第52話 私から僕へ
三月下旬の某日。
昼休みが終わっての五、六限。
僕らは現在大掃除をしている。
「ふぅ」
教室と廊下を箒で掃いて、雑巾がけ。
それに加えて窓拭きとかもする、と。
なんて感じに普段以上に力を入れて掃除しないとならない、それが大掃除。
あと、自分のもので教室に置いてあるものは全部持って帰れと先生からの通達が。
来年の新入生がこの教室を使うんだから、気持ちよく使えるようにしろと。
ま、後輩に迷惑かけるわけにはいかないよね。
「あ、平坂ーぁ」
「……周防くん、どうしたの?」
僕の足元で、しゃがんだまま見上げてくる周防を見下ろす。
「なあ、平坂。なあなあ、雑巾がけ代わらん?」
「あー……僕、箒のほうで忙しいから」
屈む、雑巾絞る、力入れる。
そう考えたら掃き掃除の方が圧倒的に楽な気がするよね。運動量的に。
頑張ってくれ、周防。
「頑張ってください、暦くん」
ほら、君の彼女もこう言ってるよ。
「大掃除頑張ったら一緒に映画観に行きましょう」
しゃがんだままの周防は立ち上がって伸びをしてから「よしっ」と気合を入れ直して、掃除に取り掛かる。
「……映画?」
「はい。面白そうな映画を見つけまして」
そうなんだ。
僕もちょっと興味あるなぁ。
「平坂くんもご一緒しますか?」
「あはは」
それはさすがに。
「遠慮する」
本当に気まずいんで。
「平坂くんも楽しめると思ったんですが」
「ちなみに内容は?」
「ラブストーリーです」
「余計遠慮するよね?」
それ聞いてカップルと一緒に行きたいって思う人いるかな?
「SFアクションが良かったですかね」
どっちかって言えばそうなんだけど、根本的にそういう問題じゃないんだよ。
「デートでしょ? さすがに僕の存在チラつくの嫌じゃないかな?」
「気にしないようにします」
「それは気になるって言ってるようなものだからね?」
努力する必要あるなら最初から呼ばないでくださいね?
「ふふ、冗談ですよ」
「そう?」
ならいいんだけど。
「さて、私たちも暦くんに負けず掃除頑張りましょう」
春木が掃除を再開しようと動いたのを見て、僕も動き始める。ただ、掃き掃除はもういいらしいです。
……………………雑巾がけは周防が頑張ってるし。よし、じゃあ僕は何しよっか。
「燿くん、手空いてる?」
「もしかして、なんか仕事ある? 夏元さん」
「ゴミ捨て、どうかな……って」
夏元がゴミ箱を抱えて言う。
「よし来た、僕も行くよ」
燃えるゴミとペットボトルゴミ。僕は燃えるゴミの方を持ってゴミ捨て場まで行く、前に。一応みんなに伝えてから。
「行こっか、夏元さん」
「うん」
教室に余ってた紙ごみとかいろいろと詰め込まれてるからか、ゴミ箱が意外と重たい。
「燿くん、ありがとね」
「いやいや。大掃除だから僕も仕事しなきゃだし」
「あはは、そうだね……でもさ、そのことじゃなくて」
僕と目を合わせずに。
「なにかあったっけ……?」
「あの、さ…………もう一年生終わっちゃうね」
「ん、そうだね」
あと一週間くらいかな、春休みまで。
で、春休みが終われば僕らは二年生だ。
「ボク、学園入る前はさ……今みたいになるって全然考えてなかったんだ。部活やってないとか全然考えてなくて。時々月曜日にお弁当、自分で作って燿くんに食べてもらうとか」
でも。
と、夏元は続けた。
「今が悪いなんて全く思ってなくてさ。ボクは、今が全然嫌いじゃなくて。だから、あの日の燿くんに感謝してるんだ」
夏元が僕を見つめて。
「────私、燿くんのこと好きだよ」
僕らの間から音が消えた。
僕が何も言えなくなったから。
夏元もしばらく何も言わなかったから。
お互い、声がなかった。
数秒して、夏元が口を開く。飛び出したのは謝罪だった。
「あ…………ご、ごめん。友達として! 友達としてね! 友達としてボクが、燿くんのこと好きってことで!」
「……そっか」
友達として好きという言葉を僕は信じることにした。
「友達として、ね」
「う、うん。ごめんね。変なこと言いだしちゃって」
少し赤い顔をした夏元が笑う。
「ほ、ほら、ゴミ捨て行こ!」
「あ、うん」
そうしてゴミ捨てを終えて、教室に戻ってくると。
「────あ。二人とも、戻ってきた」
僕たちを冬野が出迎えてくれた。
「ただいま、美月さん」
「ただいま」
夏元と僕がそう言うと。
「ゴミ捨てご苦労」
上司みたいな口ぶりだ。
僕はさっと頭を下げる。
「ははーっ。ありがとうございます、冬野様」
「うむ。頭を上げてよろしい」
「はっ」
「…………それで大掃除もほとんど終わりらしいから。あとは休んでていいと思うよ」
みたいですね。
机もほとんど運び終わってるし。床も結構綺麗になってるし。
「冬野さんもお疲れ様」
「うん、ありがとう」
綺麗になった教室を眺めてると、周防が近づいてきた。
「三人組さん、どうよ」
腰に手を当てて、ちょっと自慢っぽい。
「周防くん、雑巾がけお疲れさま。教室、すごい綺麗になってるじゃん」
「お疲れ、暦」
夏元も「頑張ったんだね、暦くん。お疲れさま」と労う。
「おうおう。ありがとな、これで里菜と気持ちよく映画観に行けるってもんだ」
ニッ、と周防は歯を見せて笑った。




