第76話 次期魔王さんとお別れ前夜祭
前回までのあらすじ!
いい感じ!
日が暮れる前に小舟を湖畔に戻し、俺たちは日干しレンガの家に帰ってきた。
釣果はなかなかのもんだ。今晩二人で食い切れるかどうか。つってもドカ食いチビの炎竜がいるから余ることはないだろう。
そもそもだ。こいつ、小舟で魚を揚げた瞬間から食おうとしやがる。何度教えても食おうとするから、仕方なく小舟の船首に縛り付けた。
前世の死因思い出して学べと。犬でも「待て」はおぼえるっつーの。
仕方ねえから、釣れた魚のうち小せえやつだけを選んで口ん中に押し込んでやった。それなりに満足げだったのが、知能レベルの低さを表している。ついでに、船首に縛りつけたまま小舟を動かすと、すげえ楽しそうに興奮してたっけ。
海賊の処刑かな?
「よっと」
内臓を取り出して血抜きした魚の口に、俺は豪快に串を刺した。
大きいやつは串焼きにして、小せえやつは粉と水を溶いたものにつけてから油で揚げるんだ。前者はさておき、後者は曾祖母の手記に記されていた天ぷらっていう異世界の食文化の一つらしい。
シュトゥンがいたら喜んだかもなァ。あいつ、たぶん俺の曾祖母と同郷だから。今度みんなを招待できる日がきたら食わせてやろう。
パチパチと音を立てて、焚き火が爆ぜる。魚を刺した串を地面に突き立てて、棒で火を掻いて加減を調整する。あっという間にいい匂いが漂ってきた。皮の隙間から脂が垂れて、実にうまそうだ。
炎竜のバカがいきなり食いつかないか心配だったが、遊び疲れたのか犬と昼寝中だ。しかも俺の愛用ハンモックで、二匹そろってへそ天ときたもんだ。
気楽なもんだね。
串焼きの魚は割と大物だから、火が通るまでにゃ時間がかかる。
その間に家に戻って、俺は小魚を植物油で揚げていく。こっちはルナがすでに油を熱してくれていたから、すぐに始められた。
エプロンをしたルナが鍋を覗き込んでつぶやいた。
「いい匂いがしてきた」
「天ぷらっていうんだぜ。異世界の食い物だ。塩を振って食うんだ。シュトゥンから聞いたことない?」
「ないなあ。シュトゥンは料理とかしないから。あいつ、生でなんでも食べるんだ。もちろん料理されたものも食べるけど、自分では何もしない。あるものを食べる。それだけ」
実に鬼らしいイメージだ。
パチパチ、パチパチ、油が泡立つ。それがおもしろいのか、ルナはじっと覗き込んでいる。
「フ、あんま覗いてると、火傷するぜ? 俺になっ」
油が跳ねると危ないから、俺はルナの額を指先で押して戻してやった。ルナが少し言葉に詰まってから、斜めの上目遣いでつぶやく。
「…………もう、してるかも……」
「あっはっは! 今日はなかなかに乗ってくるねェ! あ、そういや、海の魚ってのは新鮮なうちなら生で食えるらしいよ」
「そうなんだ? わたし、調理済みのしか食べたことないな」
「魔都は内陸だから、運んでるうちに鮮度が落ちるんだ」
ルーグリオン地方には海に面した地域もあるが、果ての果てだ。港町があっても、貿易商や行商くらいしか魔都との行き来はないだろう。
当然、運ぶには時間もかかるし、鮮度も落ちる。
「食べ方が曾祖母の手記にあったんだ。セウユってのをつけるとうまいらしい。生魚の切り身を酢と塩と砂糖で味をつけた米の上にのせて握り、セウユをつけて食う。スシだ」
あ~、一度でいいから食ってみてえ。手記のあの味表現は、子供心に胃袋にくるものがあった。
