第77話 ふたりのオアシス(最終話)
前回までのあらすじ!
ムードの欠片もないおっさん。
夜、俺はハンモックに毛布を持ち込み、星空を眺めながら風の音を聞いていた。側に置いたテーブルから果実酒をつかみ、一口含む。
甘酸っぱさが鼻に抜けた。
寝室のベッドはルナに貸した。俺とルランゼで激しく使う予定の、大切なベッドだ。
キングサイズとは言わないまでも、そこそこ大きなベッドではあるのだが、さすがにルナと仲良くおねんねというわけにゃいかねえだろ。
「ライリー、眠れないのか?」
なのにルナときたら、家の外にまでわざわざロッキングチェアと毛布を持ち出してついてくる始末だ。庇の下で椅子を揺らしながら、時々話しかけてきやがる。
「そりゃこっちの台詞なんだが。せっかくベッド貸したんだから、部屋で寝ろって。オアシスは他の砂漠みてえに夜に氷点下になったりはしねえけど、それでもそこそこ冷える。女が無用に腰を冷やすもんじゃあねえよ」
俺だってソファでもあればと思ったが、残念ながら我が家にはないものだ。近いうちに買っておいた方がいいかもしれない。
ちなみに、いまベッドでは犬と炎竜が丸くなって眠っている。おめえらに使わせるために必死扱いて造ったんじゃないんですがね。
てかルランゼと一緒に使うようになるまでに、犬小屋は建てておくべきだな。犬が一緒に寝てたら、できることもできなくなるじゃないか。いや、どうせオアシスは無人なわけで、どこでもできるっちゃできるんだが。
ぐふふ……。
「その点は心配しなくていい。わたしみたいなのを娶ってくれる男なんてどうせいないだろうから、子供を産む予定がない。魔王の世襲制もわたしの代で終わりだな」
「何言ってんの。世襲云々はどうでもいいけど、ルナちゃんはいい女だよ。特に――」
言い終える前に、ルナが笑いながらつぶやいた。
「どうせ尻がってつけるんだろ、言葉の最後に。それしか取り柄のない女で悪かったな。イーだ」
「他の誰かのために必死になれるところがだよ」
「んぇ……」
変なうめき声を上げて、ルナは口を閉ざす。
「ルランゼのためにフレイアと戦おうとして捕まったんだろ。それに、ルーグデンス監獄では配下に過ぎねえシュトゥンのために飛び出そうともした」
「それは……まあ」
「だが勘違いして欲しくないのは、そいつはとても褒められた行為じゃねえってことだ。考えなしの無謀、正直あんなのは足手まといだし迷惑だ」
「……うん」
「でも、なんの躊躇いも打算もなく、そういうことができるやつってのは、俺は尊敬するね。憧れる。俺もそうなりたかった」
「ライリーだってそうだろ」
言い得ているようでいて、俺のは少し違う。
酒を瓶ごと傾けて、また一口。喉を潤す。
「俺はそれをしたいから力をつけたんだ。そういうやつになりたくて、強くなってきた。逆に言えば、戦って勝つだけの力がなければ、できなかったことだ。勇者なんて言われたこともあったが、そんな勇気は持ち合わせてねえ」
ロッキングチェアを止めて、ルナは俺を見つめていた。
「勝てるかな、勝てないかな~なんてことを考えてる時点で、心意気としてはもう似て非なるものなんだ。だから俺は、勝ち目がゼロの戦いは挑まないことにしてる」
「……」
「けどたった一つでも勝機があるなら別だ。で、俺はその一つの勝機を得るために剣を磨いてきた。臆病者だからな。だからこそ、こうしてまだ生きてる。その点ルナちゃんはゼロでも飛び出しちゃうだろ」
「なんだ。褒めてくれてんのかなって聞いてたら、やっぱりわたしがバカって話じゃないか」
「はっはっは。そう言ってんだよ。でも尊敬はしてる」
ルナがむくれた顔で、背もたれに背中を預ける。
「ちょっと安心した。あなたが思ったほど無謀な男じゃなかったことになっ」
「戦いは打算だ。ある程度はな。確率ゼロなら逃げた方がいい」
また少し酒を飲んだ。甘い酒だ。
「…………ライリー、わたしがいないところで死ぬんじゃないぞ。わたし以外の誰も、あの姉様でさえ、あなたを生き返らせる力はないんだから。だからもし、あなたが剣以外に勝機の一つを常に持っていたいなら、わたしの奇跡がそれになれるかもしれない。あなたが、わ、わたしの側で……生きてくれるなら……」
