03 青海苔クライシス
私は何で焼きそばなんか食べたいと言ったのだろう。
きっと浮かれていたのだ。浮かれて正常に思考が回っていなかった。いつもならすぐその問題に気がつくというのに。
焼きそばって、とっても美味しい食べ物だ。
その美味しさを左右するのが青海苔だ。青海苔なしの焼きそばなんて邪道である。恋から遠ざかっていた自分は「青海苔なしでお願いします」という女の子をうすら寒い気持ちで見ていた。しかし、今ならわかる。風味を損なうことが予想されても、時には涙を飲んで「青海苔なしでお願いします」という局面がある。
でも、ここは大学の学祭、素人集団である。
私はすっかりお願いするのが頭から抜けていた。ただ、思い返せば後ろに並んでいた人が「青海苔なしで」と言ったら登山部に「できません」と即答されていた。ポリシーなのか、お客を捌くキャパなのか。言ったところでどのみち断られていただろう。
だからなんの思慮もなく、男の子の前で「焼きそば食べたい」
と口にした時点で詰んでいたのだ。
美味しく食べ終わったあと、すぐに青海苔に思い至った。青海苔ついてたらと思うと、しゃべれない。口の中を確認したい……チェックしたい今すぐに……そう思っていると、
「ボク、捨ててきます。飲み物も買ってくるんで、ちょっと遠くまで」
私の膝の上の、空になった焼きそばのパックをひょいと取り上げると、彼は人混みの中に紛れていった。
なんというスマート! 気の利く男子!
しかし私は手鏡なんて女子アイテムを持っていない。これはずいぶんダサい行為だと思いながら、スマホをインカメラに切り替えた。軽く口を開けて、恐る恐る覗き見る。
良かった! 歯に青海苔ついて無かった!
でも唇に何かついてるかも?という気がして、口をぽかんと開けたまま、チョンと何かついている下唇をぷにぷに擦ってると声をかけられた。
「なに自撮りしてんの」
後輩の透だった。後輩といっても1年浪人していて同い年のせいか遠慮がない。
「なんかさっきからキメ顔がエロいんだけど」
「そういうキモいこと言うのやめてくれませんか!?」
「あれ?口になんかついてね?」
口の悪さとはウラハラに、透はビニルで小分けになったお手ふきをひとつくれた。
「これバイオマスお手ふきだから。エコだから」
「ありがとう」
ウェットなお手ふきで口の周りをふくと、青海苔がひとつ取れた。透はキモいけど、今はただ感謝だ。
「自撮りするくらいなら撮ってやろうか」
私のスマホに向かって手を差し出す。
自撮りしてたわけじゃなくて鏡として使っていたのだけど、そうすると青海苔や焼きそばをいっしょに食べた男の子の話に飛躍するかもしれず、説明するのがめんどくさくてスマホを渡した。
さっさと撮ればいいのに、透は地面に片膝をついて「もうちょっと右に寄って、そうそう」などと指示を出してくる。プロのキャメラマンでもあるまいし。
だが、撮ってもらった写真を見るとふつうに上手かった。背景に鮮やかな青空があって、構図のせいかメイド服の女の子は実物より可愛かった。
「それ俺にも頂戴」
「え、やだよ」
「生産者なのに」
「生産者はうちの親ですが」
「じゃあ、一緒に撮ってくれよ」
そう言って透は私の隣に座って、スマホを天に掲げる。
「変な顔で写ってたら絶対消してよ」
「わかった」
「削除フォルダからもさらに削除してよ?」
「わかったって」
撮れた写真は「わかったって」と言っている途中だったぽくて、透の顔が変だった。私の顔はふつうだった。
「あははははは!これならいいけど」
「ま、いっか。この写真送ろうか」
「いい、いらない」
「何だよ欲しがれよ」
透は几帳面にスマホ写真をフォルダ分けしているらしくて、画面で何か作業している。意外と写真好きなんだなと思った。
「さて、最初にいうことだけど、何サボってるの」
「寧々ちゃんが代わってくれたから」
「いいんだけど、急にいなくなるなよ、連絡入れろよ。交代の時間で呼びに行ったら、いなくてびっくりしたじゃん」
「ごもっともです。すみません」
「そのまま休憩でもいいんだけど、昼まだならいっしょに行く?」
「ううん、もう食べたし、いま友だちといっしょだから」
「友だち?誰?」
「透の知らない人だよ」
「なんて子?」
私の「友だち」を女の子だと思って、出会おうとしているのだろうか。それよりも、あれ、名前知らないな?と今ごろ気づいた。彼の友だちは、マサとか、マサマサとか呼んでいたかも。
「マサくんっていう人」
「男かよ!」
「残念でした」
透が本当に残念そうに眉を下げていて面白い。私がケラケラ笑っていると視線を感じた。少し離れたところに、当の「マサくん」がいた。目が合うと、私たちに軽く会釈してくる。
「附高かよ……」
「わかるんだ」
「えっ制服みてわかんない?」
「さっき知った」
「円ちゃんそういうの、興味ないのな」
意外にも透が、年の差をいじってこなかった。しかし、透のことだから、ぽろっと私の年だっていうかもしれない。どうせ魔法は解けるのだけれど、言うなら自分で言いたいし、透が余計なことを言って、変なふうに嫌われるのは嫌だった。いやふつうに言っても嫌われるかもだけど。
私は自然なふうを装って透から離れる。
「じゃあ、私いくね。休憩何時までだっけ」
「最後のタイムセールまで混まないから15時までに戻ればいいよ」
「わかった」
「遊ばれんなよ〜」
「なにそれ」
私は鼻に力を入れて透に変顔をする。それから膝にかけていたセルリアンのパーカーを軽くたたみ腕にかけると「マサくん」の元へ戻った。




