22. 気になる女の子
「エルナトが見えなかった?」
寒くなったので、山小屋の中に入ってきたヨルクに、
アニタは、あきれた様に言った。
そして「そうね」
と言うと、二人分の上着を掴み、再びヨルクをテラスへ連れ出す。
「もう少しすると分かるわよ」
アニタの表情は、意味ありげだった。
テラスには西日が差していた。
山々の色は変わり、日が暮れる頃には更に鮮やかさを増していく。
そんな美しい景色を見ながらアニタとテラスの椅子に座り、お茶を飲むヨルクは、
ちょっと緊張していた。
すると、トンッと音がして、ワルトがテラスの下から上がって来る。
アニタがフフンッと笑う。
「何か見つけた?」
「まあね」
ヨルクが「何のことだろう」と思っていると、
アニタが、
「ワルトは建物の構造を調べるのが好きなのよ」と言った。
「それもあるけど、土台かな」
とワルトは、両手をパンパンと払って埃を落とす。
「土台って建物の?」
「ラーウスの土地は安定してないからね。地盤が弱いんだ」
サライからエルナトへの道は、崖崩れで通れなくなった。
するとヨルクは、こんな岸壁に建つ山小屋も危ないんじゃないかと心配になる。
「ここは大丈夫なの?」
ラーウスは、移住者が持ち込んだ植物で覆われた。
若いこの惑星は、まだ地盤が弱く、変化し続けている。
「山小屋は、固い岩盤に建てられてるから平気さ。ほら」
と、湖の方を指差す。
「こことエルナトは、一枚岩で繋がってるんだ」
ヨルクは「一枚岩」と聞くのが初めてだった。
見えないほど遠い先のエルナトまで繋がる一つの大きな岩がある。
そんなことをワルトは知っている。
「学校も行ってないのに」と思ったりする。
突然ワルトが、
「ヨルクは、学校に行くのを止めたよね」と言った。
ヨルクは驚く。
今、自分が考えていたのを当てられた気がしたからだ。
「あ、ごめん。聞かれるのが嫌だった?」
とワルトはいつになく慌てる。
「ヨルクの両親は科学者だったよね。
当時は戦闘教育が主だったから嫌だったのかなって、思ったんだけど」
ヨルクは何と答えて良いのか分らなかった。
戦闘教育だなんて、言われるまで気付かなかったのだ。
ワルトはヨルクを責めていない。
また学校へ行っていたヨルクを羨ましく思っているわけでもない。
「う、うん。戦闘は嫌いだ」とおざなりに答えたヨルクに、
ワルトは、
「そうだよね。僕だって嫌だよ」と答える。
変に仲間意識を持たれ、ヨルクの複雑な気持ちはさらに沈んでいく。
ワルトも争い事が苦手だった。
「こんな同級生がいたら仲良くなれたのだろうか」とヨルクは思ったりする。
するとアニタが、
「あら、でも、ワルトのご先祖様は有名な将軍だったんでしょう」と言った。
ワルトは口を尖らす。
「違うよ。親族だったけど」
ヨルクは、ライーニア家が軍人の家系だと聞いてはいたが、有名な将軍だなんて知らない。
ヨルクの様子に、アニタが呆れる。
「セイリオス・ライーニアよ。知らないの?」
「アニタ、ヨルクがいたころは、セイリオスは生まれたばかりだったはずだよ」
「えー⁉︎ そうなの!」
ヨルクはしどろもどろする。
「あの、えっと。知らない…」
「じゃあ、じゃあ。セイリオスとお姫様の恋は?」
「アニタ…」
ワルトがため息をつくが、アニタは続ける。
「セイリオスは、憧れていたお姫様の命を助けたのよ。
でもその夜は、お姫様の結婚式の前夜だった」
「一晩だけの話だろ」
アニタは岸壁を見る。
ワルトの冷やかしは、アニタには聞こえてないようだ。
「暗殺者たちから逃れた二人が一夜を過ごしたのは、こんな岸壁だったのよ」
そしてアニタはうなだれ、両腕を交差して抱きしめる。
「二人は寒さに震え、抱き合って、朝まで助けが来るのを待つの。
お姫様もセイリオスも、私たちと同じ年頃。
しかもお姫様の結婚相手は、会ったことも無い年上のおじさん」
と言って、目をキッと開ける。
「おじさん」は許せないようだった。
「絶対に、若い男の子がいいに決まっているわ」
ヨルクは、内心苦笑いしたままで黙っていた。
以前のヨルクだったら、どうして良いのか分からずオロオロしただろう。
「怖い」と思ったかもしれない。
学校の女子生徒たちは怖かった。
今のアニタに「怖い」と思ったかもしれない。
ワルトは、どかっと椅子に座るとテーブルに肘をつき、手に顎を乗せて口を開く。
「その事件で、セイリオスは王に認められたんだ」
同じ事件なのに、アニタとワルトでは見方が違った。
「次の王となったラフリカヌスと共に、国に平和をもたらした方が重要だと思うけど」
とはいえアニタも負けていない。
「ワルト。あなたってロマンチックじゃないのね」
アニタはフワッと飛び、一回転するとヨルクの方へ円を描くように片手を差し出す。
「実らなかった恋だけど、
ライーニア家のユーリス、そして、王族の唯一の生き残りのシャウラ。
二人が百年の時を超えて恋を実らせるの」
それからアニタは、演じて終えた役者のように、優雅にお辞儀をした。
ワルトは仕方がないという風に拍手し、フンッと鼻を鳴らす。
「言わないこともロマンなんだよ」
アニタは顔を上げ、ニッと笑う。
ヨルクは、アニタが上目使いで笑った表情に、ドキッとした。
アニタとワルト。
これが勝負だとしたら、どちらが勝ったのか分からない。
そんなエンディングに、ヨルクはモヤモヤしたものを感じる。
ヨルクは自分と同じ年頃のアニタ、そしてワルトに翻弄されていた。
ヨルクは改めて、アニタは美形だと思った。
いや、この民族は、元々「美形だ」と言われていたので、アニタは普通の美人に入る。
残念なのは「美形なのに性格が悪い民族」と言われていたことだ。
それが関係しているかどうかは別として、この時のアニタには小悪魔的な魅力があった。
いつもは元気に道を案内するお喋りアニタが、別人に見えたのだ。
「ほら」
とアニタが湖の方を指差す。
「エルナトに灯りが着いたわ。エルナトが見えるでしょう」
日は落ちていた。
空はまだ明るいのに、森の緑はより深く、全ては青い世界に包まれていく。
遠くの森の木々の間からチラチラと灯りが見える。
それがエルナトだった。
「ナタリも見えるわ」
ヨルクが振り返ると、エルナトとは反対側の白い平原に工房の建物が見えた。
工房の灯りと周りに、家々の黄色く暖かい色の灯りが灯っているのが見える。
エルナトとナタリ、双方の、全く違う灯りが、夕闇に浮かぶ。
その光景は美しくて、遠いお伽の世界の様だ。
ヨルクは、灯りを見るアニタのキラキラする瞳と横顔に、ドキドキするものを感じる。
ティアの、真っ直ぐとは違うアニタの雰囲気に、妙に魅かれる。
今まで「女の子は怖い」と思っていたヨルクに、
「女の子にモテたい」と思う、
普通の男の子の感情が芽生えていた。




