第84話 選民思想と部屋決め
ある日、ある時間。
現在、男女は教室内で分かれてそれぞれに話していた。
「諸君、修学旅行の部屋決めだ」
さて、何の話だ。
男子の目が妙にギラついてるぞぅ。
「まず君たちに問う。例のアレをどれだけ予約したかな?」
教卓に肘をつき、顔の前で両手を組んでいるメガネの男子生徒が、真剣な面持ちと声色で尋ねる。
「あのー、例のアレってのは……?」
察しはついてるけど、確かめておこう。
「我らが女神よ……それは当然、我らがバイブル。言うなれば聖書。そう……神の誕生を記録した新約聖書!」
「おう、聖書に謝れよ」
僕の女装とイエスの誕生は雲泥の差だろ。どう考えても、僕の女装が神秘じみたものなわけないだろ。
「────一つ疑問なのだが。いいかね、議長」
胸の前で腕を組み、周防が呟く。こっちもまた真剣な顔をしてる。
「なんだ?」
「俺たちは神の意志を無視するのか?」
「……何?」
「考えてもみろよ。欲望に従って、平坂と同部屋になれるとしてだ」
「……ふむ」
「俺たちが、平坂と一緒に居たいだけ。そこに平坂の意思がない」
周防の意見が取り仕切る彼にも響いたのか。
「では、平坂くん。あなたに聞こう」
「え、お、おう?」
メガネの奥の目が鋭く、僕を捉えた。
「あなたは誰と一緒の部屋に泊りたいのだ?」
教室内の男子全員の目が僕に向いた。
全員が僕の答えを待ち望んでいる。
男子に限り、一番仲が良いと思っている相手となれば。そりゃあ、まあ。
「……周防くん?」
くらいしか、特には居ないか……。
「しゃぁああっ!! っらぁああ!」
本気のガッツポーズだ。
勢いよく立ち上がって、高らかに。勝利宣言のように右腕でガッツポーズをしてる。
「俺は確定というわけだ。それじゃ、あとは残りのみんなで決めてくれ」
満面の笑み、少しの早口で彼は言う。
「周防……貴様ァ! 最初からこうなることを分かって……ッ!」
目を見開いて睨みつける議長(仮)に、周防はニヒルな笑みを向けた。
「……どうだかな」
何だろうね。
理性的になってたはずなのに、醜い争いがぶり返す気がするね。
黒板のある方から、大きな舌打ちが聞こえた。
「貴様ら! 幾つ予約した!? 三つより下は人権なしだ! 早々に諦めろ!」
とんでもねぇ暴論が聞こえた気がするんだが?
そしてそれを真に受け、人権を失ったと思った者がいたのか。いくつかの崩れ落ちるような音もした気がする。
「面白いことになってるわね」
遠巻きに男子の必死の椅子取りゲームを眺めていると、秋山が話しかけてきた。
「女子の方は決まったの?」
「まあ、男子ほど熱狂するような要素はないからね」
そんな。僕を半目で見られても。
「というか、他のクラスを探してもここまでのことにはなってないと思うけど」
「それはそう」
僕もそう思うよ。
まったく、僕ってば罪な男だね。まるで傾国の美女の気分。僕のために戦争が起きるとは。……いや、冗談だけどね?
「……なんというか、秋山さんも大変そうだけどね」
「心配ありがとう」
寝る時とかどうするんだろう。
「私、席に戻るわ」
「あ、うん」
秋山が席に戻ってから少しして、春木が席に戻ってきた。
「平坂くん、修学旅行で誰と泊まるか決まったんですか?」
「あー……うん。まあ、周防くんは確定なんだけどさ」
僕はチラリと未だに争っている男子集団を見る。
「……ふふ、ですよね」
その口ぶり。春木よ。やっぱり、わかってたんだな。こうなることは。
「残りの枠をかけて争いますよね」
それにしてもさっきから『高等優民』だとか『三枚未満に人権はない』だとか。だいぶ選民思想に染まってそうな発言が聞こえてくるんだけど。
「…………」
まあ、そっちは一旦置いておいて。
自分の席に座ってる冬野を見る。部屋割りの話にも参加できてたあたり、修学旅行には行けるようになってるんだろう。
きっと、魁星さんが上手くやってくれたんだと思う。
「よかった」
冬野と、修学旅行を楽しめる。
「そうですね。流血沙汰、保健室送りとかにはならなかったようで安心しました」
「んえ?」
何の話?
え? 流血沙汰? なんか、そういう要素あったっけ?
「男子の部屋決めですよ」
「……あ、あー」
ちゃんと無事に終わったらしい。
あんまりにもバイオレンスな言葉が聞こえたもんだから、一瞬わからなくなっちゃったよ。




