第64話 将来への不安
プールサイドに僕は腰を下ろす。
「夏ですね、平坂くん」
「夏だよ、春木さん」
体育祭の時も夏ではあったんだけど、プール授業が始まると余計に夏だね。
はね上がる水飛沫、少年少女のはしゃぐ声。
相変わらずプールに入れない春木。
聞こえてくる蝉の声。
「……夏だね」
にしても、夏元は早いなぁ。
「ちなみに夏の予定は決まってますか?」
「夏……夏休みなら冬野さんたちと海に行くってのが一つかな」
「……海、ですか。私も行ってみたいものですね」
春木がふと笑いながら言う。
「泳げはしないんですがね」
「……泳げなくても水着くらいなら着てもいいんじゃない?」
「平坂くん……まさか、私の水着が見たいんですか?」
ふっ。
「見たくないとは言わないけどね」
「……そうですか」
「そうだよ」
「私、彼氏いますけどね」
「男にとって彼氏のいるいないは関係ないんだよ。恋人にはなれないってだけで。ほら秋谷凛に彼氏いたからって、彼女は嫌いにならないでしょ?」
彼氏がいるからって水着が見たくなくなるわけじゃないんだよ。
「いるんですか……どこの馬の骨でしょうか」
あ、そうなるかぁ!
秋谷凛を嫌いにはならないけど、その彼氏に嫉妬は向くよね!
「いやいや例え話だって! 秋谷凛に彼氏できたなんての僕も見てないよ!」
「そうですか。ならよかったです。秋谷凛には私が認めた人しか許しませんから」
「なんて勝手なお父さんスタイルだ」
どこの誰なら秋山の彼氏として認められるんだろう。
「それで……総合すると、平坂くんは暦くんに嫉妬すると言うことで合ってますか?」
「うんうん。多分に春木さんの主観が混ざってるからちゃんと否定しておくね」
僕は断じて周防に嫉妬なんかしてないぞ。
「僕は春木さんと周防くんの恋路は応援してるんだって」
略奪愛とか幸せにならないだろ?
「ほら、僕ら友達だろ?」
「そうですね。私も暦くんも、平坂くんの友達ですもんね」
そうだよ。
「略奪とかしたら私たちも友達じゃいられなくなりますもんね」
そうそう。
「と言うか、春木さんは略奪されないでしょ?」
「はい。私一途ですから」
ほらね。
「────燿くんたち、何の話してるの?」
あれ、いつの間に?
「プールはもういいの? 夏元さん」
「うん。大丈夫」
夏元は春木を見て「それで、何の話してたの?」と尋ねた。
「私と平坂くんはぁズッ友ですね、という話です」
「そうなの?」
僕の方に向いた夏元に頷きを返す。
「僕と春木さん、友達だから」
「はい。友達なので」
下手なことにはならないよ。安心してください。友達なので。
「そっか……友達」
夏元は目を伏せて呟く。
「夏元さんも平坂くんの友達ですよね?」
「う、うん! そうだよ!」
ぶんぶんと首を縦に振る。
「も、もちろん、里菜さんともね!」
夏元の言葉に「ありがとうございます、夏元さん」と笑って返す。
「ボク、タオル持ってくる!」
そう言って早歩きでタオルを取りに行く。
「…………」
友達、か。
「悩み事ですか?」
「……ま、将来のこととかかな」
そう、今後のこととか。
「平坂くん、そんなこと考えてるんですか」
何も考えてないみたいには思わないでほしい。僕だってそういうの考えてないわけじゃないんだから。進路とかも考えなきゃなんだし。
「ふとした瞬間に、いろいろ不安とか出てくるでしょ?」
「あー、それはわかりますね」
春木が腕を組んでウンウンと首を縦に振ってると「私もわかるわ」ともう一人の声。
「あら、秋山さん」
「ええ、こんにちは。平坂くん」
「はい、こんにちはです」
僕は挨拶を返す。
「春木さんも」
「こんにちは。秋山さん」
春木も秋山に応える。
「それで、平坂くんは何が不安なのかしら」
なんて、秋山が早速聞いてきた。
「僕はどうやってこの先、生きていくんだろうって」
秋山と春木が揃って腕を組んで考えこむ。それから春木は「あ」と何かを思いついたような顔をする。
「何か思いついたかしら、春木さん」
「はい! 平坂くんを女装させて売り出すんですよ!」
何言ってんだ、春木さんよ。そんなの決まってるだろ?
「却下! 絶対に却下!」
「春木さん、私は賛成よ」
なっ!?
「二対一よ?」
「お、おのれぇっ!」
「……ふふっ、冗談よ」
なんだ、冗談か。
「春木さんも?」
「まあ、将来のことですからね。これは一時的なものでもないですし」
よかったよ。
生涯を女装に捧げるなんてならなくて。
「……それで、春木さんと秋山さんも不安とかあるんだよね?」
「そうね。私もそれなりに不安あるわね」
春木も「そうですそうです。悩みのない人なんていませんよ」と名言っぽいこと言ってるし。
「で、どんな悩み?」
二人はお互いを見合ってから口を揃えて「この先どう生きようかな、なんて」と。
「三人寄っても何にも出ませんね」
春木が苦笑い。
「そうね。まあ、仕方ないわよね」
秋山は長く息を吐き出した。
「……三人ともどうしたの?」
冬野だ。
「隣いい?」
「うん、全然良いよ」
タオルを纏った冬野が僕の左隣に座る。
「どうしたの?」
「人生、立ち止まって考えたい時もあるんだよ。冬野さん」
「……燿。保健室行く?」
いや、健康的には何の問題もないからね?




