第94話 先輩風
【水瀬視点】
* * *
午前最後の授業が終わって教室に戻る途中。
「…………」
やってしまった。
思い出すのは、今年のゴールデンウィークのこと。
あの時から何も変わってない。あたしはまた……陽毬センパイのためだって思って、やらかした。
「どうしよう」
陽毬センパイと話せてない。
謝らなきゃなのに……謝罪の言葉が浮かんでこない。それに、なんて声を掛けるべきかがわからない。
「わっ……と、す、すみません」
そんな悩み事をして廊下を歩いてて、ちょっとばかり前方不注意だったために、誰かにぶつかってしまった。咄嗟に謝って、顔を上げる。
「────どうした? 悩み事か、水瀬」
あたしがぶつかったのは暦センパイだった。
「あ、はは」
「俺で良かったらだけど。お互い知らない仲じゃないし、ほら。話なら聞くぞ?」
この人は燿センパイの友だちだ。
バイトでこの人のことはわかってる。この人のことも信じていいと思う。
「……なんか、暦センパイに得とかあります?」
「後輩の悩みを聞くのが先輩だろ? 俺も吹かせてみたいんだよ、先輩風」
なんて言ってふっ、と笑った。
「なら、ジュースの一つでも奢ってくださいよ、センパイらしく」
「……マジか」
「燿センパイは奢ってくれたっスよ?」
あたしの言葉に暦センパイは「平坂め」と苦笑いしてから財布を取り出す。
「んで、何がほしいんだ?」
「おお、言ってみるもんっスね」
「はは。尊敬しろよ? んで、買ってやるから悩み話してくれよ」
そうなったら仕方ないか。
あたしも、信頼できる人に話したかったんだ。息を大きく吸い込んでから。
「────実は……」
と、あたしは口を開いた。
大好きなセンパイを傷つけてしまったかもしれないこと。どうしたらいいのかわからなくなってしまっていること。
「……ありがとな、水瀬。話してくれて」
「誰かに聞いて欲しかったんスよ」
買ってもらった缶のココアを両手で包むように持ちながらつぶやく。
「俺はさ、誰かが悪いわけじゃないと思うんだよ。お前も、夏元も……それに平坂だって」
「……そう、っスね」
なんとなく、そう言ってもらえたことが少しだけ嬉しかった。
「お前だって、夏元のために言ったんだろ?」
「……っス」
「なら大丈夫だよ。夏元だって話せばちゃんと分かってくれるって」
でも。
「……あたしは」
陽毬センパイのこと怒らせちゃって。
「気にしすぎだって。長い付き合いになると喧嘩することだってあるし、踏み込みすぎることもあるんだよ」
それが相手の地雷だって思わずに。
「それに恋をしてると……自分が思ってる以上に心がいろんな方に動かされんだよ」
暦センパイは笑みを浮かべる。
「あたしは……それが、わかんないっス」
「んー……説明がムズい。ま、とりあえずはそう言うもんだと思ってください。俺も……ゔっ、り、里菜に振られたら、しばらく荒れるだろうし」
想像することすら嫌なんだ。
「そ、そうなんスか」
「そうそう。だから夏元もちょっとカっとなっちゃったって感じだと思う」
それで言い過ぎちゃっただけ、なんて暦センパイが言う。
「……まあ、水瀬も夏元のこと心配だろうとは思うけど」
寄り添うだけでいいんだ、と。
「こういうのは結局、自分で納得するしかないし、時間が掛かるもんだから」
ああ……話せてよかった。心が少し軽くなった気がするから。