勇者時代にゃ海のある土地も何度か回ったが、残念ながら人類領域の郷土料理にスシは存在しなかった。とんでもなくうめえらしいから、いつかはルランゼと海を見にいきたいものだ。
「へぇ~。ライリーはなんでも知ってるな」
「フフ、俺の知らないことなんて、ルナちゃんの尻の弾力くらいのもんだぜ」
ワチャワチャと指を動かしながら手を伸ばす。
もちろん本気じゃない。俺にはルランゼがいるから。
が。
「…………えいっ」
ルナがいきなり腰を横に振って、尻で俺の太ももをドンと押した。俺はその素晴らしい弾力に押されて横によろける。
「あへっ!?」
温かくて、ブリンブリンだった。プリンプリンじゃないぞ。ブリンブリンだ。
一瞬、理性ごと持っていかれかけたが、俺はかろうじて踏みとどまった。俺にはルランゼがいるのだ。心で何度もそう唱える。
ルランゼ、ルランゼルランゼルラララランランルー。
「あは、これで知れたなっ。姉ぇ~様に言いつけてやろっ」
「それだけはやめてッ! 罠だったのッ!?」
その直後、謎の声が俺たちを叱咤する。
「アブ、ブラ、ララ油! 火! ゴスジン! オ尻一発、火事トモモ! メッ!」
犬が腕組みで仁王立ちをしていた。
こいつ、尻だけに桃とかけたな。無駄に言語能力が増してやがる。恐ろしい。
「あ、はい。ごめんなさい」
「ご、ごめん」
いまさら見られていたことに気づいた俺たちはいそいそと距離を取る。
揚げた小魚を紙を敷いた皿に並べ、横に塩を盛れば完成だ。
塩をつける前の小魚を一匹取って、口で吹いて冷まし、俺は犬にあげる。
「さっきの秘密な?」
「ゴ、ゴスジィ~ン! イ、犬ハ言ワヌガ、我言ウナ?」
「何言ってんのかわかんねえけど、食っていいぞ。でもこれ、口止め料だからなっ!? なっ!? 男の約束だぞ!? ルランゼには秘密だからなっ!? てか俺は凶器のような尻でぶん殴られただけであって、尻を撫で回したわけじゃないからなっ!? そこんとこしっかり頼むぜっ!? わかったっ!? 一回口で言ってみ!? さん、はい!」
バクっと犬が魚に食らいついた。あっという間に完食だ。
「ウママママママ!」
「ちゃんとおめえらの分もあるから。んじゃ、外行こうぜ~」
ルナがエプロンを外しながら先に出ると、犬が嬉しそうについていった。俺も大皿に乗せた小魚の天ぷらを両手で持って、それに続く。
だが、外では炎竜による惨劇が繰り広げられていた。
焚き火のそばに刺しておいた魚串が引っこ抜かれ、砂だらけになって炎竜に貪り食われていたのだ。
――ケァァァ! ケッ! ケベッ……ベッ、キャァァッッホーーー!
俺とルナと犬が同時に夜空を見上げて、目を閉じた。
「ん~……」
「ああ……」
「友ヨ……」
まあ、四本あるうちの一本だから、もともと炎竜の分で別にいいんだが。骨どころか木の串まで残さず喰らった炎竜が、次の串に視線を向ける。
俺はその頭部を掌でガシっとつかんだ。
「おいこら……おめえの分はもうねえだろ……? なぁ~に狙ってんだぁ~~……?」
――ケキャ!? キャァァァ……。
とりあえず、炎竜を木に縛りつけた。
その間に俺とルナと犬がそれぞれの串を手にして、果実酒や椰子の実ジュースで乾杯する。
身の分厚い魚ってのは、それだけでうめえ。適度に塩を振ってかぶりつくと、唇の端から香ばしい脂が垂れた。
うめえ!
