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第56話 バイトの誘い

 

「ま、あとで教えてくれ」

「うん。ありがとね、周防くん」

 

 移動教室で、クラス教室に戻る途中に周防からゴールデンウィークでバイトしないかと誘われた。

 ただ、返事はまた今度でいいとのこと。

 普通に乗り気なんだけどね、もう。

 

「────燿センパイ。待ってましたよ」

 

 そしてまた授業終わり。

 トイレから出たところで名前を呼ばれた。

 

「水瀬さん?」

「はいっス。後輩、水瀬蓮。参上仕りました」

「あの、待ってたって言ったけど、ここで?」


 トイレ前なんだけど?


「はいっス」

「…………それで、今日はどうしたの?」

「さっきの移動中に燿センパイを見かけて挨拶しようと思ったんすけど、他のセンパイと話してたんで」

 

 ふむ。


「それでわざわざ出直したの?」

「うっす! タイミング改めました。お疲れ様です、燿センパイ」

「お疲れ、水瀬さん」


 場所の問題はあるけど、こうして挨拶してくれるんだ。そこまで悪い気はしない。

 

「それで何の話してたんスか?」

「さっきはバイトに誘われたんだよ。僕と話してたの周防くん……あ、周防暦くんって言うんだけどね」

「ほうほう……バイトっすか」

「そう」

「あたしも興味あるっス!」

 

 食いついてきた。

 

「そう?」

「あたしもお金欲しいっス!」

 

 それは僕もそう。だから、周防に誘われたバイトに乗っかろうと思ってたし。

 

「あたしもバイト一緒して良いすか」

「水瀬さんも?」


 それは僕が判断するところではないんだけど。


「はい! あー、うずうずしてきたっス! もう今から働いて金を稼ぐ悦びを知りたくて堪んないっスよ!」


 すごいや、ここまで働く意欲に溢れてるなんて。

 ただ、ね。


「水瀬さん、労働は厳しいよ? 数々の理不尽が降りかかってくるんだ」

「耐えてみせるっス!」

「説教されても?」

「はい!」

「怒鳴られても?」

「はい!」

「みんなの前で馬鹿にされても?」

「はい……って、燿センパイまさか経験談スか?」

「…………いやいや、そんな事ないよ」

 

 うん、水瀬は折れないね。

 目からは熱意が消えてない。何が水瀬をこんなに駆り立てるのかは気になるけど……やる気があるというなら、僕が止めるのも違うでしょう。


「ならばよし! 一緒に労働で汗を流そうじゃないか」

「はい! 燿センパイ!」

「それじゃ、周防くんにあとで会いに行こっか。バイトの方は……まあ、問題ないと思うからさ」

 

 僕とだけ面識あっても、周防は困るかもだし。ちゃんと紹介しとこう。


「よろしくっス! あ、できれば燿センパイの連絡先教えて欲しいんスけど。連絡取れた方が便利ですから」

「それもそうだね」

「燿センパイがお呼びとあらば、すぐに駆けつけます! 陽毬センパイの呼び出しと被ってなければ、ですが!」

「ありがとね。でも、自分の都合も考えるんだよ? 水瀬さん」


 僕と水瀬が連絡先を交換し終えると。

 

「……平坂くん。それとあなたも」

 

 秋山の声が聞こえた。

 僕と水瀬は同時に振り返る。

 

「あなた、一年生でしょ? そろそろ教室に戻らないとまずいんじゃないの?」

「あ、そうっすね! すみません」

「授業が疎かになったらダメよ?」

「ご心配ありがとうございますっス」

 

 頭を下げた水瀬に「いいわよ。それより早く戻りなさい。教室もちょっと遠いでしょ?」と。

 

「はい! ありがとうございます! あたし、水瀬蓮って言います! それでは!」

「私は秋山旭よ、水瀬さん」

「はい、旭センパイ! ありがとうございました〜! 燿センパイ、ではまたっ」

 

 手を振って水瀬が駆け足気味に遠ざかっていく。


「またね、水瀬さん」


 僕も彼女にそう告げる。

 

「ほら、平坂くん。あなたも授業遅れるわよ」

 

 僕は秋山と並んで教室に向けて歩く。

 

「……彼女、この前のあの子よね」

「そうそう。通学路のね」

「いい子じゃない」

 

 たしかにいい子だよね。

 すごい素直だし。ちょっとストーカー気質がありそうなのが気がかりではあるけど。

 うん。ちゃんといい子ではあるよね。

 

「それで今度はあの子と何の話してたのかしら?」

「ああ……それが周防くんにバイトに誘われて、それを水瀬さんに話したら水瀬さんもって」

「……バイト」


 秋山。

 君、もしかして。


「『私、バイトしたことないの。私普通にバイトよりも稼いでるから。そんなことしなくてもいいの』……って言おうとしてる?」

「あら、よく分かったわね……ふふ」

 

 こういう時、ちょっと嫌味っぽい女優感出してくるのは、僕も秋山との付き合いがそれなりになってきたから分かってきたよ。


「僕が秋山さんとどれだけ話してきてると思ってるの?」

「一年も関わってれば、ある程度は知れるわね」


 秋山が僕を見つめる。

 柔らかな表情をしている。

 

「平坂くん。バイト、頑張ってちょうだい」


 そう言った。


「ありがとね」

 

 そんなこんなで教室に着く。

 

「遅かったですね、平坂くん」


 席に戻ると春木が言ってくる。


「そう?」

「そうですよ。何かありました?」

「……まあ、ちょっとね。話すには時間が足りないかな」

 

 あんまり長話でもないだろうけど、授業開始に間に合う気がしない。だって、もうチャイム鳴るし。というか、今鳴ってるから。


「ほらね」

「そうですね。では、また後でよろしくお願いします。平坂くん」


 うっす、了解です。

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