第85話 信頼できる人
「燿くん、すごかったね。男子の部屋決め」
帰り道、夏元がそう話しかけてきた。
「あはは。僕は台風の目だったんだけどね」
僕を中心として繰り広げられる聖戦……という名の凄戦を繰り広げてた。
僕は宝というか、姫というか。
ちょっと小声で言いましたよ。
僕のために争わないで……って。
こんな状況下に置かれたら誰だって口にしてみたくなるって。流石に聞こえるような声では出さないように自制したけど。だって、何も代替案なかったからね!
「あれは……凄まじかったな」
周防が遠い目をしてつぶやいた。
そうだよ。お前は一番先に逃れたもんな。
「夏元さんは冬野さんと同じ部屋?」
僕が尋ねれば冬野が「うん。知ってる相手の方が安心」と答えた。
「私も一緒よ」
秋山も一緒なのね。
「私もですね」
まあ、お互い仲が良い相手と同部屋になれたことだし良かったね。
「────私、いろいろ考えたのだけど」
深呼吸の音、一つ。
発生源は秋山だ。メガネのつる部分に指をかけたのを見て、僕は思わず目を見開いた。
「秋山さん」
今まで隠してきたのに。
大丈夫なのか?
そういう確認のつもりで、名前を呼んだ。小さく頷いて秋山がメガネを外す。
「……修学旅行で同じ部屋なのだし。流石に隠し通すのは難しいと思うから」
秋山の正体が露わになる。
秋山が秋谷凛であることが僕らの間だけではあるものの、知られてしまった。
「それに……友達、でしょ?」
少し自信なさげに、俯きがちに。上目遣いで聞いてくる。その破壊力はマズい……!
「ぐはっ……!?」
ほらぁ! そら見たことか! 一人やられたぞ!
「おい、里菜……しっかりしろ……!」
周防が春木の背中を支える。
「わ、私……死んでも、いいっ」
「ま、待て……! 俺はまだお前とやりたいことあるんだよっ!」
そうして開幕するのは、恋人同士での周囲に迷惑をかけない声量での茶番劇だ。
そのセリフはこのシチュエーションでは似合わないと思うんだけど?
「こ……よみ、くん。私から、最後のお願いがあります」
「な、なんだ? なんでも言ってくれ」
最中、秋山はいつのまにか眼鏡戻していた。
「私のお墓にはサイン本を……お願いします」
「ああ……っ。ちゃんとサイン会に参加して、サインもらうから……っ」
周防が春木の手を取って、感動的な雰囲気だ。
「ふふっ、分かってますね……暦、くん」
あー……。
「…………」
去年のゴールデンウィークにもらったサインのことでちょっと申し訳なさを感じて、二人の茶番から目を逸らしてしまう。
本人から言われたけど、サイン会とかじゃないし。あの、その……ごめんなさい。
「ん……あれ? というか待ってください。修学旅行は秋谷凛とお泊まりということですよね? ダメですよ。私は、まだ死ねません……!」
「おお、蘇った……けど、急に立ち上がると危ないぞ、里菜」
少しふらついた春木の体を、周防が腰に腕を回してしっかりと支える。
「おっと……っと、ありがとうございます」
秋山は春木が立ち上がったのを見てから「ファンなのは嬉しいけど、できれば秘密にしてほしいの。頼めるかしら?」と言う。
「はい。わかりました。誰にも言いません」
きっと、春木はこの約束を破らないだろう。
「……本当に大丈夫なのかしら?」
秋山が僕の方をチラッと見てきた。
「大丈夫だよ。だって春木は君のファンなんだから」
僕の言葉で一先ずは納得してくれたらしい。
「ボクも誰にも言わないよ」
「わたしも」
夏元と冬野の言葉に「よろしくね」と答える。
「……あれ? そういえば、前に旭さんと燿くんって一緒に居たよね? もしかして、知ってたの?」
僕の代わりに秋山が「一年の最初にバレちゃったの。でも、誰にも言わないでくれたから平坂くんのことは信頼してる」と。
なんか、ちょっと……照れくさいぞ。
「もー……ほら、帰ろうよ」
僕はそう言って少し早足に。
後ろからクスクスと聞こえてくる気がする。でも、それは気分の悪いものじゃない。