「どうよ、ルナちゃん?」
「も、最っ高! 自分で釣った魚だとは思えないよ! くぅ~、楽しいっ!! こんなに楽しいところだったんだ、オアシスって!」
満足いただけているようだ。小魚も衣がサクサクでうまい。塩をちょいとつけて食べればそれだけで立派なつまみだ。ルナも上機嫌に見える。不安定だった情緒も無事に安定したようだ。よかったよかった。
しかし――。
俺は木に縛り付けられてションボリうな垂れている炎竜に視線を向けた。
「あいつ、いまからあんな調子で大型まで育ったらどうなるんだ」
「火竜のときはどうだったんだ?」
「食いしん坊ではあったけど、ここまでじゃなかったな」
もしかして、頻繁にブレスを使ったせいだろうか。魔術師とは違って自身の肉体内部で炎を生み出すのだから、ヒトでは考えられないくらいの相当な燃焼力があるのかもしれない。
そういや、火竜が毒食って死んだのも、ブレスでアンデッドの集団を灼いた直後のことだった。
ルナがつぶやく。
「しばらくは炎竜がブレスを吐かなきゃならなくなるような戦いはないだろうし、そのうち食欲も収まるんじゃない?」
「だといいが」
俺は頭と骨の残る魚串を、しばられたままの炎竜の口元に持っていく。パクっと炎竜が食らいつき、やはり串ごとバキバキと骨や頭を噛み砕いて嚥下した。同じようにルナや犬が、骨と頭を炎竜に差し出す。
――ケッキャァァ!
長い首をブンブン振って喜んでいる。
俺は思わずつぶやいていた。
「高性能生ゴミ処理機だな」
「ひどい。嬉しそうだけど。ま、ヒトを襲わないようにだけは教えときなよ。わたしが魔王になっても、こいつの討伐指令なんて出したくないからな」
「気をつける」
犬は楽しそうに炎竜に小魚や椰子の実ジュースを運んでいる。小魚はともかくとして、椰子の実をまるごと噛み砕く様は、生態系最上位の片鱗を見せつけられるようで恐ろしくなるね。
犬、喰われんなよ~。
魚をたらふく食い終えた俺たちは後片付けをして、一息つく。
ひとっ風呂浴びたいところだが、さすがにもう薪を割る気力はない。俺は頭から水をかぶって汗と砂を流した。
浴場ではなく、家の前でだ。面倒でな。
ルナはオアシスに到着してすぐに風呂に入ったから、これで今日の仕事は終わりだ。
「すごい身体だな」
「はっは、全身傷だらけだろ」
水音を聞きつけたのだろう。ルナがドアを開けて家から出てきた。
「奇跡で治してやろうか? たぶん綺麗に戻せると思う」
「いいよ。別に誰に見せるでもねえ。ルランゼなら気にしねえだろ。それに、これは俺が戦ってきた歴史だ。勇者としてじゃなく、自分自身としてな。国家の戌に成り下がらなかった誇りであり、戦いへ挑む際の戒めでもある。だから、悪いね。せっかくだが、忘れていいことなんぞ一つもないんだ。あ、でも便所行こうとして足滑らせて頭打ったときの傷は治して欲しいかも」
太平の世を願った勇者ミリアスと魔王フレイアは、いまごろ船の上だろうか。
弟妹の矜持と安寧のためにすべてを捨てたギャッツとビーグとグックルは、これからどこへいくのだろう。
その行く末を見届けられなくても、忘れてはいけないと、俺は心に刻み込んだ。
「そっか。聖女の職業病かな。余計なこと言ったみたいだ。魔都にくる前は、医者みたいなことをして暮らしてたから」
「気にしてねえよ」
俺が木にかけておいた手ぬぐいを、ルナが持ってくる。それを受け取ろうとしたが、ルナはひょいと避けて、俺の背中に手ぬぐいをあてた。
「……」
「……後ろ……向いて……」
無言で拭いてもらう。ルナが恐る恐るだからなのか、それとも俺の肉体が激しい戦いの連続で鍛え上げられてきたからなのか、ちょっとこそばゆい。
背中と頭。わしゃわしゃと拭き終えると、ルナが両手を止めた。
「……ありがとう、ライリー。姉様のこと、わたし自身のこと、シュトゥンのこと、お父さんのこと、全部、全部ありがとう……」
「バァカ、気にすんな。これから家族になるんだ。ルナちゃんは俺の義妹なんだからな。つらいときはもっと甘えろ。いちいち隠すな。おまえには、俺とルランゼがいる」
「……うん……」
ルナが背後から俺に抱きつく。彼女がどういう感情なのかは、俺には最後までわからなかった。その顔が泣いてんのか、笑ってんのかもだ。
ただ、このとき俺は思ったんだ……。
――こいつ、ルランゼより胸ねえな。
台無し!!
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。
みなさま、今年一年の応援ありがとうございます。
来年もまた拙作を読んでいただけると幸いです。
良いお年を!




