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第93話 全部、本当なんだ

【夏元視点】


***


 ボクは蓮ちゃんから『今度の休日、カラオケ行きません?』と誘われた。

 

「あ、蓮ちゃん。お昼、あそことかどうかな」

 

 近くに見えたご飯屋さんに目を向ける。

 

「お、良いっスね。陽毬センパイは何にするか決まったてるんスか?」

「うん。ステーキ!」

 

 看板にもステーキって書いてあるし!

 ボクはやっぱりお肉が食べたいもん。

 

「……あたしはなににするっスかねぇ」

 

 蓮ちゃんは悩んでるのかブツブツと呟いてる。

 

「ほら、ちょっと分け合いっこしよ? そしたら、二つの料理食べれるでしょ?」

「そうっスね……よし、ハンバーグにします!」

 

 おお! ハンバーグ!

 ボク、そっちも気になってたんだよね。

 

「よし、決まりだね!」

 

 ボクはお店に向けて足を進める。

 ただ、蓮ちゃんが付いてこない。ボクは振り返って「蓮ちゃん?」と名前を呼ぶ。

 

「あ、すんません! 今行くっス」

 

 どうしたんだろ?

 蓮ちゃんの暗い顔なんて久しぶりに見た気がする。

 

「どうしたの? 蓮ちゃん? 悩み事とかあったら言ってね?」

 

 なんたってボクは先輩なんだもん!

 蓮ちゃんは陸上やってない今でもボクのことを慕ってくれてるから、力になってあげたいし。

 

「いや……いやいや大丈夫っスよ」

 

 そう言って蓮ちゃんが笑う。

 

「ただハンバーグのソースに種類があったらどうしようかな、なんて思っただけっス」

「それでそんな深刻な顔する!?」

「あたしにとっては大問題っスよ!」

 

 ボクだったらデミグラスか……うーん、和風も捨てがたいなぁ。

 

「でも、やっぱりハンバーグはデミグラスかなぁ」

「あ、悩みが消えました」

 

 そんなやり取りをしてからボクたちはお店に入って、食べ終わって。

 それから今日のメインのカラオケに来た。

 

「それにしてもカラオケかぁ」

「……どうしたんスか?」

 

 ボクはチラッと蓮ちゃんに視線を向ける。

 カラオケの個室は薄暗くて表情が分かりづらい。

 

「蓮ちゃんがカラオケに誘ってくれるとは思ってなかったからさ」

「あたしの歌唱力、陽毬センパイは知らないんスね」

「ボクが知らなかったら、ほとんどの人は知らないと思うなー」

 

 蓮ちゃんが家族以外で一番話してるのはボクだと思う。だから、蓮ちゃんのことを蓮ちゃんの家族以外で一番知ってるのもボクだと思う。

 

「…………さて、と。ちょっと飲み物持ってくるっス」

 

 そう言って蓮ちゃんがドアノブに手をかける直前「あ、陽毬センパイは何が良いすか?」と聞いてくる。

 

「うーん。じゃあオレンジジュースお願いしてもいい?」

「分かりました!」

 

 蓮ちゃんが部屋を出る。

 

「……歌は蓮ちゃんが戻ってきてからがいいかな?」

 

 ボクは端末でどんな曲が人気かを探しながら、蓮ちゃんが戻ってくるのを待つことにした。

 

「お待たせしました」

 

 三分ぐらいして蓮ちゃんが戻ってきた。

 

「ううん、ありがと」

 

 ボクは蓮ちゃんからオレンジジュースを受け取る。

 

「曲とか決まったスか?」

「いやぁ……なかなか決められなくてさ。蓮ちゃんが先に歌っちゃってもいいよ?」

「分かったっス! それならこれとかどうっスかね」

 

 あ、この曲ボクも知ってるヤツだ。

 

「陽毬センパイ、全然途中から入ってくれちゃっても良いっスよ?」

「大丈夫?」

「大丈夫っス!」

 

 二人揃って知ってる曲を何曲か歌って、蓮ちゃんが深呼吸をしてから。

 

「────すんません、陽毬センパイ」

 

 なんて、唐突に謝罪の言葉を告げられた。

 何のことだか分からなくて、ボクは首を傾げてしまう。

 

「陽毬センパイ……燿センパイと、美月センパイと。一緒にいて苦しくないですか?」

 

 その二人の名前を聞いて、心臓をギュッと掴まれたような気がした。

 

「全然っ……苦しく、ないよ?」

「恋人同士の二人と一緒にいて、陽毬センパイも燿センパイのことが好きなのに……辛くないんスか?」

 

 胸がざわつく。

 きっと、ああ……あの暗い顔の理由がわかったような気がした。

 ハンバーグのソースがどうとかじゃなくて、蓮ちゃんはこのことであんな顔をしてたんだ。

 

「…………っ」

 

 言葉が出なかった。

 だって、ボクは……蓮ちゃんの言う通りに、そう思ってしまってるから。でも、それでも。

 

「辛いなら、距離を置いた方が────」

 

 その方が良いって……ボクだって。

 

「ボクだって……ボクだって! 分かってるよ!」

 

 声を張り上げてしまう。


「陽毬、センパイ……」

「でもっ……一緒にいたいんだよ! わかんないんだよ! 好きだけど、苦しくて……距離を取るべきかもしれないって。そう考えても! でも、友達だからっ」

 

 一緒に居ようとしちゃうんだ。

 美月さんと、燿くんと今まで通りに友達でありたいって気持ちも。燿くんのことが好きな気持ちも。美月さんへの嫉妬も。

 全部、本当なんだ。

 本当だから、ボクはこんなにも……苦しいんだ。

 それに、もしかしたら。


「ボクにだって……!」


 まだ、チャンスがあるかもしれない。

 

「…………陽毬センパイ。やっぱり一回、二人とは距離をとって」

 

 きっと、蓮ちゃんの言葉は正しいのかもしれない。

 

「蓮ちゃんには……ボクの気持ちなんて、わかんないよ」

 

 気がつけば、ボクはそんな言葉を吐いてしまっていた。

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