12 ご褒美ください
メイド服姿の将真くんがステージに登場すると、それだけで拍手と応援コールが上がった。
「あ、髪型変わってる」
「かわいい」
「美少女じゃん」
そういって制服の女の子たちがきゃあきゃあ盛り上がってる。
「さっき彼女が髪やってたぽい」
「あーやっぱいるんか」
「まあアレはいるだろ」
急に言葉遣いが荒くなっていく女の子たちに恐怖を覚えつつ、少し立つ場所を変える。
将真くんはグランドピアノの前に座って椅子の位置を調整する。ちらと教室後方をキョロキョロして、私を見つけると手を振った。
私も目立たないように胸の前で小さく手を振り返す。
将真くんは紙の楽譜とタブレットの両方を譜面台に置いた。指先に息を吐いて両手を合わせて、それから白鍵に指を乗せる。
始まったと思ったらダイナミックなピアノの音が途切れなく続く。バンドの曲をやると思ったらショパンの滝だった。それが少しずつ音階を変え、いつの間にかバンドスコアのアルペジオに繋がっていく。最初に紹介された曲名と違うからみんなポカンとしていたが、歌のイントロが始まって、教室内がわっとなった。
将真くんは音数多いアレンジをしていたけど声が聞こえないと思ったのかふつうの伴奏に戻って、歌い出す。
「うたうまじゃん」
近くの人が呟いた。少し掠れたいい声だった。
将真くんは予告通り2番は飛ばし、なんで!?と突っ込まれつつ、さらに転調後も歌詞をうろ覚えなのか、お客さんに右手でどうぞのポーズをすると、みんな笑いながら歌い始めた。そこから歌は任せて、将真くんはずっとピアノに集中する。
私は歌詞を知らなかったから、ノリの悪い客に見えたかもしれないけど、もう吸い込まれそうで、心臓はずっと飛び跳ねていた。
弾き終わると、妙に力強い一体感で、教室内は拍手の渦だった。将真くんはまた伝統的な淑女の礼をして笑いを誘い、それから奥に引っ込んだ。
退場すると、すでにクラスTに着替えた将真くんがいた。
「ショーマもう着替えちゃったの」
「暑すぎて無理だった」
「あ、ショーマ良かったよー」
友だちが将真くんに軽く突撃している。じゃれあってる将真くんは私を見つけると、友だちに片手を上げて「ごめん」と軽く頭を下げ、こっちに駆け寄ってきた。
「どうだった?」
「すごく良かった!」
ぱあっと顔を明るくした将真くんは「それもう1回言って?」とねだったが、
「ショーマなんかそれやらしーぞ」
と揶揄いながら友だち数人が通り過ぎて行った。
将真くんは鬼の形相で睨んでいる。気まずくなって私は俯く。
「まどかちゃん、まだ時間ありますか? ちょっとだけマルのところ寄りませんか」
午前中と言ったのはあまり長居しないための方便だ。私は今日とくに用事はない。前言撤回してずっと一緒にいるという手もあるにはあった。なんのしがらみもなければ私はもちろん、ずっといたかった。
「あと30分くらいなら」
「わかりました」
結局ちょっとだけ延長、という選択肢に逃げる。
「そうだ最初のあれ、びっくりした」
「最初だけならいけるかなーと思って」
「リクエストに応えてくれたんだよね、ありがとう2曲も」
お礼を言うと、将真くんは私を見つめてくる。そしてまたするっと手を繋いできた。
「マルのとこは喫茶店なんです」
いつも料理部の喫茶店は大人気だが、今年は原材料高騰で価格を上げたためか意外と空いているという。
「寄ってくれって頼まれてて。明日は外部の人たくさん来るんで高めでも客入ると思うんですけど」
値上げってそんなに高いの?と恐れ慄いてると、喫茶店の展示教室につき、チケットメニューを渡された。
アイスティー200円、コーヒー300円、スイーツ350円……
そこまで高くないなと思ったが「今まで100円とかなんなら50円とかだったんで」と聞いて納得する。私は将真くんとメニューを相談し、アイスティー2つとスイーツとホットサンドのようなものを注文した。
「まどかちゃんありがとう」
1000円ちょっとのお会計で喜ばれてしまった。初々しいなあ。
席に通されると、マルくんがやってくる。
「お久しぶりです、まずはアイスティーおふたつです」
マルくんは紙コップに注がれたアイスティーを置く。
早速ひとくち飲んでみるとなんとスッキリして異様に美味しかった。
「お、美味しい……」
「火をあんまり使えないんで水出しなんです」
「え、そんなに美味しいの……うま」
将真くんはおかわりを買いに行こうとしたが、マルくんが止めた。
「朝作ったぶんはもう売り切れたから、この後はペットボトル移し替えになるけど」
「けっこうぼってんね」
「2時間ルールが厳しくてね」
学校や保健所といくつか決め事があるらしい。私の母校は飲食の模擬店はできなかったから、こういうのは新鮮だった。
その後、すぐにフードメニューもきた。
将真くんはおなかが空いていたのかホットチーズサンドをペロリと平らげてしまった。さすが高校生、いつの間にか紙皿の上に無い。
「こっちも食べる?」
私はチョコバナナのお皿を将真くんのほうへ近づける。
「これはまどかちゃんに食べてもらいたいけど、あ、ちょっと待って」
将真くんはチョコバナナの割り箸を引き抜いて、バナナを4等分に切った。そして端っこのひとつを割り箸で指す。
「まどかちゃん、いっこ食べて」
そう言って、チョコバナナを私の口に寄せてきた。
私は言われるまま口を開いた。なんでか将真くんも少し口を開いた。釣られてそういうふうになるの、分かるかもしれない。
将真くんは私の口にひとくちサイズになったチョコバナナを優しく押し込む。
「まどかちゃん、今日で会うの終わりにしようとしてますか?」
見透かされて私はむせ込んだ。もったいないけど美味なアイスティーを一気に喉に流し入れる。
「なんかサービスしすぎな気がして」
するどいなあと思いつつ私は黙っていた。
「ボクこれからもまどかちゃんと会いたいです」
「君は受験生でしょう」
「まどかちゃんの引っかかりってそこですか?」
いや他にもあるけど。でもこれが最後ならそれはわざわざ言わなくてもいいことだった。
「勉強はたぶん大丈夫です」
「大丈夫って……あの聞いてよければ、志望校って」
「まどかちゃんと同じとこ」
私は背筋がヒヤリとした。
じゃあ将真くんが無事合格したら、来年の4月には私の嘘はどうせバレんるんだ。
マルくんが食べ終わった紙皿を下げに来たが、私たちの雰囲気から少し後ろに下がって様子を見ている。
それを意識して私は言葉を選ぶ。
「他にも気にかかることはあるけど、やっぱり受験生なのが」
「じゃあ」
と将真くんは切り出した。
「次の模試でA判定取れたらご褒美ください」




