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第71話 恋花火

「燿、今年は迷子にならないでよ?」

 

 去年はそうだったもんね。冬野が心配からなのか僕の左手を握ってきた。

 

「あはは。わかってるよ」

 

 今年は気をつけます。

 それにしても。

 

「みんな浴衣似合ってるね」

 

 今年も浴衣姿の美少女に囲まれて嬉しいよ。冬野と夏元と。

 

「あたしもっスか?」

 

 今年は水瀬も一緒だ。

 

「当然だよ。その浴衣かわいいね」

 

 薄桃色の浴衣を着て、僕のちょっと前を歩いてる。

 

「そっすか。どもども、ありがとうございまーす」

 

 水瀬が頰を緩めた。

 

「あ、ちょっと水瀬さん。逸れちゃうよ」

 

 ずんずんと進んでいっちゃうけど。

 夏元は僕らの少し後ろにいる。

 

「そんな子供じゃないんスから」

 

 水瀬が足を止めて、ため息混じりにつぶやいた。

 

「僕は去年迷子になったんだけどね」

「何やってんスか」

「人波を舐めちゃいかんよ? ……スマホあるけど、逸れないに越したことはないと思うんだよ」

 

 冬野と夏元に迷惑かけちゃったし。

 

「そうっスね。あたしも燿センパイ探すのに時間使いたくないスもん」

「僕の方が迷子になるみたいな言い方は止してくれないか、水瀬さん」

 

 去年の反省もあるんだよ?

 学園祭だって気をつけてたし。僕だって迷子にならないようにしてるんだよ?

 それに、今は冬野と手繋いでるし。

 飼い主のリード? 首輪?

 やれやれ。

 僕は犬じゃないんだけどね?

 

「大丈夫、蓮。わたしがちゃんと掴んでるから」

「ほうほう、なるほど。でもでも、美月センパイと燿センパイは問題ないかもっスけど、あたしと陽毬センパイはどうするんですか」

 

 僕は少し後ろにいる夏元に身体を向ける。

 

「夏元さーん?」

「あ、ごめんごめん。どうしたの?」

 

 僕の声に顔をあげて、笑みを浮かべて駆け寄ってくる。

 

「大丈夫? 陽毬?」

「ううん、大丈夫だよ、美月さん。なんにも問題ないって」

 

 そういう夏元に「今、迷子ならないようにって話してたんスよ、陽毬センパイ」とニヤニヤとした顔で水瀬が言う。

 

「ほらみんなで手繋ぎましょ?」

 

 水瀬が夏元の手を取る。そして、空いた左手を僕と繋ぐように促してくる。

 

「よ、燿くん?」

「はい、夏元さんが嫌じゃなければ」

 

 僕は右手を差し出す。

 夏元はゆっくりと僕の手を取って。

 

「よろしくね、燿くん」

 

 握った。解けないように。けれど力の入りすぎないように。僕も夏元の手を握り返す。

 

「ひゃっ!?」

 

 うぉっ!? な、なんですかぁ!?

 

「な、なにしたんスか!? 燿センパイ!」

「ち、違うんだよ。僕は夏元さんの手を握り返しただけなんだ!」

 

 そこまでやましいことはしてないんだからね!

 

「そうなの? 陽毬?」

「う、うん」

「そっか」

「ちょっとびっくりしちゃって……えへへ。大丈夫だよ、もう」

 

 夏元の僕の手を再度ぎゅっと握ってくる。

 

「ほら、行こ! 三人とも!」

 

 それから僕らの身体を引っ張るように歩き出した。

 

「ちょ、ちょっと待って、陽毬」


 突然のことに冬野が待ったをかけた。


「わわっ、ご、ごめん」

 

 それからゆっくりと歩き出す。


「今年もいろいろあるね〜。冬野さんも夏元さんも。それに水瀬さんも。気になるところあったら言ってね」


 途中途中で屋台から漂ってくる匂いに誘惑されて、立ち寄りながら。

 

「もう、そろそろ花火上がる時間かな?」

 

 落ち着いて見れるところ探さないと。

 

「去年のコンビニのところでいいんじゃない? トイレ行きたいし。飲み物欲しいし」

「おお……それは行かないとだね」

 

 せっかくの花火なのに感想が『漏れそうで全然覚えてない』ってなったら、残念にも程があるからね。

 

「あ、例のコンビニだ」


 僕が去年、迷子になった時の合流場所の。


「大丈夫? 冬野さん?」

「なんとか……行ってくる」

 

 僕と繋いでた冬野の手が解けた。

 

「あ、なら……あたしも一緒に行ってくるっス」

 

 そう言って冬野と一緒に、水瀬もコンビニに着くや否や駆け足でパタパタと入っていってしまった。

 

「夏元さんは大丈夫そう?」

 

 僕は手を繋いだままの夏元を見つめる。

 

「ボクは大丈夫だよ」

 

 夏元と目が合った。


「ねえ、燿くん」


 周りは賑やかだけど、花火はまだ上がってない。そっちの音はしてない。

 

「ボク……ううん。私はさ、女の子なんだ。女の子に戻りたいって思ったんだ」

 

 真剣に、夏元は覚悟したような顔をして。

 ゆっくりと深呼吸をして。

 

「────……私は、燿くんのこと、好きなんだ」

 

 また、しっかりと大切なことを伝えるように。

 

「……夏元さん」

「友達としてじゃなくて……男の子として、好きなの。もう逃げないから」

 

 僕の手を強く強く、握ってくる。

 

「────燿? 陽毬?」

 

 僕が夏元の告白に答えようと息を吸ったタイミング、冬野の声が聞こえた。水瀬が申し訳なさそうな顔をしてるのも見えた。

 

「……邪魔だった?」

 

 冬野が小さい声でつぶやいてから、人混みの方へと消えていく。

 

「冬野さん……っ」

「あたしが行くんで燿センパイはちゃんと答え出してください!」

 

 夏元が僕を見てる。

 僕の答えを待ってる。


「燿くん」


 僕の答えは決まってた。

 

「ごめん。夏元さん」

 

 ……僕は冬野が好きなんだ。

 

「……あはは、フラれちゃったぁ」

 

 夏元の目尻に涙が浮かんでる。

 僕の中に罪悪感が芽生える。

 振ったのは僕だ。僕なんだから。

 僕が傷つけることを選んだんだ。僕なんだよ。そんな僕が彼女にどんな言葉をかければいいんだろうか。

 

「夏元さん」

「ごめ、んね……燿くん。ボク、大丈夫だから。大丈夫だからさ……っ」

 

 しゃくりあげるような声。

 

「燿、くん……ごめん」

 

 夏元は逃げるように走り去った。

 

「夏元さんっ」

 

 花火が打ち上がる。

 僕は一人だ。

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