第68話 駆け抜けた勇者さんは(第八章 完)
前回までのあらすじ!
かっこいいおじさんは好きですか?
俺はミリアスと肩を貸し合い、二人してよろけながら歩く。振り返りゃ、ほっかほかの死体でも引きずったかのように、血痕が続いていた。
ずいぶんとやり合って、よく生きてるもんだ。
「ちょっと先輩、重いんですからあまり寄っかからないでくださいよ。ボクは心臓近くの血管がようやく繋がったばかりなんですよ。あ、あああ、痛っ。ほらまた胸の傷口が開いたじゃないですか。あ~血が流れる」
「うっせえな。おまえの方が俺に寄っかかってきてんだろォ? プルップルプルップル足震わせやがって。勇者ミリアスちゃんは子鹿ちゃんですかぁ!? アダ、痛ぅ~~……。ああぁ、大声出したからたぶんまた内臓破れたわ。おまえのせいだわ」
「知りませんよ、自業自得でしょ」
「知らないってなんだよ、真横で見てたろぉ!? 現行犯でしょぉ!?」
我ながら何やってんだか。
やつの、「フレイアに惚れた」とかいうふざけた動機を聞かされてから俺は思い直し、頸動脈を喰い破ることはしないでやったのさ。
そしたらこの有様だ。勝負は口喧嘩に持ち越しだ。
魔王城のバルコニーの壁にもたれて座って、俺たちは城下の庭園を見下ろす。
そこではフレイアとルランゼが戦っていた。同じ炎の線状魔法を振り回し、互いを傷つけ合っている。周囲の壁や樹木はもう粉々だ。
躱し、躱し、躱す。放ち、放ち、放つ。
ありゃあ、剣なんかと違って物質の存在しない魔術だから、互いに打ち合うことができねえんだ。だから放たれたら躱すか、あるいは結界魔術で防ぐくらいしか対処法がない。
「手は出さねえ。デカパイが負けても、ルランゼが負けても、恨みっこなしだ」
「……わかりました。ですが、ヒトの恋人をデカパイ呼ばわりするの、やめてくれます?」
「ヒヒ、叩いたらぶるんぶるん暴れて凄かったからなあ。ありゃあ暴れ乳だ」
「それ以上言ったらぶっ殺しますよ。あの後、謝られましたよ。……また他の男に触られたって」
誤解を招く言い方しやがるね。あれはたしかめるために仕方なくやったことだ。
「また?」
「カテドラール領の領主です。経緯は知りませんが、彼女は領主の館で育った。あの三人組と戦ったなら、先輩はもうご存じでは?」
「そうか……」
ギャッツ、ビーグ、グックルのいた浮浪児グループに人狩りを送り込んだ外道だ。だからフレイアは領主を殺害し、三バカに言ったのか。
この世の秩序をすべて破壊する、と。魔王制、王制、領主制、貴族制、すべてだ。
これが今回の事件の発端だったんだな……。
となると、フレイアにとっては前線都市での出来事も誤解じゃ済まねえな。正直悪いことをした。だがこっちとしてもだ。
「おめえがレンを殴ったことは忘れたわけじゃねえからな」
「あー、それこそ誤解だ。ボクは殴ってませんよ。『最初から手にかけるつもりはなかった』と言ったでしょう」
「いまさらしばらっくれんな。『申し訳ないことした』とも言ってたろうが」
「それは地下室を隠していた木箱を動かそうとしたら、上に乗って抵抗されたんで、そのまま強引に動かしたら落っこちただけです。実に先輩のお仲間らしいですね、行動が。先輩が今日を生き残れたら、ご本人に尋ねてみるといいですよ」
レンちゃん!? おい!?
紛らわしく顔面腫らしてんじゃないよ! いつドジっ娘になったんだよ!
