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第31話 聖地巡礼

 

 夏休みが始まって、数日。

 僕は春木と聖地巡礼ということで電車で一時間くらいの場所に来てた。

 

「平坂くん、こっちですよ!」

 

 春木は見るからにはしゃいでいた。

 僕は彼女を追って、ゆっくりと大きな橋に向かう。

 

「ここもドラマで使われてたんだ」

 

 特にはなんの変哲もないような橋だけど。

 

「そうなんですよ。と言っても去年、一昨年とかですから当時ほど盛り上がってはないですね」

 

 というか、今この橋で盛り上がってるような人は僕たち以外いるんだろうか?

 

「ここの次はお昼食べに行きましょう」

「あ、もしかしてそこも?」

「まあ、撮影に使われたと言いますか……秋谷凛が撮影の合間に訪れたんですよ。サインも書いてあるそうで」

 

 橋を移動しながら話して、中程で春木が「そうです」と振り返る。

 

「写真、写真撮ってください…………んっ、けほっ」

「春木さん?」

「あ、大丈夫です。ほら、平坂くん」

 

 少し赤い顔の春木はピースサインを両手に作る。僕は春木の言う通り、写真にその姿を収めた。

 

「えへへ……やりました」

「……ねえ、春木さん。もう帰ろうか?」

「え? ご飯食べてませんよ? ごほっ……ごほ」

「体調悪いのに無理しても……」

「せっかく、来たんですから」

「…………」

 

 どうするべきなんだろう。

 春木の身を案じるなら、たぶんここで帰っておくべきだとは思うんだよ。

 

「ここも」

 

 写真を撮って。

 

「これ……美味しそうですね」

 

 ご飯を食べて。

 

「良い景色、ですね。げほっ……」

 

 僕は何回も確認したけど、春木はそれを全部断った。

 

「────すみ、ま……せん。本当に……申し訳、ありません」

 

 結局、春木は行きたかった場所を回ってる途中で具合を悪くした。僕はそんな彼女をおぶって歩いてる。

 

「病院、行かなくて良いの?」

「はい……大丈夫、です。経験上……これくらいなら」

「病院に行くくらいなら全然付き合うよ」

「いえ、大丈夫なんです。本当に。そこまでじゃありませんし……それに、二度と出かけられなくなるかも、しれませんから」

「それは否定できないね。でも、僕は春木さんに何かあったらって方が心配なんだけど」

「大丈夫、です」

 

 春木の言葉を信じて、病院じゃなく駅に向けて歩く。僕の歩みはいつもより少し遅い。

 

「申し訳ないです……もう、一人で歩けますから」

「うーん、それはさすがにムリがあるかな?」

 

 今だって力なく僕に背負われてるのに。

 目を離すつもりとかはないけど、この状態の春木を一人で歩かせるのは心配だし。状態が悪化するかもだし。

 

「むぅ……そんなに信用ないですか?」

「それはそう。今日の行動を思い返してごらんよ、春木さんや」

「そうですね。今、こうなってるのが答えでしょうか」

「そういうことだよ」

 

 でも少しは回復してるのか、咳も潜まっている。声もさっきよりは元気なものになってるように思えるけど。

 

「だから、春木さん。大人しくしてなさい」

「……仕方ないですね。こうして誰かにおんぶしてもらえるのも悪くないですから。歩かなくて良いですし。お願いしますね、お父さん」

「誰がお父さんか」

「では、お兄ちゃん?」

「……まあ、お父さんかお兄ちゃんかで言ったら、お兄ちゃんの方が良いかな」

「なるほど。平坂くんは妹も好きですか」

 

 実際の妹は可愛くないとかいうけど、妹とかいない身としては憧れちゃうんだよ。男として仕方ないよ。

 

「たしかに。私も平坂くんは、お父さんじゃなくてお兄ちゃんって感じがします」

「そう?」

「はい。お父さんには制服やスク水の話はできませんから」

「それはそう」

 

 僕もグラビアアイドルとかの話、お父さんにもお母さんにもできないよ。

 

「ほら、春木さん。駅着いたよ。ごめんだけど、改札通らないとだから」


 僕は春木を背中から下ろす。

 ちょっと心配だけど、歩けはするようで。


「はい……お兄ちゃん」

「……今だけだからね?」

「ありがとうございます」

 

 僕らは電車に乗り込む。春木と僕が座る分はちゃんと空いてる。そこまで混み合ってない。


「良かった」


 僕は春木が座るのを見守って、隣に腰を下ろした。

 

「…………春木さん、大丈夫かな?」

「おかげで七割くらいは回復した気がします。本当にありがとうございます」

「もし明日になっても具合悪いんだったら、ちゃんと病院に行くように」

「……はい、大変ご迷惑おかけしました」


 眉を八の字にする春木は、本当に申し訳ないと思ってるんだろう。


「でも」

 

 だから、僕はちゃんとこれも言っておかないとならない気がした。

 

「春木さんとの聖地巡礼、僕も楽しかったよ」

 

 春木の思い出が謝罪と反省で埋まっても、楽しくないだろうから。

 

「あの橋も、公園も、あのお店も。春木さんはどこが気に入ったかな」

 

 帰りの電車、僕と春木は今日の聖地巡礼の話で盛り上がる。


「橋は、よかったですね」

「僕もあそこは中々お気に入りだね」

「ご飯もおいしかったです」

「ちゃんと秋谷凛のサイン置いてたね」

「はい。やっぱり、お兄ちゃんが一緒でよかったです」


 ふふ、と笑う春木に僕は「春木さん。その呼び方、本当に今だけだよ?」と返す。


「なんだか、そう言われるとシンデレラみたいですね」

「まあ、シンデレラと同じで時間制限があるからね」

「それで、平坂くんのお兄ちゃんタイムは何時までですか?」

「うーん…………じゃあ、電車から降りるまで」


 それまでは春木の自由にしてくれてもいいや。

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