らしくもなく、尻すぼみの言葉が立ち消える。
ルナが黒髪に両手を入れてうめくように言った。
「い、いまのは……」
「はっはっは! 光栄だが聞かなかったことにする。おまえさんの側にゃもう、酒癖は悪いが優秀で頼れる鬼がいるだろ。それに俺は、もうどこにも所属したくないんだ」
ルナが苦虫をかみつぶしたような表情で、微かにつぶやく。
「そ、ういう意味じゃ、なかったんだけどな……」
だからだ。
だから俺は、ようやく気がつくことができた。今日一日ルナの様子がおかしかったことの意味に。もしもルナの心変わりにきっかけがあったのだとしたら、レイガの想いを伝えたときからか。
ああ、マヌケめ。鈍い自分に腹が立つ。
俺は頭ん中で慎重に言葉を選び、口を開く。
「ルランゼにはもう、俺しかいねえ。俺にも、ルランゼしかいねえ。これから先何があっても、俺の寿命が尽きるまで離れることはねえんだ。だから俺はオアシスにいるよ」
ルナはしばらくの間、寂しげな瞳で俺を見つめたあと、囁くように言った。
「………………うん……」
酒瓶を飲み干す。
底に溜まっていた果実がやたらと甘い。
「ねえ、ライリー。もう少し側にいっていいか?」
「オアシスは安全だぞ。たまに動物はいるが、危険な魔物はいねえ。当然、次期魔王を狙うような人間や魔族もな」
「あなたの近くで寝たいんだ」
俺の返事を待つこともなく、ルナはロッキングチェアを運んでハンモックに近づいてきた。
「いいかな?」
「いいも悪いも、もう持ってきてんじゃねえの」
「そんなことどうでもいいから、いいの? だめなの?」
「…………お、襲わないでね? 我慢できなくなっちゃう……」
「おまえなっ、わたしをなんだと思ってるんだっ!!」
ルナが腰に手を当てて怒った直後、俺たちは同時に笑い出した。ルナはロッキングチェアにでけえ尻を下ろして、ハンモックの俺に手を伸ばす。
「これからもよろしくな、義兄さん」
「おう」
俺がルナの手を取った瞬間、ルナがニヤっと笑って腕を引いた。ハンモックが回転して俺は地面に落っこちる。
「おわっ、いでっ!?」
「あっははははは! 引っかかった~っ」
「んにゃろう! 殊勝なフリして幼気なおっさんを騙しやがってぇ!」
日干しレンガの家の周囲を逃げ回るルナを追っかけ回して、疲れ果てた俺たちは結局ハンモックとロッキングチェアに戻って眠りについた。
はっはっは、楽しい夜だったねェ~。
※
そして翌日――。
俺は再びルナとともに魔力嵐を踏み越えて、オアシスを後にした。といっても、前線都市ガルグまでは街道を使えば徒歩でも一日とかからない。
ガルグ門で人類領域から撤退中の魔王軍と合流を果たしたルナは、別れの際に俺に抱きつきルランゼとの仲を祝福する言葉を耳元に残して、魔都ルインへと帰っていった。
※
俺は少しばかり寂しくなったオアシスへと引き返し、旅の間中放置していた畑を弄った。雨が降らねえからほとんどの作物は枯れてしまっていたため、新たな種を植えた。ルランゼがオアシスにやってくる頃には、収穫の早い野菜なら振る舞えそうだ。
犬のために日干しレンガで小屋を建てた。それなりの大きさだ。俺の家のリビングくらいの広さはあるだろう。犬は大喜びで、炎竜とそこで暮らしている。つっても半年後にゃあ、炎竜は入りきらない大きさになるだろうが。
前線都市ガルグに出かけてソファを買った。業者の馬車でオアシスまで運んだものの、魔力嵐を通すことまでは考えておらず、馬車の馬に成り代わって犬とともに自力で引くハメになった。腰がイっちまうかと思ったね。
犬小屋には家具が必要だ。最近は荷運びなんかで四足でいることが多かったが、あいつはただの犬じゃなくて魔族のコボルトだ。テーブルや椅子やタンスもうまく扱うだろう。いや、タンスはいらねえか。いつも素っ裸だし。
暇を見つけては人類領域に出かけて、魔王軍との戦いで傷ついた街や村の復興を手伝った。勇者ライリーが凱旋帰国したと騒がれて、王都軍が俺を出迎えにきたけれど、復興が終わればすぐに姿を眩ませてオアシスに戻った。糞食らえだ。
