第78話 元魔王さんは不安になる
前回までのあらすじ!
ようやく帰ってきた魔王さん!
おっさんのターンだ!
いまでも時々夢を見る。
失う夢だ。闇夜に飛び起きて、俺は隣で眠るルランゼの姿に安堵する。
一糸まとわぬ彼女の背中が、ゆっくりと上下している。俺は滑らかな曲線を描く彼女の背中に手を這わせ、髪を撫でた。
ルランゼが薄目を開ける。
焦点の合っていない目で俺を見て、ぼんやりとつぶやいた。
「……する?」
「悪い、起こしちまったか。眠いだろ」
にんまりとルランゼが笑う。
「……いいよ」
俺はニヒルに、低い声で囁く。
「やまやまだが、さっき三回したからもう腰が動かんのだが?」
「ふふ、実は知ってる」
こいつめぇ……。俺の一度にできる限界回数をすでに把握していたか……。老化のせいで、どすけべの風上にも置けん肉体になっちまったもんだぜ……。昔は朝まで二十回はできたんだが……。いや完全に嘘だが……。
残念ながら体力とは違って、こればっかりは旅の若返り作用もあまり関係なかったようだ。
だが俺たちは、どちらからともなく顔を近づけて額をあて、軽いキスをする。その際にちゃっかり俺の右腕に頭を置いてくるところに、幸せなんか感じたりしてな。
まあ、朝には腕がうっ血してドス紫に変色してんだが。頭って案外重いんだよぉ。
「おやすみ、ライリー」
「ああ。おやすみ、ルランゼ」
そうして俺たちは目を閉じ、再び眠りについた。
次に目覚めたのはすでに朝だ。
キッチンから聖剣包丁がまな板を叩く音が響いている。
ああ、俺の聖剣よ……。見る影もねえな……。よもやおまえをほんとに包丁として使うような、安穏な日常が訪れようとは……。
「い~い匂いだなあ~」
ルランゼは料理が得意だ。
以前オアシスで一日をともに過ごした日に自分でそう言っていたが、俺はまたてっきり見栄を張っているものだとばかりに思っていた。
だが、この二度目のオアシスでの一週間にもわたる同棲を経て、その認識がまったくの誤解であったことがわかった。
ほんとに料理が趣味だったんだ。
顔を洗ってキッチンに向かうと、ルランゼがエプロン姿で鼻歌交じりに料理をしていた。裸エプロンじゃないぞ。さすがに。そんな朝からお盛んなわけないじゃないか。ただのエプロンドレスだ。
よし、完全に誘ってやがるな。
背後から忍び寄り、色々触ってその気にさせたところをおいしくいただいた。満足である。
「ライリー、犬と炎竜呼んできて。朝ご飯にしよ」
「あいよー」
俺は家を出て、ご近所さんの犬小屋を目指す。
犬小屋だけにワン・ルームだが、中はうちのリビングくらいの広さがあるのでチビどもが寝泊まりするにゃ困ることはねえだろう。
だが、家具があまりに少ねえのはいただけねえ。炎竜はそのうち屋内にいられなくなるくらい大きく育つから別にいいが、犬のベッドくらいは置いてやらねばと思う。
俺は犬小屋の戸を叩く。
「お~い、犬、炎竜。飯だぞー」
中からドタドタとけたたましい足音がして、犬と炎竜が転がり出てきた。犬は俺の周りをくるくる走り回り、炎竜は俺の頭部らへんをパタパタ飛び回る。
――ケキャァ、キャッキャケフフ!
「ゴスジン! 犬! 犬ノ、犬ゴ飯ハ!?」
「何だっけかな。ああ、昨日からルランゼが燻製作ってたから、ハムとチーズと野菜スープじゃねえかな。あ、でも、先日釣ってきた魚の燻製って可能性もあるな」
ラズルの燻製と同じチップを使っているのだろう。同じ匂いがしていた。結界魔術を学ぶ傍ら、どうやら燻製の作り方も教わっていたようだ。
最高だぜ、ラズル師匠。ルランゼに燻製術を叩き込んどいてくれたことに感謝だ。
犬がパァ~っと笑顔になった。犬顔なのにすげえわかりやすいのが不思議だ。こいつは俺に最初から懐いていたが、俺もまた、こいつに慣れてきたのかもしれない。
犬がぴょんと飛び跳ねる。
「スン晴ラシィバ! ゴスジン、早ヨ、早ヨ、風ニナル! 疾風ノゴトク!」
「はっはっは、先にいっていいぞ」
「ワッホ!」
肉球の音をチャッチャカ響かせて、犬は張り切って走り出す。いまは緊急時ではないから二足だ。
それを追って飛んでいこうとした炎竜の尾をつかんで止め、俺はぶら下げた炎竜と視線を合わせた。
「いいか? おまえは足りなきゃ自分で虫捕まえて食うんだぞ? 獲れるなら湖の魚でもいいが、他のやつの分とか貯蔵してる分は勝手に食べちゃだめだ。わかったか?」
――オケケケィ! ケケケィ!
返事だけはいつもいいんだ。そもそも言葉わかってなさそうだしな。わかってねえのになんで適当な返事しちゃうんだろ、こいつ。
ま、ある程度はしゃあねえか。炎竜にも色々助けられたしな。
ちなみに炎竜の度重なるつまみ食いに、貯蔵庫にはルランゼが結界魔術を張った。通り抜けることはできないが、触れても大丈夫なやつだ。
「ならよし!」
俺は尾を持って炎竜をぶん回し、空に放つ。
「いってこい!」
――オケィ!
