01 一目惚れした人は年下男子でした
タイプだった。
背も高くて、かっこ良かった。全体的に色素が薄くて色白で、目がくりくりしているところがすごく良かった。あれをベビーフェイスというのだろうか。
通りすがりにうっかり見惚れて目で追ってしまったら、向こうも私の視線に気がついて目が合った。ふつうはこういうの、目をそらされるじゃない。それが、柔らかく微笑まれた。あんなに素敵であんな堂々として、もしかして芸能人とか? 最近のタレント全然わかんないけども。
都心のキャンパスにもかかわらず構内に溢れる新緑を背景に、王子様のような男の子がこちらを見ている。快晴の空に負けないくらいの、派手なセルリアンブルーのフーディを着ていた。学祭用のサークルパーカーかなあ。
「え、なになに、円ちゃん、ああいうのがタイプ?」
友だちの寧々ちゃんは、私の肩にだらりと腕を回す。見つめていたのを悟られて動揺する私に構うことなく、彼女は私の手にあった『じゃがバター400円』と書かれた段ボール板をひょいと取り上げた。
「よし、行こう。大学の学祭なんてさ、一期一会じゃん。気になったんなら取り敢えず連絡先交換しとこうや」
私の手をひいて寧々ちゃんは突撃体制をとる。
「いや、そこまででは」
「まかせてまかせて」
「連絡先て、個人情報はちょっと」
「個人情報なんて渡さないよ? まずは繋がっとくだけ」
「いやいやいや、もうそんな歳じゃないし」
寧々ちゃんは留年していわゆる大学5年生、私は大学院の1年だ。もともと仲は良かったが、同期の半分は卒業してしまい寧々ちゃんも寂しいのか、前よりよく声をかけてくるようになった。
春先の学祭で、出店チームで揃えた衣装の上にハッピを着て、私は屋台の呼び込み係に就任していた。
どうしても昼どきの人数が足りないと後輩に頼まれてじゃがバター屋さんを手伝っているけど、こういうのは得てして学部生がやるものだ。どうにも場違いな気持ちになっていたところへ「何やってるの、そんな格好で」と寧々ちゃんがやってきて、そばに立ってくれた。こういうのは1人じゃないってだけで心強い。
「せっかくいいアイテム持ってるんだからさ、円ちゃんはふつうに芋を宣伝すればいいの」
寧々ちゃんは私の背中をぱんぱんと軽く押す。
「おにーさん、じゃがバターいかがですかー?」
遠くから大きめの声でロックオンしながら、私には小声で「ほら」と寧々ちゃんがけしかける。彼の近くまでくると、私はなんとか声を振り絞った。
「トッピングいろいろあります……」
色素薄めの彼は笑った。
「残念、売り込みだった」
それを聞いて寧々ちゃんの目がギラリと光る。
「おにーさん何年生?」
「……3年生」
「2歳差ですかあ、いいじゃん」
いいじゃんって、明らかに年下じゃない。まあ学祭は、運営も外部の客もほぼ学部生だから、必然そうなるんだけど。
「浪人とか留学してたら同い年かもしれないじゃん」
寧々ちゃんが私の耳元でぼそっと呟く。
「おねえさんは何年生?」
彼が私に向かって聞いてきた。言い淀んでいる私を見て寧々ちゃんが代わりに答える。
「1年生です♡」
ちょっとちょっとちょっと、寧々ちゃん!? 私は【修士課程】1年だ。それを1年生だなんて、年齢詐称にもほどがある。私は目ん玉をひん剥くようにして信じられない気持ちで寧々ちゃんを凝視する。
「入りから潰すことないよ、繋がれたら、後でいえばいいから。嘘は言ってないし」
寧々ちゃんは私に耳打ちし、それから彼に向かってにこにこと話しかける。
「もうお昼たべちゃいました?」
「まだだけど……」
寧々ちゃんのぐいぐいぶりに不安しかない気持ちでいたら、後ろから元気な声がした。
「マサマサ、おねーさんにナンパされてんの笑」
焼きそばを2パック持った男の子が、こっちに向かってやってくる。この男の子もセルリアンのフーディだった。ズボンの柄も似ている。サークルの揃いの衣装なのだろうか。
「友だちが焼きそば買いに行ってました」
「そっかー、じゃあ食べ終わったら、じゃがバターもきてください! ね、せっかくだから。インスト聞いてもいいですか?」
「はい」
色素薄系の彼はスマホを取り出す。
何がせっかくなのだか全くわからないがOKが出た。二人はアカウントを教え合う。あとで寧々ちゃんから聞いたのだけど、女子からならば雑に聞いてもだいたいOKらしい。いやそれは寧々ちゃんだからじゃないかと私は思う。寧々ちゃんは性格はズボラだがめちゃくちゃ美人なのだ。
二人がインストの画面を出し合っていると、横から焼きそばの彼が茶々を入れる。
「いいなーいいなー! おねーさんおれは?」
「俺が交換してるからいいだろ」
「なんでブロック? マサマサ、なんかあやしーなー」
「ちょっと黙ってて」
「年上の前だからってかっこつけちゃって」
「年上?」
マサマサと呼ばれた彼は目を左上にそらして無表情になる。
「俺たち、附属高の3年生! 来年からよろしくね♡」
「あーー……」
流れる変な空気に、焼きそばの彼はキメ顔ピースしたまま固まっている。
「高校生は対象外ですか?」
色素薄い彼が私のほうを見る。コウコウセイ……遠い昔すぎて頭が追いつかない。寧々ちゃんがすかさず事務確認をとる。
「たんじょう日いつ?」
「5月1日」
「よし、休憩行ってきなさい〜」
「えっ」
「とりあえずちょっとしゃべってみたら?」
寧々ちゃんが私のハッピを脱がす。膝丈のメイド服が顕になる。売り子の衣装が気恥ずかしくてハッピで隠していたのに、
「あ、かわいい」
とぼそりと言われた。
恥ずかしさと同時に、これを着てて良かったなと思ってしまった。いつもは毎日同じようなTシャツとジーンズだったから。スカートは一着も持っていない。
「ちょっとだけいっしょに回ってくれませんか」
私は反射的に頷いた。
もう会うこともないだろう。今日の日を良い思い出にしよう。今日だけ。本当に今日だけ。
ふだん私は研究室に入り浸りだし、本当の歳を知ったらきっとものすごく引かれるだろう。その歳でメイド服かよってドン引きされるに決まってる。
私が頷くとすぐ、彼は流れるように私の手を繋いだ。さすが都会の附属っ子、今どきの高校生はすごいなと思った。私が高校生でいたときなんか、遠くから見て片想いしてるだけだった。
「マサ〜焼きそばどうするの〜」
「君は大食いの刑だね」
「えっ。ていうかおねーさん、俺にはたんじょーび聞かないんですか〜」
「いつなの?」
「3月30日」
「来年の学祭で会おうね」
「なんそれひどい」
彼は友だちの呼びかけには答えず、「いこ」と言って私の手を軽く引いて反対方向に進む。
学祭マジックというのだろうか。
魔法はすぐに解けるだろうけど、すでに浮かれていた。男の人と手を繋ぐなんて、本当に久しぶりだ。私は夢心地で、いつものキャンパスの中庭を新鮮な気持ちで通り抜けたのだった。




