第48話 冬野美月は手を繋ぎたい
一月二日の午後十一時すぎ。
部屋の中で僕のスマホが鳴る。
相手は冬野だ。年末の帰郷から戻り、家にはもう着いてると思う。
「もしもし、冬野さん?」
会うのは明日の約束だったはずだけど。
『燿……ありがと。出てくれて』
「まあまあ。僕は暇だったから」
それよりもどうしたんだろう。
電話越しでもわかるくらい冬野の声は弱々しくなってて、聞いてる僕まで不安になるくらいに細い。
「明日、遊ぶの大丈夫?」
『うん……そうだ、陽毬は?』
「あー。その、ごめん…………冬野さん」
夏元は三日は家の事情でいろいろと忙しいらしく、遊ぶのは難しいとのこと。僕がそのことを冬野に伝えれば『そっか』と。
『燿は、大丈夫なんだよね』
「僕は大丈夫だよ。まあ、今呼ばれても全然平気なくらいだし」
冬野に呼ばれたらさ。
それに今はやらなきゃならないことは特にないから。
『────本当?』
僕は冗談のつもりだったんだけど。
「冬野さん……?」
『会いたい、って言ったら……燿、今からでも来てくれるの?』
泣くような声が問いかける。
だから。
「……もちろん。すぐ行く。僕はどこに行けばいい?」
『来てくれるの?』
「当然」
嘘だなんて言わない。
冗談だって茶化さない。
さっきの言葉を取り消さない。
『ありがとう…………燿、いつものところに来てほしい』
「うん」
僕はすぐに準備して、家族に「ちょっと出かけてきまーす!」と一言伝えて走る。
「うおっ、雪降ってるね」
顔面に雪がぶつかって痛い!
それでも急がないと。
「────冬野さん! どこー!?」
いつも待ち合わせにしてる場所で冬野を探す。僕、冬野の家は分からないから。
「燿っ!」
迷子が親を見つけたように、冬野は僕に向けて走り寄ってくる。
「冬野さん……?」
僕も冬野に駆け足で近づこうとして。
足を滑らせた。
「あでっ!?」
い、痛い。
「だ、大丈……ぷふ」
冬野が僕を見下ろして笑ってる。
「今年初笑い。路面凍結注意……大丈夫、燿?」
差し伸べられた右手を取る。
冬野は笑みを浮かべたまま。
「…………手、冷たい」
「あはは、ごめんね」
僕は立ち上がる。
「ありがと」
あいたた、お尻が痛いや。
「それと……お待たせ、冬野さん」
「ううん…………こんな夜遅くにごめん」
いろいろと聞きたいことはあるけど。
「寒いよね」
「いやいや。走ってきたから身体はあったまってるよ?」
「…………部屋に上がっても良い。燿は知らない人じゃないから。だから、これは軽々じゃないの」
そうして、僕は初めて冬野の部屋に招待される。
「お、お邪魔しまーす」
「うん。どうぞ……わたし、ココア淹れてくる」
ここが冬野の部屋。
色々ヤバい……こうゲームの記憶が蘇って。落ち着け、落ち着けー。僕は冬野の友達なんだからね。変なことしちゃダメなんだ。
「はい、ココアできたよ」
「ありがと、冬野さん」
テーブルに置かれたココアを一口飲む。
甘くてあったかい。
「……冬野さん、大丈夫だった?」
対面に座る冬野に聞く。
「今は大丈夫……燿のおかげで落ち着いてるから」
「なら、ここまで走ってきた甲斐があるよ」
冬野の力になれてるんだから。
「…………こっちの方が楽しい」
冬野はココアを両手で持って俯きながら話し始める。
「家、帰りたくなかったけど……帰らなきゃ、だったから」
「……そっか」
「うん…………。わたし……鈍臭くて、家族に嫌われてて怒られてばっかりだったから。家に居場所なくて」
「…………うん」
「帰りたくなかった。それで早く戻って来たんだけど……寂しくて。燿が来てくれるって言ったから」
冬野は僕を見つめて、嬉しそうに。
「明日まで待てなかった」
「ああ…………」
よかった、僕は冬野さんの役に立てたみたいだ。
「燿……ちょっといい?」
「んぇ!?」
い、いつのまに隣まで。
「手、さっきよりあったかい」
「ココアのおかげかな」
や、柔らかい。
「と、というか……どうしたのさ、冬野さん」
僕の手の形を確かめるように冬野は撫でてきて、気持ちが良いようなくすぐったいような。
ヤバい、めちゃくちゃヤバい!
「手が……繋ぎたくなった」
「ど、どうして?」
「さっき、燿が転んだ時に手繋いだけど……なんか嬉しかったから?」
手のひらと手のひらが合わさる。
ピッタリと。
「燿からも握ってほしい」
「わかりました」
冬野がそう求めるなら。
「どう、かな……? 冬野さん」
「うん……ありがと。燿」
全然、手が離れる気配はない。
「燿……わたし、手を握るのが好きかもしれない。それと握られるのも。寂しくなくなる」
そうなの?
僕は冬野を見つめて首を傾げる。
「でも、誰でも良いわけじゃないから。燿なら。それにたぶん、陽毬も大丈夫」
それからしばらく僕らは手を握ったまま。
気がつけば一月二日は過ぎていた。
「冬野さん?」
「もう、ちょっと……もう、少し……だけ」
あ、舟漕いじゃってるよ。
「またいつでも僕でよければ、ね」
「そ、う? なら、また……いつか、よろしく」
「わかったよ、冬野さん」
「…………うん。また、明日」
もう今は一月三日なんだけどね。
「おやすみ」
冬野の手が、僕の手から離れていく。
それでもしばらくは冬野の手の温もりが僕の右手にも残っていた。
「おやすみ、燿」
扉が閉まる。
鍵がしっかりとかけられた音がした。
「…………よし、帰ろう」
よく耐えたぞ、僕!




