06 文化祭に行こう
電車に乗って、駅についたらお母さんから頼まれたキッチンペーパーを買って、家に帰ってお風呂に入って、歯磨きをして、髪を乾かさないまま自分のベッドに入って、目を閉じたけど眠れない。
結局、気になって豆電気だけつけた部屋で、机の上のスマホを開いた。
―― まどかちゃん、今日ありがとうございました
―― 文化祭きてください 案内させて
思いのほか簡単なメッセージだった。さすがモテる人はさらっとしてるなあ。私なら長文打ってた。などと思ってから、次のメッセージを見て眼球が飛び出そうになった。
―― 202x年5月 将真くんといっしょにお酒を飲んだ。
―― 日付は2年後だ。
―― 叶うといいなあ。その頃に再会とかして。ていうか勝手に乾杯する気でいるのはアルハラになるのかな?
―― お酒好きなんですか?
あれ、私、こんなの打ったっけ?
いや血迷ってメモに未来日記なポエムを書いたかもしれない。インストに送信したつもりは無かったんだけど。なにこれ、どうしよう、恥ずかしすぎる。
しかも返信が来てる。急いで調べたけどもう見られてるからメッセージの取り消しはできないみたいだ。
消してくださいお願いしますと書くのか、お酒ってなんのことですか?としらばっくれるか。
どちらにしても文字に残してはダメな気がする。
ふとメッセージ上部にある受話器のマークが目についた。
通話? 通話ができるの? とりあえず謝り倒して恥ずかしいポエムを消してもらおう。
誤爆したテキストへの羞恥が勝って、私はためらいなく受話器のアイコンを押した。
……。
何にも音がしない。これちゃんと通話かかってるのかな?
眉を寄せてスマホに顔を近づけていると急につながった。
「まどかちゃん?」
将真くんの声だった。うっ、声だけ切り取ってもかっこいい。直接聞くより、大人びて聞こえる。
「まどかです、こんばんは」
「こんばんはー」
「いま大丈夫ですか」
「大丈夫です」
もうアレを見てるんだよなあ、言い出しにくい。
「まどかちゃんは、家?」
「はい」
「ボクもです。いま自分の部屋」
「勉強してました?」
「うん、勉強してた」
「ご、ごめんなさい本当に」
「全然」
私が居酒屋でぐだぐだしている間、この人はずっと勉強していたんだと思うといたたまれない。
深呼吸して切り出す。
「あの私へんなメッセージ送っちゃって。消してもらえたらと思うんですけど」
「うん、わかった」
ずいぶんあっさりだった。これが透だったら、スクショ撮られて永遠にいじってくるというのに。
「ビデオにしていいですか?」
「え?ビデオ」
「画面共有するから」
「あ、はい」
画面共有が何なのかわからなかったが、少し間をおいて、将真くんの顔が現れた。すごい柄シャツを着ている。トロピカルな植物のプリントで襟やボタンのところにオレンジのラインが入っている。派手だけどかっこよかった。
「服かっこいいですね」
「はは、嬉しいです」
将真くんは何かガタゴト音をさせながら、おそらく部屋の中を移動している。
「ちょっと待ってね……見えました?」
何も見えない、というと将真くんがあれこれ私に指示を出す。その通りに操作すると、画面の上半分にインストのメッセージ画面が出てきた。
「見えました」
「良かった。じゃあすぐ消しますね」
めちゃくちゃ恥ずかしい私のポエミーなメッセージが一瞬表示されて削除されていく。そのメッセージに宛てた将真くんの返信も消してくれた。
「ありがとうございました」
「いえいえ」
用件は終わったけど、これさっさと通話終了するのは失礼だろうか。でも勉強してたんだから早く切ってほしいかもしれない。
頭の中で考えているうちに、無言になってしまい、緊張感でいっぱいになる。将真くんはぼんやり画面を見ている。眠いのかな。時計を見るともう23時を過ぎている。
