んでしまったのだと理解した。
「お前様が宇宙ステーションへの攻撃から百五十年後に現れるから、
その時は力になってやってくれとね」
それを聞いたヨルクは怒る。
「僕がここに来るって知っていた?」
ヨルクは「そりゃそうだ」と思った。
球体をラーウスに運ぶのは、以前からの計画だったにしても、
エルナトやナタリなどの施設を作れるほどの金持ちなら、孫が住める場所を作ることくらい簡単だ。
引きこもりだったから、
あの社会ではマトモな生活はできないだろうと、
勝手に、ここへ送り込まれた。
「仕組まれたんだ!」
とヨルクは叫んだ。
するとおばば様は眉を顰める。
そして、
「仕組まれたなんて」
と言いかけて、自分がこれ以上言うのは、ヨルクを追いつめることになるかもしれないと思った。
今のヨルクに、自分の子供を失う親の気持ちなんて分からない。
おばば様は、祖父母から、セナ夫人の気持ちを聞いていた。
セナ夫人も、孫を失い、深く悲しんでいた。
そんな過去の悲しみを知らせても、今のヨルクに助けになるとは思えない。
「ユーリスに、堰き止め湖のダムに連れて行ってもらえばいい」
「え?」
「そこに、セルク・ヨナの扉があるから」
と言うと、
おばば様は図書室から出て行った。




