第86話 想定外
いよいよ、修学旅行を前日に控えた夜。
ワクワクとドキドキを胸に抱きながら、下着やら着替えやら、歯磨きやらと荷物の最終確認をしてると着信音が鳴り響いた。
魁星さんからだ。
「はい、魁星さん? どうしました?」
電話に出てそう尋ねると。
『平坂くん、今から美月の家に行くよ』
と、午後十一時をすぎた頃に逸る口調でそう言われた。
来れる? とかじゃないのか。
なんというか有無を言わせないような、そんな感じだ。
「明日から、僕修学旅行ですよ?」
集合時間は午前四時ごろと、明日は早朝から。まだ寝てない僕も僕ではあるんだけど。
『事情はちゃんと説明するから。とりあえず来てくれ』
僕にこんなに言うってことは、だ。
なんとなく察しはついてるんだ。
「今から行きます。どこにいけば良いですか?」
僕は準備を整えて玄関に向かう。
母さんに「今から出かけるの?」と不安そうに聞かれて、僕は「ちょっと修学旅行前に買っておきたいのあって」と適当な言い訳をして外に出る。
『いつもの場所で待ってるから』
いつもの場所ってのは……あそこかな。
僕は駆け足で魁星さんが待ってるであろう場所に向かう。
そこにはやっぱり、魁星さんが立っていた。
「来てくれてありがとう……急いでるんだけども、取り敢えず歩きながら話そう」
そう言って早足で歩き始めた。僕もその隣に並んで歩く。
「端的に言うとだね、母さんに全部バレた」
ああ、そういう。
「母さんへの反抗ってのは覚悟してたんだよ。それでオレが怒られるのもさ」
声が震えてる。
「……でも、まさかだったよ。オレじゃなくて、そうなるのか」
想定外だった。
まさか、妹のためにしたことが余計に苦しめる事になるなんて。冬野からしたら唐突な話だろう。
意味が分からない話だと思う。
僕だって、純粋に楽しんでもらいたいと思って、伝えないようにしてたのに。
「……それで冬野家のお母さまが今、冬野さんの部屋に居るってことですか」
「そう、い……うこ、と。ぜぇ、はぁ」
おい、重要な場面だぞ!
何へばってんだよ!
「は、二十歳を過ぎると……ぐっふぅ、足とかっ、より先に……っ、肺が限界迎えるんだよぉ!」
加齢のせいかとお思いですね?
いや、単なる運動不足なんですよ、それ。
「後でオレも追いつくから先に行ってくれ」
ここは任せた、とかって……任されたのは僕の方か。
「分かりました。早く冬野さんを助けに行かなきゃなんで」
息切れしてる人よりも、そっちのが大事なんだから。それは僕らの共通認識だと思う。
「…………」
冬野の部屋の前。
僕は深呼吸をした。僕は今から冬野を救う。そのために来たんだから。
インターホンに指を伸ばす。
『どちら様ですか、こんな夜遅くに』
冬野とは違う、歳を重ねた女の人の声が返ってきた。その声はどこか不機嫌そうだ。
そりゃこんな時間の客だなんて、迷惑なヤツでしかない。
「ええと……僕です」
『どこの誰です……って、美月!』
扉が開かれた。
「燿!」
僕の前に立つ冬野の目には、涙が滲んでいた。




