第92話 どうして言わないのか
「二人ともバイバイ!」
そういって走り去る夏元を見送る。
冬野と二人きりになる。彼氏彼女の関係になったってのに、今までと変わらない。
いつも通りの帰り道。
夏元と冬野と僕の三人で帰る、いつも通り。
「……燿」
「え、あ、うん? ど、どしたの?」
恋人らしいこと。
キスとか……にしても、キッカケとかどうしようかとか考えてて、少し驚いたような反応をしてしまった。
そんな僕の反応に冬野が不思議そうに小首を傾げ、僕を見上げる。
「だ、大丈夫。それで冬野さん、どうしたの?」
「あ、うん。ね、もうちょっとでクリスマスだね」
冷たく乾いた冬の匂い。
クリスマスも近づいてる。
「……そうだね。去年はみんなでパーティーだったね。今年はどうなるかな」
また、周防たちに誘われてパーティーになるかな。
「ねえ、燿」
「?」
「今年は、燿と二人が良い。二人だけで過ごしたい」
少し、頬を赤くして言う冬野に僕は見惚れてしまう。
「…………ダメ?」
僕の沈黙が長かったから、冬野が聞いてくる。
「ダメじゃないです!」
冬野と二人きりのChristmas night。
それって……それって期待しても良いんですよね!?
「料理頑張る」
冬野も気合い充分なのか、両腕で小さくガッツポーズする。
「……おおっ、楽しみにしております」
「うん、わたしもクリスマス……楽しみにしてる。それじゃまたね、燿」
冬野が帰っていく。
どことなく、その背中が嬉しそうに見えるのは僕の勘違い……ではないと思いたい。
「…………恋人らしいこと、か」
僕はそれまでに、僕自身を冬野の恋人として相応しいと認めさせることができるのだろうか。
「あれは……」
僕が一人で歩いてると、公園近くで見覚えのある後輩女子生徒が立っていた。薄暗くなって本当に近くになるまで分からなかったけど。
「────水瀬さん」
僕が声をかけたからか、少し駆け足気味に近づいてくる。
「燿センパイ、ちーっス。待ってましたよ」
待ってたって。
「いつからか聞いてもいいかな?」
「いやいや、ほんの二十分くらい前っスよ」
「この寒空の下で?」
「いやいや……ガチ寒いっスね。全く遅いっスよ」
はあ、やれやれと言いたげに海外ドラマのように水瀬が肩をすくめる。
そりゃ、もう直ぐ冬っスからね?
「なんか……僕が悪いのかは甚だ疑問ではあるけど、そうだね。あったか〜い飲み物奢ってあげよっか?」
「センパ〜イ、そんな悪いっスよ。じゃ、ココアお願いします」
「遠慮して直ぐに、お願いしてくるあたり情緒はどうなってんのかな?」
僕は公園の自販機でココアを二本買って、片方を水瀬に渡す。
「なんだかんだ言って買ってくれる燿センパイのこと、あたし結構好きっスよ。あ、恋愛感情は全くないっスけど」
ベンチ近くまで移動するもお互い、立ったまま。
「立ったままって疲れるでしょ? ほら、座ったら?」
「え? 嫌っス。ベンチ座ったらケツ冷たいじゃないすか」
うん。それはそう。
「燿センパイの方が年ですし、どうすか? 座った方良いんじゃないスか?」
「君と僕は一個しか変わんないでしょーが」
お互いにベンチが目の前にあるってのに立ったまま。
「……それで水瀬さんはなんで、こんなところで待ち伏せしてたのかな?」
僕が聞けば両手で持ったココアの缶を口元に運び、一口飲んでほぅっと息を吐いてから。
「あったか〜……」
僕もココアを一口飲む。
いや、沁みるね。最高。
「あ、それであたしが燿センパイ待ってた理由っスね?」
「うん」
「いやいやぁ、燿センパイに聞きたい、気になったことがあったんスよ」
それから僕の目を見て「燿センパイって……今、美月センパイと付き合ってるっスよね?」と聞いてくる。
その目は真剣さを帯びている。
「うん。修学旅行からね」
「……そうっスよね」
その確認だけをしたかった……なんてことはないんだってことはさすがに察する。
少ししてから水瀬が再び口を開いた。
「ねえ、燿センパイ。なんで、陽毬センパイに言わないんスか?」
言わないってのは。
「……冬野さんと付き合ってることは夏元さんにも伝えてあるよ」
いや、違うか。
「そうじゃなくて!」
これが違うのはわかってる。
きっと、水瀬が言いたいのは。
「なんで! なんで……陽毬センパイにキッパリ言わないんスか!」
好きじゃないとか。
好意を持たれても迷惑だとか。
そう言うことを夏元にちゃんと言え、と言うことなのかもしれない。
「……僕は言わないよ」
そうやって突き放すのも、一つの考え方としてあったのかもしれない。
「それじゃ……陽毬センパイが」
水瀬が息を大きく吐き出した。
「…………陽毬センパイが、望んでるんスね? だから、燿センパイからは言わないって。告白の時と同じっスか。そう言うことですか」
僕は水瀬に何も答えない。
頷きもしない。
「それは、優しいけど……残酷っスよ」
ココアを一気に飲み干して、水瀬が「ごちそうさまっス。ココア、ありがとうございました」と言って帰って行った。
「…………そうだね」
残酷だってのは、否定しようがない。