共有画面のほうには将真くんのメッセージだけが残って、映っている。私が見ないようにしたやつだ。拾われないままの文字がなんだか寂しそうに見えてきた。
―― まどかちゃん、今日ありがとうございました
―― 文化祭きてください 案内させて
私は画面を切り替えてメッセージを追加した。
―― ありがとう 午前中だったら
入力した途端、「やった!」と声がした。将真くんは共有画面を落とした。ビデオが全画面表示になる。
顔を綻ばせて笑っている将真くんがいた。
「附属高いったことありますか」
「ないです。場所もどこにあるのかあやしくて」
「あはははは!」
私が行くと言ったら、なんだか急に元気になっている。そんなに自分が良いものだとは思えなくて戸惑った。
「迎えに行きましょうか」
「調べたらわかると思うので大丈夫です」
「ごめん、間違えた。迎えに行きたいです」
「えーっと」
「迎えに行かせて。駅からでもいいから」
駅からでもって、どこまで迎えにくるつもりだったんだろうか。何かよくわからないけど、こだわりがあるみたいだったので、
「じゃあ駅で」
と了承すると、将真くんはにっこりして頷いた。私はちょっと気になっていたことを尋ねる。
「文化祭ってみんなどんな服着ていくんですか。授業参観みたいな?」
「なんで保護者目線なんですか」
そう言ってまた笑って、何かを思い出すようなそぶりをした。
「とくに今年は初夏開催になったから、気軽な服装でお越しください、って言うように、って先生が言ってました」
「Tシャツとかでもいいんですか」
「はい。Tシャツとかでも。今みたいな」
「えっこれ見えてます!?」
「あ、はい。でも暗くてそんなはっきりとは」
私は自分の体を見た。ふつうに黒のTシャツだった。良かった。これならまだセーフだ。画面共有があったから、自分は見えていないのだと錯覚していた。そういえばLIMEの小窓みたいなのも出てこなかったんだけど。あとでちゃんと設定を調べよう。
「ビデオ落としますね」
「お、お気遣いありがとうございます」
ああ、今のタイミングで切れば良かったかな。勉強の邪魔をしていないか心配になる。通話が続いてしまったので、私はもうひとつ聞きたいことを聞いてみた。まずは遠回しに。
「将真くんは文化祭の日、制服ですか」
「いえ、私服です。というか、いつもほとんど私服です」
「私服って今みたいな柄シャツとか」
私は冗談のつもりで言った。
「はい。こういうの多いかも。気分上げたいときには」
「えっそれで学校に? 将真くんって不良なんですか」
「あはははは! ただのファッションです」
「そ、そうですか……」
ちょっとした世間話のつもりが驚かされてしまった。私は聞きたかったことに話を戻す。
「……今日はなんで制服だったんですか?」
「あー最近卒アルの撮影入ってて。カメラマンさんが誰も制服着て来てくれないって泣きついてきたから、マルと着て行ってあげました。あ、マルは焼きそばの友だちです」
「へ、へぇ」
「まどかちゃんは制服のほうが好きですか?」
「そうですねぇ……」
私は制服の将真くんと、柄シャツの将真くんを頭の中で戦わせた。
「どっちも好きかも?」
「……制服も持って行こうかな」
時計を見ると24時近くなっていたので、私は「そろそろ」と切り出す。
「じゃあ、その日迎えに行きますね。何時になってもいいので。出番も午前中にしてもらうんで」
「出番? なんの?」
「お楽しみです」
おやすみの挨拶をして、私は通話ボタンをもう一度押した。通話が切れていることを念入りに確認する。
結局、恥ずかしいメッセージの内容には何も触れられなかった。将真くんは見た目もかっこいいけど、そういうところもすごくいいと思った。
耳元にまだ将真くんの声が残っている。夢に出てきたらいいなと思いながら私は眠りについた。




