14 夏だからプールに行きたい
◇
「夏だからプールに行きたいです」
「無理無理無理無理」
将真くんは模試結果の紙の両端上を持って、私の目の前に付き出してくる。いや点数がいいのは分かったから。私は模試の紙から顔を背ける。
酷暑の土曜日、寧々ちゃんと透と大学の近くのファミレスで延々とドリンクバーから水分補給をしていたら、将真くんが柄シャツで合流してきた。一刻も早く模試の結果を見せたくて、と連絡がきたのだ。
「場所はボクが決めていいって言いましたよね?」
「言ったけど」
「プールがダメなら海は?」
「海も無理。プールと変わらないです」
「夏休みと言ったら、海かプールじゃないですか」
「そんなに水が好きなら水族館とか」
「水族館だと人間は泳げないじゃないですか」
「泳ぎたいの?」
「泳ぎたい」
そう言って私の両手を包んで祈るようなポーズをしてくる。
「とにかくダメ」
そう言って私が手を引き抜くと、将真くんは透に八つ当たりし出した。
「久米先輩ってなんでいつもまどかちゃんといるんですか?」
「友だちがいないから」
「あー……すみません」
「そこは否定しろよ! 先輩人気者じゃないですか〜とか言って否定しろよ!」
将真くんはつーんと知らんぷりで横を向く。
「だんだんこいつ、遠慮なくなってきたな」
「私にもだよ」
寧々ちゃんと透がヒソヒソ言っている。
「海やプールの何が嫌なんですか」
将真くんがまるでわからないという顔で見てくる。
「だってそういうとこは水着になるじゃ無いですか。ふ、二人きりで海とかプールとかありえません」
将真くんはちらと寧々ちゃんのほうを尖った目で見る。寧々ちゃんも将真くんを見る。寧々ちゃんと将真くんがアイコンタクトしているのを見て、心の中がざわついた。
「じゃ、じゃあさ円ちゃん、海かプールの場合はみんなで行くのはどう? みんなで海かプール、二人で水族館の二択で選んでもらいなよ。その二択なら円ちゃんもどっちでもいいよね?」
そんなの当然将真くんは二人で水族館を選ぶよね、と自惚れてその条件でいいと答えた。そして改めて将真くんに尋ねたら、
「みんなでもいいから海かプールがいいです」
と返された。嘘でしょう。
「お前やらしいなー」
「先輩には関係ないじゃないですか。先輩ついてくる気ですか」
「俺、車出せるけど」
「まあ現地で撒けばいいかな」
「お前……」
結局この4人で行くことになった。私はすでに億劫だった。
「で、どこに行く?」
混んでるし、そんな遠いとこまで行けないけど、と透がスマホを開く。将真くんが真っ先に提案する。
「海! 海にしましょう!」
「あーじゃあ私、荷物番してるからみんなで楽しんで。本読んで待ってる」
「えー」
将真くんではなく、寧々ちゃんが「えー」と言った。
「海を前にしてずっと本読んでる人いるよね。ここまで来て、それ楽しいの?って思ってたけど、ここにいた」
「そういうのが良いんだよ、むしろ贅沢な感じで」
「ふーん、じゃあボクも本読もうかな」
「「えっ」」
「大黒さんと久米先輩は二人で海入ってください」
「将真くん、泳ぎたいんじゃなかったの」
「まどかちゃん泳がないんでしょ」
さも当然というように将真くんが見てくる。
「あー……じゃあ足先くらいつけようかな」
「やった!」
足湯ならぬ、足波で喜ばれてしまった。
「それだったら水着じゃなくても行けるし、海でオッケーですか」
「あ、はい」
将真くんのご褒美のはずが、そんな波打ち際でちょろちょろする程度になってしまって申し訳ない。
そんなのでも将真くんはすごく嬉しそうだった。
その顔を見てるうちに、膝下くらいまでは入ろうかなあとちょっと思って、私はスマホを開きオンラインサイトで水着を検索し始めた。
「お、円ちゃん水着買うの?」
「うん、持ってないから」
「スクール用も?」
透がまたキモいことを言ってくるが淡々と答える。
「プールない学校選んだから」
「徹底してるね……」
将真くんがスマホの中で選ぼうとしている私に聞いてくる。
「こういうとき大黒さんと水着見に行ったりしないんですか」
「無理無理、水着売り場の存在自体が無理だから」
友だちと水着選びなんて、ギャルか少女漫画の世界である。私は画面をスクロールする。
「円ちゃん試着しないで買うの? サイズ合わなかったらどうするの?」
「サイズ合わなかったらもう1回買う。最初からぴったり合うと思ってない。1着目は前後賞狙うくらいの感じで、気負わないで選ぼうと思う」
「試着回避への執念を感じるね」
私は露出が極力少ない水着を選んだ。それを寧々ちゃんが覗き込む。
「円ちゃんなんかライフガードみたい」
「間違われるかな?」
「海じゃなくて市民プールバイトに居そう」
一見ふつうの夏の服のようで、ラッシュガードもレギンスもついていて、登山にでも行くようなデザインだった。色気無さすぎと思われてるだろうか。
私はなんとなく将真くんを見た。将真くんは私を見返す。
「いいと思う。久米先輩もいるし」
その答えに、私は不覚にも心臓を撃ち抜かれてしまった。私はずっと存在しない何かから何かをガードするのに一生懸命で、本質的に間違っていたのではないかとすら思った。
私の指が逆スクロールをする。
「こういうタイプで、もうちょっとだけ可愛いのにしようかな……これとか」
「うん似合いそう」
将真くんが私のスマホを覗いて頷いた。
それでさっきは飛ばした、登山服よりもうひと声可愛い感じの水着を私がカートに入れると、「お前ってすげーな?」と透が感心して言った。




