第70話 秘密保守
「どうだったかしら?」
アスレチックからの帰りの電車で、秋山がそう聞いてくる。
「うん。なかなかいい経験でした」
ボルダリングとかやったことなかったから、初体験で面白かったし。
障害物競争みたいなのも楽しかったなぁ。なんかランキングみたいなのあったけど、あれに名を残してる方々はもう化け物しかいないと思う。
夏元を連れてきたらどうなるんだろ?
いや、夏元を化け物って言いたいわけじゃないけどね?
「それに秋山さんも楽しんでたみたいだし」
「ええ。随分と楽しんだわ。体を動かすっていいわね」
いい汗かいたよ。
「そうだね。僕も楽しかったよ。全力で運動したって感じでさ」
うんうん。
それと国民的女優の運動してる光景だけでも価値あると思うんだよね。
「何かしら?」
「……ただ秋山さんと一緒に来れてよかったなって。そう考えただけだよ」
「そう? それだけ? いやらしい考えはなく?」
「…………」
いやぁ、それについてはノーコメントで。
僕は視線をフイと逸らす。
「別にいいわよ」
え?
「いやいや、僕何も言ってないよ?」
「あら? 知らなかったかしら? 沈黙は肯定と取られるのよ?」
「な、なんだって……むむむ」
「けれど、大丈夫よ」
「へ?」
「私の中でのあなたはすでに変態なんだから」
そう? なら大丈夫かな。
いやいや、何が大丈夫なのさ。
「全然大丈夫じゃないと思うんだけど」
「私は平坂くんと友達よ。変態でも私は気にしないわ」
「そっか。秋山さんは寛容なんだ」
僕が変態だっても受け入れてくれてるし。秋山はなんて優しいんだ。この器の大きさは、僕以上にいろんな人を見てきてるからなのかな。
「はぁ。あなたが……」
僕が?
なんだろう?
僕が首を傾げて秋山を見つめるけど「なんでもないわ」と微笑むだけ。
「────さ、平坂くん。もう着くわよ」
電車を降りる。
改札を出て、ホームを出る。空が赤い。
それから秋山と同じ帰り道。
「今日はありがとうね」
秋山がそういいながら眼鏡を外した。
「あ、取ってよかったの?」
眼鏡も似合うけど。
「大丈夫。すぐに戻すわよ。一瞬だけでも外したくなる時があるのよ。今がそうだっただけ。場所はちゃんと考えてるわ」
「そっか。それにしても……」
「どうしたの?」
「秋山さんって、秋谷凛なんだなぁって」
そう再確認したんだ。
「そうなのよ。信じられなかったかしら?」
くすくすと笑うのが大変似合ってると思います。
「いやいや、信じてたよ。ずっとさ。ただ改めて。……いつも応援してます」
僕の言葉に秋山は目を見開いてから、また笑う。
「嬉しい言葉ね。女優冥利につきるわ」
「今日のこれが、いつも頑張ってる秋谷さんの活力になればと。そう思っております」
「頑張ってる……その、嬉しいけど……もう、なんか固いわよ」
だよね。
「いやぁ。はは、ごめんごめん」
「まったくよ」
秋山がやれやれと言いたげな顔をする。
そんな風に話をしながらゆっくりと歩いてれば。
「────燿くん?」
少し汗ばんでる夏元と遭遇した。秋山は眼鏡を外したままな状態。
「夏元さん。夏元さんはランニング?」
「うん。燿くんの方はおでかけ? 隣の人は?」
そう言って僕の隣にいる秋山をまじまじと見つめて。
「秋谷……凛?」
ど、どうしよ!?
秋山が秋谷凛だってバレちゃう。
あれ? でも夏元は今、秋谷凛って。
「そうそう!」
僕は夏元の言葉を肯定する。
「そうなんだよ」
これでいこう。頼むよ、いけてくれ。
「ちょっとそこであって、ちょっと道案内頼まれちゃったんだよ」
秋谷凛だって言っても、秋山とはバレないんじゃないかなと。そう思ったんです。
「そうだったんだ」
夏元は少し考えるような顔をして「ね、ボクも一緒に行ってもいい?」と聞いてくる。
「……案内役は平坂くんだけで大丈夫なので」
秋山が答えた。
「せっかくの申し出ですが。それとここにいた事は内緒にしていただけると嬉しいです」
やんわりと秋山が断ると「そっか」と夏元が眉を八の字にして笑顔を浮かべた。
「それじゃ。またね、燿くん。応援してます、秋谷凛さん」
そう言って走っていった。
「……ふぅ、なんとかなったわね」
夏元が見えなくなってから秋山は眼鏡をかけ直した。
「ああ……焦ったぁ」
僕は大きく息を吐き出す。
「ありがとうね、平坂くん」
「いやいや。だって、他のみんなには秘密なんだもんね」
隠したがってるのは知ってるんだから。
「本当。平坂くんは」
秋山は嬉しそうに目を細くした。
「夏元さんには申し訳ないけど。今日は私に付き合ってもらうわよ」
もう帰るだけなんだけどさ。
「よーし、どんと来い」
今日はとことん付き合おう。
「……私のことを知ってるのが平坂くんでよかったわ」
秋山がそう言った。
「そう?」
「ええ。あなたのお陰よ。いろいろと」
「そう言ってもらえると嬉しいけど。でもさ。やっぱり一番は秋山さんが頑張ってるからだと思うんだよね、僕はさ」
僕のお陰なんてのは、ほんのちょっとしかないと思う。
「……………………そう」
そんな小さな声がギリギリで僕の耳に届いた。
「またね、平坂くん」
「また、秋山さん。夏祭りにでも会おうよ」
「そうね」
僕は秋山が帰っていくのを見送った。




