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第67話 海水浴(後編)


「あれ? 夏元さん。二人は?」

 

 僕がトイレから砂浜のパラソルまで戻ってくると、そこには夏元しかいなかった。

 

「二人ともお昼買ってきてくれるって」

 

 お、そっか。

 たしかに太陽も真南だ。

 

「お昼だもんね。そろそろお腹減ってきたね」

 

 今から行って行き違いなってもだし、大人しく僕もここで待ってましょうね。今はスマホも持ってないし。それはたぶん冬野と水瀬もそうだろうから。

 去年の夏祭りの迷子とは比較にならないぜ。

 

「美月さんと蓮ちゃん、何買ってきてくれるかなぁ」

 

 そうだなぁ。

 

「海の家とかってなると焼きそばとか定番かな?」

「かき氷とかも良いよね。冷たいし」

「いやぁ、かき氷も良いけど……でも溶けちゃわない?」

「あ、そうだね」

「そうそう。夏元さん、お肉はいいの?」

「うーん、捨てがたい」

 

 そんなお昼への期待を寄せるような話で盛り上がっていれば。

 

「────ねえ、燿くん」

 

 膝を抱えて座る夏元が僕の名前を呼ぶ。

 

「夏元さん……?」

「……美月さんの水着、似合ってたよね」

「そうだね」

 

 僕もそう思うよ。

 褒める言葉をどれだけ用意しても変態性にしか磨きがかからないから、多くは語らないけど。そういうの自覚して、沈黙を選ぶ。

 これもこれで変態っぽいかな?

 

「蓮ちゃんも水着で……」

「そうそう。水瀬さんも似合ってたよね」

「うん」

 

 パラソルの影で僕らは二人きり。

 

「ねえ……燿くん」


 再びの呼びかける声。


「うん」

()も……」

 

 夏元は体勢を変えて膝立ちに。

 

「燿くん、わた、しも水着……着てきたのに」

 

 ラッシュガードのファスナーに夏元は右手の指先をかけた。けど、夏元は下げれない。ラッシュガードを脱げない。

 

「わたっ…………ボク、せっかく着てきたのに」

 

 悔しそうな声が聞こえる。

 震える声が聞こえる。

 

「夏元さん。大丈夫。大丈夫だから」

 

 夏元の水着姿も見たいけど、でもそれは無理を強いるモノじゃない。

 

「……ごめん、燿くん」

「いいんだよ。それにせっかくの海だよ? 顔が濡れるのも、しょっぱすぎるのも海だけでいいんだよ」

 

 夏元は海を眺めて「……そうかな」と笑う。


「だから、また今度。夏元さんが見せてくれるなら……ね?」

「……うん」


 それで大丈夫なら。

 

「……燿くんにならって思ったんだ」

 

 夏元の顔を見る。

 それは思い詰めたような顔じゃなかった。

 

「ボク……昔はもうちょっと違ってたんだよ。ボクはボクじゃなかったし。普通に女の子してたんだ。髪も今よりもうちょっと長くて」

 

 水平線を眺めて、夏元が語る。

 僕も口を挟まないで夏元の話を聞く。そういう空気じゃないと思ったから。

 

「どこにでもいる女の子。走るのが好きなただの女の子。その時のボクは……私だったんだ」

 

 だから。

 だから、夏元は()って口にしたんだ。自分が女の子だってアピールするために。

 

「……変わったんだ。変わっちゃったんだ。変わらなきゃって思ったんだ。襲われそうになって。無理矢理、暗いところに連れ込まれて……」

 

 それが未遂であっても、子供だった夏元の心には相当なまでの傷を負わせたんだ。

 

「髪を短くして、ボクになって……そうやって変わればボクは女の子として見られなくなるって。そう思った」

 

 それで学園の陸上部での盗撮事件。

 あれが夏元を狙ったものでないにしても、トラウマを思い起こさせたんだろう。


「…………でも」


 でも……?


「夏元さん……?」


 僕の声に夏元は目を合わせてから首を横に振った。

 

「ううん……ごめんね、燿くん。変な話しちゃった」

「大丈夫だよ」


 僕は全然大丈夫なんだ。


「それに僕は夏元さんのことを知れてよかったって思ってるくらいだもん」


 話してくれて嬉しかったとも思ってる。


「……水着、せっかく選んだのにさ」

「夏元さん。見えないものにも魅力ってのはあるんだよ」

 

 だから、それなんだよ。

 夏元の水着は観測していないからこそ無限の可能性を秘めてるんだ!

 

「……ふふっ、燿くんがそう言うなら」

 

 僕は事象を確定させないのだ。

 

「陽毬センパーイ! 燿センパーイ! ただ今戻りましたー!」

 

 あ、冬野と水瀬も戻ってきた。

 

「ただいま、燿、陽毬」

「おかえり、冬野さん」

 

 僕らは輪を作って座る。


「我々の戦利品をお二人にも見せましょう。では、まずはこちらです」


 そういって水瀬の手によって取り出されたのは焼きそば。


「焼きそばだね、燿くん」

「ザ・定番だよね」


 僕も夏元と話してたくらいだし。


「ふふふ。続いては、美月センパイ!」

「任された、蓮」


 今度はイカ焼きだ。

 こちらも焼きそばと同じで一人一個ずつ。


「これも海の定番らしいから」


 イカ焼きである理由はそうらしい。それはなんとなくわかるね、僕も。

 

「はい、燿くん。焼きそば」

「おお。ありがと、夏元さん」

 

 差し出された焼きそばのパックを受け取る。自然と指先同士が触れ合う。僕が夏元の顔を見れば、そこには笑顔があった。

 

 大丈夫だよ。


 声を出さない、口を動かしただけ。

 夏元はそう言ってるんだろうって、僕には理解できた。読唇術とかそういうすごい技能とかではありません。


「さて、それじゃいただきまーす」


 ちゃんと食べて午後に備えないとね。

 特になんかする予定とかはないけどね!


 

 

 

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