23. 下山
下山する日がきた。
アニタと山小屋の人々に見送られ峠を超えると、雪の道は終わった。
峠の先に雪はなかった。
森林限界地なので、岩がゴロゴロしているだけだ。
こちら側は、乾季に入ると雪が溶けるのは早い。
気温と湿度が高いのだ。
しばらくすると植物が現れ始める。
種類も豊かで、森は鮮やかな明るい緑色になる。
明らかに、ナタリの方とは緑の色が違った。
そして、ヌンのお嫁さん探しが再開する。
ヌンとティアは、植物を見るのに忙しかった。
初めヌンは、新しい植物を見つけるたびに「ご主人様〜」を連発していた。
ところがヨルクが返事をしないので、声をかけるのをやめてしまう。
ヨルクは、ヌンに構ってる余裕はなかったのだ。
ヨルクは、下山は登山より楽だろうと思っていたが、そうではなかった。
登る時は足場を見れるのに、降りる時は、足が先に行くので見えにくい。
土や岩が濡れていれば、滑りやすくなる。
とはいえ慎重に降りるヨルクの速度でも、夕方までにはエルナトへ着けるはずだ。
ヨルクは、急に緊張してきた。
いよいよエルナトだ。
ヨルクは、住んでいた宇宙ステーションが攻撃され、
ヌンの小型宇宙艇で逃れ、
惑星ラーウスの軌道を回った後に、地上へ降りた。
未来とは思えないほど未開なのに驚いたが、住民は、楽しそうに生活している。
ヨルクが引きこもっていた時、便利で進んだ社会に住んでいたので、さほど困ることはなかった。
もちろん世の中には、食べるのに困る子供たちがいる。
それでもヨルクは、
「恵まれていても、生きていくことが難しいのに代わりはない」と思っていた。
すると「恵まれてるって何?」と思ったりする。
ここの子供たちは、どこへ行くにも歩く。
食べ物も自分で取ってくる。
それなのに、不便だとか、恵まれてない、なんて思わない。
質の良い服を着ているし、十分な食べ物があり、住む場所は簡素でも清潔だ。
自然の中で遊び、勉強したければ本もある。
初め、ヨルクは、自然は退屈な所だと思っていた。
ヨルクのいた社会でも、自然の中で生活するのが好きな人はいたが、興味はなかった。
学校でキャンプに行ったことはあったても、設備は整っていて便利だった。
だからヨルクが自然に触れたのは、植物のヌンが最初だ。
もしそれが自然と言えるのであればだが。
ヨルクは、元の生活へ戻ろうとしてエルナトへ向かっている。
そして今日、エルナトに着く。
ヨルクは、今になって、
「自分は、本当に、元の生活に戻りたいのだろうか」と考える。
ここで友達ができたような気がするし、自然の良さも分かってきている。
とはいえ便利な生活も捨てがたい。
では「どうする」と思っても分からない。
「さて、どうする?」
と言ったユーリスに、ヨルクは、はっとする。
(自分のこと?)と思ったのだ。
だがユーリスの意味は、そうではなかった。
岩と木々が崩れ落ちて、道がふさがっていたのだ。
「俺たちだけだったら降りれるけど、ティアやニケはどうかな」
と言ったダンは、
ニケが「自分の身長が足りない(つまり小さい)から?」とヘソを曲げるのを避けるため、
ティアを付け足したのだ。
もちろん、それにはヨルクも含まれていた。
ヨルクは、自分が八歳のニケと同じレベルだと思われているのを知っていた。
以前だったらヨルクもヘソを曲げただろうが(その時点でニケと同じだが)
今は「仕方ない」と思えるようになっていた。
また、彼らが、相手を傷付けないように思い合っているのも知っていた。
特に子供たちは、自然界で助け合わなければ生きていけない。
「僕が大丈夫だから、ニケだって降りれるよ」
ヨルクがそう言うと、ニケも真面目な顔をして答える。
「平気さ」
そのニケの言い方は、以前と違っていて頼もしかった。
ユーリスはニコッと笑う。
「じゃあ、ここを降ろう」
とは言うものの、崩れた岩山を降りるのは簡単ではない。
ヨルクの膝はガクガクする。
初め緊張したニケだったけれど、ヨルクより上手に降りていた。
ニケは、得意顔でヨルクをチラ見する。
ヌンも、ヒョーンヒョーンと岩の間を飛んで行く。
ヨルクは、
「八歳の子に負けるなんて」
「植物のヌンにさえ負けてる」
と悔しく思う。
その時、足が滑って真っ逆さまに落ちようとした。
宙に浮いたヨルクの腕を、パシッと掴んだのはダンの手だった。
ヨルクは顔を上げる。
ダンは真剣な顔で口をキュッと結び、ヨルクを引き上げる。
ダンは、何も言わなかった。
「少し休もう」とユーリス。
平らな所があったのでそこに座ると、エルナトの集落が見えた。
だいぶ降りてきたのだ。
エルナトというのは、ツノのように尖った岩のことで、湖に突き出ている。
その辺りに集落はあった。
湖の全体も見える。
かなりの水量だ。
森の中を、毛細血管の様に流れる川の筋の様なものもある。
ラーウスは、水が豊富なのは一目瞭然だった。
「あの湖に球体が沈んでいるんだ」とワルトが言った。
「球体…?」
ヨルクは「球体」について聞いたことがあった。
球体は二つあり、一つは首都の宮殿の地下に置かれ、
もう一つは、宇宙の果てに運ばれていて、宇宙ステーションの先にあった。
「あっ」
その時、ヨルクは思い出した。
球体は、惑星ラーウスに向かっていたのだ。
ラーウスは、ワープを繰り返しても数十年かかるほど遠くにある惑星で、
ヨルクが宇宙ステーションにやって来た時は、まだ二十年ほどかかると言われていた。
ヨルクはそれを聞いた時、
「そんなことをやってるから科学省は下に見られるんだ」と思い、
それ以上知ろうとはしなかった。
その球体が、あの湖に沈められている。
ヨルクは、
「それって、自分に関係あるのかな」と思った。




