第76話 女神
今年も学園祭が近づいてきた。
出展とかも決まって。
それから、なんとなく僕に向けられる視線が増えてる気もするけど、きっと、うん。たぶん僕の考えすぎだよ。
「今年はどうしますか?」
朝、ホームルーム前。隣の席の春木が僕の方に身体を向けて、聞いてきた。
「どうする……とは?」
なんの話かな? 僕にはよくわかんないや。
「衣装ですよ、衣装」
衣装?
「おいおい、春木さんや。今年はコスプレ喫茶じゃないんだからね?」
衣装なんてのを聞かれる覚えはないんだよね、僕は。着る必要とか皆目見当もつかないし、決めなきゃならないなんても思ってないよ。
「あれ? 今年はやらないんですか? 女装」
「去年のは春木さんのせいだよね?」
僕の意思ではなかったと思ってるんだけど? それを、まるで僕が自分から望んでやったみたいな言い方をしないでほしいんだけど?
「……でも、クラスのみなさんも期待してらっしゃることですし。クラス内外問わず、多くの人から『今年もやってくれないかなぁ』とか言われてますし」
「そうなんだ。いや、それは僕の勘違いってことにして欲しかったよ」
最近、僕に向けられてるこの熱烈な視線を。
「女神が再降臨する日って楽しみにしてる人もいるんですよ?」
「そんな信仰、初めて耳にしたね」
そして、僕としてはあんまり嬉しくないね。今すぐにその新興宗教団体は解体した方がいいと思うよ。
「学園祭が女神降誕祭になるかもだったんですよ」
「やめろ! 例年行事にしようとするな! それに僕は女神になんかなった覚えはない!」
去年は春木という策士に嵌められたけど、今年は違う。僕がそうしないといけない理由はないんだから!
いやぁ、はっはっは。残念だったね。
「はあ……私もいろいろ考えたんですが」
「いろいろ」
「はい」
「春木さん……それは一体なにを考えたんでしょうか?」
「平坂くん……それはもういろいろ、ですよ」
いや、わかってるんだ。それはおそらく僕に女装させる方法だ。
「もう諦めなよ、春木さん。今年の僕らの出し物は焼きそば屋に決まったじゃないか」
去年と違って必然性はないんだ。そう、焼きそば屋に決まったから。それで僕はもう安心してるんだよ。
僕の心の平穏を脅かさない、焼きそば屋。君はこんなにも安心感があったんだね。
焼きそばや、ああ焼きそばや、焼きそばや。
「平坂くん……今年の新入生の中にも、去年の女神初降臨で入学を希望した子もいたんですよ」
「春木さん……人情に訴えるにしても、ここまで響かないことってあるかな?」
心が痛まないのかとか言われても、さすがに頷かないよ? 僕以外でも大体そうなると思うよ?
「うん。ちっとも響かない」
僕は胸に右手を当てて、呟く。
「……もう。平坂くんってば、警戒心が強くなってますね」
「そりゃあね」
去年やられたのも学園祭なんだ。学園祭についてってなれば、僕の警戒心も一入である。
「学園祭まではまだ時間がありますし、それまでで気が変わったならお願いしますね」
「僕の心がそう簡単に揺れ動くと思わないでほしいかなぁ」
僕がそう言うと、ちょうどよくチャイムがなった。ホームルームの時間だ。
「……どれだけの賄賂が必要になるんでしょうかね」
「自分で賄賂って言ったね?」
教室に先生が入ってきて、僕らの会話はここまでだ。
* * *
授業の移動中、水瀬が僕の方に駆け寄ってきた。
「燿センパーイ」
「ん、水瀬さん。やっ」
「はい、どもっス」
なんか話したいことがあったのか。
「あ、それでっスね……燿センパイって今年も女装するんですか?」
突然の言葉に僕はちょっと言葉が出なくなった。というのも、気になることが多すぎて。
どこでそれを、とか。
去年のを水瀬も見てたのか、とか。
いやいや、待て待て。ひとまずね?
「…………しないよ?」
とりあえず女装については否定しておこう。僕にやる気はないからね。
「そうだったんスか。いやぁ、みんなが話してたもんで」
「そうなの?」
いや、春木の口から聞いてるし。なんとなくはわかるけど。
「女神降臨! とか。我が女神様……ヒラサカヨウ様、今年も。とか」
「ああ……それはね頭のおかしい宗教団体の一員だよ。水瀬さんは近づいちゃダメだよ」
「宗教。たしかに……女装男子五人を生贄に、とか言ってた気もします」
「……生贄」
おい、ヤバいって。
意味がまったく、これっぽっちも分からないけど僕のせいで人身御供が行われようとしてるんだけど? 今は二十一世紀ですよ? そういうのは十九世紀までにしようよ。
新たな因習村……この場合は因習学園か? まあ、どっちでもいいけど。
僕はそんなのの誕生とか見届けたくないんだけど?
というか、なんのための生贄!?
それはなんの女神なのかな?
「その女神は生贄とか取らないと思うなぁ」
うんうん。そんな野蛮じゃないよ。
「まあ、なにはともあれ。今年はないよ。僕らのクラス、ただの焼きそば屋だからね」
「そうなんスね。なら焼きそば屋頑張ってください。買いに行きますんで」
「うん。水瀬さん、ありがとね」
僕に「はいっス。では授業行ってきまーす」と言って水瀬は去っていった。