炎竜が多少大きくなった翼を広げて、我が家へと飛んで向かった。無人の犬小屋を見回して、俺は決める。
「さ~て、今日は犬のベッドでも作ってやるかねっ」
本来なら、嫁にきてくれるような可愛らしい雌コボルトを、犬と一緒に捜しに出てやりたいところなんだが、炎竜と同居してるうちはさすがにまずい。俺とルランゼのような爛れた甘い愛の生活を、まだ幼体である炎竜に見せつけるわけにもいかんだろう。
いや、そういうプレイもあるっちゃあるが、犬の性癖など俺にはわからん。
炎竜がこの小屋に入れない体躯になるのは、概ね半年から一年後だ。それまで犬の結婚はお預けだな。気の毒だが。
ちなみに炎竜のつがいは無理だ。そもそもあいつの性別がまっっっっったくわからんし、生涯で二度も出遭えるほど、竜って生き物は多くいるわけじゃない。
亜竜であるワイバーンで済むならすぐにでも捕まえてきてやるが、そういうわけにもいかんだろう。たぶんだが、人間と猿みたいなもんだろうからな。
つがいが欲しけりゃ成体になってから自分で捜しに行かせるしかねえ。それまでに世間の常識だけは叩き込んでおかねばと考えている。
飼い主の責任は重いね。生態系最上位ともなればなおさらだ。
俺は頭を掻いて苦笑する。
「こういうのは、レンがいりゃあ、手っ取り早いんだがねえ」
元気にしているだろうか。
実はここしばらく、俺は人類領域にも魔族領域にも出かけていない。ルランゼがオアシスに到着した日からだ。彼女の精神が完全に安定するまでは、ぴったり側に寄り添っていたかったんだ。
だが、あれから一週間になる。そろそろ頃合いだ。保存食はまだまだあるが、生鮮食品は湖の魚以外はなくなっちまう。さすがに買い出しが必要だ。
それに人助けもずいぶんとご無沙汰だ。一度旅立てば数日は帰れねえ旅ばかり。だが、どちらの領域にも助けを必要としているやつらはいるもんだ。
「さて、俺もいくか」
ダラダラしてたら俺の分まで炎竜に全部食われちまう恐れがあるからな。何せ愛するルランゼの手料理だ。こんなに大事な食事なんて、そうそうないもんで。
毎食、味を噛みしめている。
作ったご本人の味も、毎夜噛みしめてるがねぇ。ぐふふ。
※
俺は金槌を握りしめて、板に釘を打つ。
犬と炎竜は作業の邪魔だから、湖に遊びに行かせた。ルランゼは俺の手伝いだ。板がずれないよう、手で押さえてくれている。
犬のベッドを作ってやってるんだ。といっても、巨大な犬小屋を建てたときとは違って小さな箱状のベッドだ。さほど手間もない。
あっという間に完成した。
「……ちょっと堅そうだね」
「ここに毛布を入れてやるんだ。旅に使ってたやつでいい」
「結構ボロだよ? 穴とか空いてたし」
「犬はその方が安心する。俺やレンの臭いが染みついてるからな」
そう言って、俺は犬小屋に持ち込んだ毛布を箱に詰めた。小せえベッドだが、犬は小型犬種のコボルトだから、これで十分だ。
あいつも出くわした当初はもっと小さな子犬だったが、やはり犬だけあって成長が早い。旅の終わりにゃすっかり成犬だ。結局、小せえけどな。
「ええ、わたし、洗っちゃったよ! 臭い消えたかも!」
俺はニヒルな笑みを浮かべ、低い声で渋く囁く。
「フ、いいんだ。たとえ臭いが消えてても、ともに旅をしてきたあの頃の想い出は、決して消えやしないんだぜ……」
ルランゼが目を細める。
「いいね、そういうの! よっ、かっこいいよ、ライリー! ダンディおじさん!」
「だっろー!?」
「うわ、軽薄ゥ~」
「だよな」
二人して笑ってから思った。
上げて落とすな。悲しくなるだろ。
「つーわけで、俺はまた旅に出ようと思う。つってもまあ、ただの買い出しだが」
「……!」
「どっちの領域に出るかは決めてねえけど、ついでに人助けも多少やって、謝礼をもらったりしねえと金が尽きるし、何日かは…………かかりそう……だが…………」
ルランゼが表情を不安げに曇らせた。顔色まで変わっちまった。
俺の視線に気づいたのか、あるいは俺の言葉が止まったからか、ルランゼが目を泳がせた。
「……あ……あれ? ……わ、わたし……なんか…………?」
何て顔だ。まるで迷子になった子供じゃねえか。こりゃあ、まだだめだったか。
いや。そうでもねえな。方法はある。
俺はルランゼに手を差し伸べた。
「だからまあ、ルランゼはついて早々になっちまうが、一緒に来ないか? 手伝ってくれると、早く帰れて助かるんだが」
表情が一転して、花が咲く。
飯時の犬のように、とてもわかりやすい顔だ。いや、もっともっとわかりやすい。お日様の笑顔だ。
「いく! ライリーとならどこでも!」
「ク、クックック、クク、ふ、あははははっ」
「なになに? わたしなんか変だった? なんで笑うの? ねえ!」
不満げに俺の胸を叩こうとしてくるルランゼを避けて、俺は犬小屋中を逃げ回る。
「はっは! 何でもねえよぉ!」
「教えてよー!」
な~んか、これ。
犬が二匹になったみてえだ。
イチャイチャすなッ!
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