人類領域で火事場泥棒のようなことをしていた野盗の一団を殲滅し、魔族領域で魔物の討伐依頼を請けては退治に出向き、人類領域と魔族領域を行ったり来たりの生活が続いた。
そんなことをしてりゃあ、二ヶ月なんざあっという間だったね。毎日疲れて、泥のように眠っていたから。
※
その日、俺は湖で鼻歌交じりに釣り糸を垂れていた。
犬と炎竜はいない。あいつらがいると水辺でバチャバチャ遊んで魚が逃げちまうからな。釣りのときだけは別のところで遊ばせてるんだ。
湖畔に座り、手製の釣り竿を振って、アタリを待つ。
そんな俺の全身を呑み込むように、影が落ちた。
「何が釣れるの?」
「~~っ!?」
その弾むような心地良い声に。
その懐かしい言葉に。
その優しげな響きに。
全身が一気に覚醒した。
視線を上げたそこには――……メイドがいた。
ミリアスとのあの激しい戦いの中で散り、そして俺を死の淵より呼び戻してくれた魅惑のメイド服…………を着た、ルランゼだ。
俺は真顔で彼女を見上げる。
「……」
「あ、あれ? 何その顔? こ、この服、嬉しくなかった?」
「や、実際に着てこられると、案外引いちゃうもんなんだなぁって……。ハハハ」
「ええっ!? ひどいっ! 恥ずかしくても頑張ったのに!」
互いににんまりと笑い合う。
ルランゼだ。目の前にルランゼがいる。
笑みがゆっくりと引いていく。俺も、ルランゼもだ。
その直後――。
ルランゼが旅の鞄を足下に落とすのと同時に、俺は竿を投げ捨て立ち上がっていた。
「~~っ!!」
「――ッ!!」
次の瞬間、俺たちは肉体をぶつけ合うように激しく抱き合っていた。そうしようと決めていたわけじゃない。そうせざるを得なくなるくらい焦がれていたのだと、ようやく自覚した。
何かが爆発でもしちまったかのように、俺はボロボロとみっともなく涙をこぼす。ルランゼへの愛しさが心から溢れ出てしまって、それを押しとどめることがまるでできなかった。わけもわからず、感情の抑制がまるで効かなくなってしまっていた。
けれどそれはルランゼも同じらしく、すごい勢いで俺の肩が彼女の涙で湿っていくのを感じていた。
だからだろう。
封印の間での再会時に、ルランゼが俺に言った言葉を思い出した。
『あのね、目を覚ましてライリーの姿を最初に見たとき、それまで張り詰めていた糸が完全に切れちゃった。魔王の立場とか、魔族民の幸せとか、そんなのを全部全部押しのけて、あの瞬間、胸の中にあった想いが一気に溢れたんだよ。そのとき、もうだめだって思った。この人がいないとって』
だからルランゼは魔王に戻れなくなった。もしかしたらいまこの瞬間に、俺もまた勇者に戻れなくなったのかもしれない。
ああ、それでもいい。このぬくもりが永遠に続くのであれば。
鼻に掛かる涙声で、ルランゼがつぶやく。
「ただいま……ライリー……。……抱かれにきたよ……」
「おかえり……ルランゼ……」
俺たちは貪り合うように唇を重ねた。
俺は湖畔の草むらに彼女をゆっくりと押し倒――ルランゼが倒れない。この期に及んで何を踏ん張ってんだ、こいつ。無駄に体幹すげえな。
かくなる上は鯖折りだ。ふん、ふん!
「待ってライリー、竿見て、竿! すっごい引いてない!?」
「フ、俺のサオならとっくにイキリたっ――」
「そっちじゃなくて! あーーー、持ってかれちゃう!」
ルランゼの指さす先。
投げ捨てた俺の竿が、恐ろしい勢いで白波を立てながら湖へと引きずり込まれていく。
「うおっ、ありゃでけえぞ!」
「うん!」
俺たちはそれを追って水飛沫を上げながら湖の浅瀬へと駆け込み、出逢った日と同じように二人して笑った。
それは、いつものようにオアシスへと容赦なく降り注ぐ太陽の光が、やけに心地いいと感じられる日の出来事だった。
あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
最終回みたいな終わり方ですが、もう少しだけダラダラっと続きます。
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




