26. 図書室こもり
ヌンのお嫁さん探しは難航していた。
ヌンがどんな植物か分からないからだ。
小さな鉢に青緑の四〜五枚の葉がついていた苗、ということだけしかヨルクは覚えていない。
種、もしくは球根(一応、受粉する)のどっちから発芽したのか。
橙色の花は(巨大だったけど)咲いたのに、成長した姿がはっきりしない。(火傷したから)
そもそも、今が受粉の時期なのかも疑問だ。
「それってお嫁さんは見つからないということですか〜」
と情けない声を出すヌンに、
「私が絶対に見つける!」
とティアは頼もしいことを言ってくれる。
こうしてヌンとティアは、ヨルクが図書室へ行っている間、お嫁さん探しへと出かけた。
さて、エルナトの図書室は、ナタリより大きかった。
岩を削った奥にあり、冷んやりとして通気性が良い。
ヨルクは「乗り物すらないこの惑星に、なぜこんな立派な図書室が」と思う。
だが、今はそれどころではない。
ここが本当に、百五十年後の世界なのかを確かめねばならない。
先ずは、宇宙ステーションへの攻撃だ。
歴史書によると、その攻撃は「内戦の始まり」と記されていた。
それから争いは二十年ほど続く。
内戦を終結させたのは、若き王ラフリカヌスと、士官学校卒業生のセイリオス。
その後、三十年、社会は安定する。
その安定期は、王の死によって終わった。
そうして難民は、このラーウスへ逃れた。
それら全ては、ヨルクがいなくなった後のことなので、
ヨルクは「へぇ〜」と思うだけで、あまり実感がない。
ヨルクがいた時代、
「平均寿命は五十歳」と言われていた。
攻撃的な性格が災いし、早死にする者が多かったからだ。
国の評判も良くなかった。
貧富の差も激しく、子供を含め、病気で死ぬ者も少なくなかった。
それを変えたいと思う者たちはいて、科学技術は進歩していった。
すると、科学を、自分の地位や名誉向上のために利用する輩が現れる。
科学者は、研究し、その結果を公平かつ健全な目で判断して公表する。
それには根気強さが求められる。
それなのに、根気より利益を上げることや新兵器の方へと科学は進む。
権力欲に取り憑かれた者や、利己主義者に影響されてしまったのだ。
国家も、商業も、国民でさえ、
科学を人のためではなく、欲のために使おうとする。
そうして科学省に残ったのは、純粋な研究者たちだけだった。
彼らの価値は下がり、卑しめられる。
つまりヨルクの両親は、その卑しめられた側にいたということだ。
ヨルクは「球体」についても調べた。
ところが、「球体に科学の知恵と知識と技術を込めた」の説明の後、
膨大な科学の専門書に圧倒されてしまった。
読んでも理解できない。
そこへ、ワルトが図書室にやってきた。
ヨルクは、ワルトが収集に出かけたと思っていたので驚くが、
ワルトは、ヨルクの机に積まれた球体の専門書に驚く。
「それ、読むの?」
ヨルクは言葉が見つからない。
「普通の人が球体を理解するのに四十年はかかるよ」と言われ、
ヨルクは「やはり」と思った。
自分のような凡人の頭ではもっとかもしれないと思う。
すると、科学者だった自分の両親はこれを理解したのだろうかと思った。(もちろんそうだろう)
いずれにしても、自分はあまりにも知らなさすぎる。
そこでヨルクは、
「ワルトは球体について何か知ってる?」
と、聞いてしまった。(後で後悔する)
ワルトは、
「自分もちょっとだけしか知らないけれど」
と言って、説明し始めた。
まず、科学の知恵と知識と技術を込められた球体は、宮殿の地下に置かれた。
ところが、首都を守るバリアを張るとか、
戦闘のために宇宙飛行の時間を短縮する、などのために使われただけだった。
ガッカリした科学者たちは、二つ目の球体を作り、
自分たちの研究が役立てられるようになるまで、辺境の惑星に送ることにした。
つまり、知識と技術というお宝を隠そうとしたのだ。
それがどれ程のお宝だったのか、という話になると、
ワルトの目は爛々と輝き、饒舌になる。
ヨルクには何のことやらさっぱり解らない。
「これがちょっとだけ?」と思いながら聞き続ける。
分かったのは、宮殿に置かれた球体の知識は、理解し難い、
つまり、宝の持ち腐れということだ。
その日は、ワルトの延々と続く科学の話で終わった。
そうして、ヨルクの図書室こもりは二日目に入る。
ヨルクには、気になる事があった。
二つ目の球体は、セナ公が作ったというのだ。
ヨルクは初め「自分と同じ苗字」と思っただけだった。
二つ目の球体は、政府が反対し、国からの資金は出なかった。
つまりセナ公には、球体を作れるほどの財力があった、というわけだ。
ところがヨルクは、びっくりする。
セナ家の富を、さらに大きくし、球体を作っただけでなく、
球体を運ぶ基地となる宇宙ステーションの建設費用や維持費を捻出したのは、
セナ公の妻、セナ夫人だという。
それは、なんと、ヨルクの祖母だった。
ヨルクの手は震える。
セナ夫人は、平民の大商人の娘だった。
セナ公に初めて会ったのは、ヨルクと同じ十四歳。
セナ公は、彼女の父親より年上だった。(祖父に近い)
セナ公には金銭欲がなかった。(どちらかと言うと科学オタク)
それでも、純粋な科学の為にお金は必要だった。
彼女が結婚を承諾したのは、
幼い頃から商才がありながら、
汚れた社会や、女性への偏見に嫌気が差していたからだった。
社会に出る前に、引きこもってしまいそうな商売の天才少女が、
金銭欲はないが、科学を人類に役立てたいお貴族様に出会ってしまった。
年齢こそ違え、二人の目的は一致し、年齢を超えたお互いへの敬意が彼らを結び付ける。
彼らの願いは、ただ一つ、
科学を人類に役立てることだった。
もちろん、この結婚には反対があった。
年の差婚も問題だったが、身分の違いが大き過ぎたのだ。
それで、
セナ公の平民出の妻は、セナ公爵夫人とは呼ばれない、ということで結婚が認められる。
元々セナ夫人には爵位など必要なく、自由に商売に専念できるので願ったり叶ったりだった。
思う存分、自分の能力を発揮し、国で最もリッチな夫人になり、
貴族たちにも一目置かれる存在となる。
二人の間には、一人息子(ヨルクの父親)が生まれたが、
息子も科学者となり、球体を運ぶ科学省の一人として爵位を継がなかった。
セナ家は、国が滅びるのを予感していた。
人々は争うばかりで、社会は衰退していた。
そんな国の爵位など邪魔なだけだ。
彼らは、地位や名誉より自由を選び、
未来の社会、未来の子供たちのために生きることにした。




