02 東に行けばじゃがバター、西に行けば本格焼きそば
「じゃがバターってどこでやってるんですか」
「あっちの方です」
「じゃあ、反対側いこ。サボってるの見られたら良くないですよね?」
私が指差した方向と真逆に、色素薄めの彼はどんどん進んでいく。じゃがバターは東にあるので、食べ物の露店が続くエリアを西に歩いた。
「なにか食べたいのあります?」
「焼きそば?」
「はは、さっきのもらってくれば良かった」
「あっそうでした」
「美味しいって聞いたので。この近くの、待ち長めの焼きそば並んでもいいですか」
「はい」
「良かった。そしたら話す時間増えるから」
そう言ってあどけなく笑う姿にきゅんとなる。
「あっでも私、お金置いてきちゃって」
「ボク持ってます」
でもなあ高校生だと親からもらうお小遣いだよなあ、親御さんに奢ってもらっているような気持ちで落ち着かないなあ、などと考えていると見透かされたように補足された。
「バイトしてるんで大丈夫ですよ?」
「附属高ってバイトして良いんでしたっけ」
「はい。家業とか芸能活動とかはOKです。レジとか接客とかはダメですけど。あとなんでか新聞配達はOKだったかな?」
「へー」
で、君は何をやってるの?と聞きたかったけど聞けなかった。例に挙げるくらいだから芸能とか家業なのだろうか。
登山部だったかがやっている本格焼きそばの屋台に辿り着くと、その長い列の最後尾に並んだ。前の人が最後尾プラカードを私に渡してくると、「ボク持ちます」と言って彼がすっとプラカードを受け取った。
「最後尾の札もセルフだなんて人気なんですね〜」
「客も仕事するの、面白いですよね」
しばらくすると次のお客さんが来たので、彼は後ろの人に最後尾プラカードを渡したが、振り返ったその美顔を見た女の子二人に「あの、インストやってますか?」と聞かれていた。
なんともおモテになることで。私はさっきプラカードを渡してきた男性から何も言われなかったな?
なんと返すんだろうと観察していると、彼は私と繋いでいる手を肩くらいの高さまで持ち上げて「ごめんね」とだけ言った。
「ああっ、すみませんでした!!」
女の子たちは頭を下げる。そのあと気まずくなったのか、次に来たお客さんにプラカードを渡すと列を離れてしまった。
私は彼のツレに見えなかったんだろうな、と思うとちょっと悲しい。世間のありのままの評価に打ちひしがれていると、彼は私に同じことを聞いてきた。
「インストやってますか」
「やってないです」
はい、会話終了。インストみたいな陽なものを私がやっている訳がない。
そういえば、さっきからみんな交換するのがインストだ。今どきの高校生はLIMEはやってないのかな?
「LIMEならやってます」
「え?」
「LIMEやってないですか」
「あークラスLIMEくらいであんまり使わないですね」
「やっぱり。今どきはLIMEよりインストと」
「人によると思います。ボクや周りはあんまりってだけで」
なるほど、言い換えればキラキラ層はインストということですね。
私がひとりで納得して頷いていると、
「もしかしてインスト本当にやってないんですか」
「え? はい、アカウント持ってません」
「なんだ」
彼は笑ってスマホを取り出す。
「今から登録するの、アリですか」
「何も投稿するものが無いですけど……」
「連絡に使うだけなので投稿無くても大丈夫ですよ」
「そういうものです!?」
「そういうものです」
やり方を教えてもらって初ログインする。誰とも繋がってないアカウントが出来上がった。「鍵かけてね」と言われて、アカウントを施錠する。
彼は自分と、さっきフォローし合った寧々ちゃんのアカウントを教えてくれた。彼をフォローして、それから寧々ちゃんもフォローする。
「最初に繋がったアカウント、ボクですね」
嬉しそうに言われて、こんなことで!? 喜びの沸点が低くて幸せそうな人生だなと思った。高校生ってこんな感じだったっけ、と私もなんだか嬉しくなる。
列のほうもようやく順番がきて出来立ての焼きそばを受け取ると、私たちは空いているベンチまで移動した。
「その服、かわいいですけど。隠していいですか」
「お見苦しいものを見せてほんとすいません」
「違うんです、さっき並んでた時に前の人が見てたんで」
そうだっけ?と思い返していると、彼はたっぷりとしたフードのあるパーカーを脱いで、私の膝にかけてくれた。セルリアンブルーの上に焼きそばパックがあるのはなかなかシュールだ。
焼きそば、服の上に落としたらどうしよう。食べこぼしの緊張感が発生したが、おかげで様でメイド仕様のスカートと足が隠れた。
ふと彼を見ると、パーカーの下は白シャツだった。
「それ制服ですか」
「はい、そうなんです」
だから、友だちと同じズボンを履いてたんだ。今さらながら合点した。
「今日は学校だったんです?」
「はいちょっと部活で」
「部活、何やってるんですか」
「ああ、正確には部活じゃないんですけど。ピアノ同好会です」
「ピアノ同好会」
見るからに一軍男子で、バスケ部とかサッカー部を想定していた私は予想外で面食らった。色白だからサッカーはないか、でも引退したとかならあり得るか。
「さっきいっしょにいたお友だちも?」
「友だちは料理部です」
「料理部」
また私が思ってたのと違う部活が出てきた。
「友だち、料理上手なんです。それで大学の学祭でいちばんうまいのは、ここの焼きそばだっていうから、寄りました」
「へえ、たしかに美味しそうですよね」
私は膝の上の出来立てアツアツ焼きそばを見る。
「自分ばっかりしゃべってすみません。食べましょうか」
ごちそうしてもらったお礼を言って、私は割り箸を割る。長い間並んでゲットした戦利品の見た目は、いたって普通のソース焼きそばだ。豚肉とキャベツと鰹節と紅生姜と青海苔が乗っている。麺をひと口、頬張った。
「おいしい!」
「ほんとだ、他と何が違うんだろ」
彼の、その料理部だという友だちが、登山部のスタッフにコツは何なのか聞いたそうだけれど「来年、登山部に入ったら教えてあげるよ〜」と言われて、早くも入部を心に決めたらしかった。
私は本格焼きそばをスマホのカメラで撮った。ふだん食べ物を撮ったりする習慣は皆無なのに。
あれ、なんだかこれをアップしたい衝動に駆られる。
「投稿することないって言いましたけど、投稿したいのできました」
「ボクも」
彼は少し身を乗り出して、私の膝に載ったほうの焼きそばを撮った。鮮やかな空色の上に焼きそばパックが真ん中に映っている。
「焼きそばの背景がこの色って面白いですよね」
同意だった。インストの画面には、自分の撮った写真にそっくりな、彼の焼きそば写真がポップした。




