05 打ち上げは居酒屋のウーロン茶で
「あれは絶対にエロい目だった、俺にはわかるんだ」
「キモい、透マジでキモい」
まだ学祭は明日も続くのに、じゃがバター屋さんはすでに内輪で打ち上げをしていた。座卓の居酒屋で、私は透の向かいの席にいる。
「髪がばさーっと顔にかかったから、取ってくれようとしたんじゃない」
「円ちゃん、本気でそう思ってるの?」
思ってない。あの時はなんだかくらっとして吸い込まれそうだった。しかし、それを透に説明する義理はない。
私と透はなぜか龍と虎のように睨み合う。悪くなった卓の雰囲気を、陽気な声が救済した。
「やっほ〜」
中途半端な時間にやってきたのは寧々ちゃんだった。別の飲み会の後、ハシゴしてきたらしい。
靴を脱いで小上がりにやってくる。寧々ちゃんが私の隣の座布団に座ると、間髪入れずに居酒屋のお兄さんが注文を取りに来た。寧々ちゃんは生ビールを頼んだ。そして注文を取るついでにお兄さんから口説かれている。それをにこやかにあしらったあと、何やらスマホをチェックし出した。
「さすが美女は違いますねぇ」
と私がおじさんみたいに冷やかすと、透は面白くなさそうに言った。
「あんなの、もっとはっきり断ればいいのに」
寧々ちゃんはスマホから目を離して透を見る。
「それは男の発想だよ。それにさ、飲食でクレームするのこわくない? 文句言うなら全部飲み食いした後だね」
「最後ウケる」
中ジョッキが届いたので寧々ちゃんは私と乾杯しようとして、手を止めた。
「あれ、円ちゃん、お酒飲んでないの」
「あー……飲む気になれなくて」
「どしたどした〜 話聞こうか〜」
「俺がもう聞いてるよ、グダってる理由、どうせ今日の附高のガキだろ」
寧々ちゃんは透の言葉にどこか嬉しそうな顔をする。
「へぇあの子、附属高なんだ」
「制服着てたじゃん」
「あー、そうだっけ。気にして無かった。だって附属の子、だいたいみんな私服じゃない?」
「ふだん私服なのにわざわざ制服着てくるあたり、わかり易くナンパ目的なんだよ」
「ナンパって大学生を? てことは年上好き?」
「違う違う大学祭にくる女子高生に声かけるの」
「附属高も学祭あるのに?」
「高校の文化祭はナンパ禁止なんだよ。だから大学祭から引っ張るわけ」
「あ〜なるほどね〜。ていうか透、くわしいね」
「俺も附高だからだよ……」
「そうなんだ!あんた頭良かったんだ、やるじゃ〜ん」
寧々ちゃんは透に向かってジョッキを差し出し乾杯する。
私は二人の会話を聞きながら、ふと疑問に思ったことを言う。
「あれ? 附属なのに透は浪人してるの?」
「別に推薦とかないからな」
「えっそうなの? 何のための附属なの!?」
「え? 学校が研究するため……?」
透も首を傾げてる。
「附属高はかしこい学校だから推薦で行くって発想がないんだよ。たぶん大学入るより中高入るほうが難しいんじゃない?女子だから知らんけど」
「附属高って男子校なの?」
「そうそう」
附属高は男子校らしい。
親の転勤による引っ越しで、私は高校入学のタイミングでこっちに来た。元の地域は首都圏ほど受験が盛んではなかったし、自分が受ける家から近い学校以外はとくに調べもしなかったので、ずっと知らないまま生きてきた。
「円ちゃんの、そういうの全然興味ないとこ、いいよな」
「透だって附属高出身なこと全然言わなかったじゃん。言ったらモテたのに」
「浪人してるの意外と肩身が狭いんだよ。最初は高校の同期に会いづらかったし。でも卒業したら、就職した会社でバリバリに言う」
「何その決意」
寧々ちゃんと喋っていた透が私に目線を移す。
「なあ、今日のあれ何年つってた?」
「……3年生」
「受験生だな、円ちゃんの色香で人生、棒に振らせるなよ」
透が「円ちゃんに色香があるとは思わないけど〜」と続けたのはもう半分聞こえてなかった。
附属生って連絡進学でぷらぷらしてるのかと思ったけど、勉強しなきゃいけないんだ。今の話を聞いて余計に将真くんに連絡する気が失せた。
『高校の文化祭はナンパ禁止なんだよ。だから大学祭から引っ張るわけ』
『文化祭、招待していいですか? 招待した人だけ入れる日があって』
透と将真くんの言葉を反芻する。
私は引っ張られたのかなあ? 後から友だち紹介してとか言われるのかな。
将真くんは私といるとき、ちょいちょいインストのアカウントを聞かれてた。焼きそばに並んでいたときもだし、謎の仮装を見ていたときにも実はあった。でも全部断っていた。ナンパ目的だったらうまいことそっちとも繋がるような気がするんだけど。
そうだ、寧々ちゃんとはすんなり連絡先を交換していた。本命は寧々ちゃんなのだろうか。将を射んと欲すれば、先ず馬から射よ。私は寧々ちゃんの馬なのかもしれない。
ちらとアプリを見ると、インストに何か連絡が来ているのがわかった。私が繋がってるのは将真くんと寧々ちゃんだけだ。寧々ちゃんなら「インスト見てくれた?」って今、直接言うだろう。
私はスマホのホーム画面をぐぐっとスクロールしていくつかページ送りした先にインストのアプリを移動させた。
消す勇気もなく、連絡する勇気もなく、とりあえず目につかないところへ隠し込む。
それでいて私は居酒屋でウーロン茶なんか飲んでいる。私は1年生の設定だから、お酒を飲んでいたら「設定」が崩れるのだ。万が一お酒を飲んだ帰りに将真くんにばったり会ってしまったら。
バレてもバレなくても嫌われる。
あれ私、設定上あと1年も禁酒するんだろうか……。でも2年経ったら将真くんも飲めるなあ。
私はひとり、未来日記を考える。
―― 202x年5月 将真くんといっしょにお酒を飲んだ。
日付は2年後だ。
叶うといいなあ。その頃に再会とかして。ていうか勝手に乾杯する気でいるのはアルハラになるのかな?
今日はほとんど立ちっぱなしだったし私はちょっと疲れて眠くなっていた。寝ぼけながら、将真くんと酒を酌み交わす夢を想像する。
―― お酒好きなんですか?
そのメッセージに気づいたのはずいぶん時間が経ってからだった。