「お、おお。じゃ、じゃあ、犬と鳥はどこやった!」
「……? ああ。コボルトと謎鳥ですか。気を失ってた倉庫番が目を覚ましたとき、先輩たちとの戦いに巻き込まれないように彼に預けました。フレイアが一目で気に入りましてね。可愛いから飼いたいって言い出して」
なんてこった……。
すべての真実と人物像が俺の想定を軽く斜めに上回っていきやがる……。
「あれだけ暴れてたら懐かないと思うんですけどね。二匹ともひたすら逃げ回ってましたし。あれ、先輩が連れてきたんですか?」
「そうだよ」
「道理で飼い主に似て、変な言動や行動ばかりするわけだ」
「謝って! いまの発言謝って!」
「ヤです」
何なの、あいつら。コボリン竜が三体そろって何してんの。
魔力でも尽きたのか、フレイアとルランゼは線状魔術を放つことを辞めて、己の拳に炎を宿し、殴り合っている。そりゃあ、俺とミリアスよりよほど長くやり合ってるからな。体力や魔力の限界も近えだろう。
「……痛そう……」
「……ボクらも大概でしたよ……」
攻撃魔術に加えて結界魔術をも駆使している分、ルランゼがやや有利か。あ、ぶん殴られてすっ転んだ。あのデカパイ、実は大胸筋なんじゃねえの。
話題の旗色が悪くなった俺は、慌てて方向転換をすることにした。
「まあ、犬も鳥も無事に生きてんならいいや。ところで、知ってっか? 三姉妹の一番下のルナは尻がでけえんだ。あれも枕にしたら気持ちいいぞ」
「ああ、たしかに。魅力的な姉妹ですね。ルランゼさんはどうなんです? もしかして、上も下も豊満だとか? それは少しずるいな」
言うねえ。この素人すけべが。
俺は目を細める。
「はっはっは! 違う違う。フレイアに比べりゃ胸はちょいと小せえし、ルナに比べりゃ尻もちょいと小せえよ」
「スレンダーがお好みで?」
「スレンダーってほど小さくはねえよ」
「ほほう」
いいとこのボンの分際で、ずいぶんどすけべな話題に乗ってくるじゃねえの。ちょいと気に入ったぜ。
「あいつは笑うんだ。どんな苦境でも俺を見て笑いかけてくれる。そしたらよ、なんかお天道さんのように暖けえ気持ちになる。クソみてえなバカどもが支配してる真っ暗な世界を、あいつは綺麗に照らしてくれる。俺にゃそれが心地いい」
ミリアスが閉口した。なんとも言えねえ顔でこっちを見てやがる。
何だか照れくさくなって、俺は言い捨てた。
「なんだよ。乳だの尻だのよりはまともな意見だろ。わーってるよ。どうせ臭えっつーんだろ。これだから若えやつは浪漫ってのがわかってねえ」
「……いえ。あなたがルランゼさんのことを語るときの表情があまりにも穏やかで、ちょっと面食らってただけです。ですが、なるほど。腑に落ちました。先輩とは合いそうな方だ。ボクにとっては――」
「フレイアがそうだっつーんだろ。かぁ~、他人ののろけ話なんぞ聞きたくねえわ」
やや躊躇いを見せたあと、ミリアスは血で固まった長い金髪をわずかに揺らした。
「いえ、彼女じゃありません。幼少期に、ボクを盗賊から救ってくださった方がいましてね。彼のことをちょうどそんなふうに見てたなあって思い出しました」
「そんなに俺に憧れてたのぉ?」
ミリアスが端正に整った顔をしかめた。
「鋭いなっ!? ……ま、そうですよ。あなたです。おぼえてたんですか?」
「ハッ、んなわけあるか。当てずっぽうだ。いちいちおぼえてねえよ。勇者なんてもんをやってた二十年間で、そんなことを何百回繰り返したと思ってんだ。やれ魔物だ、やれ盗賊だってな」
「ですね。……その方が……あなたらしい……」
結構素直なやつなんだな。こいつ。
印象ってこんなにも変わるもんなのか。
フレイア対ルランゼは、もはや泥沼の様相を呈している。
あれじゃもう酔っ払い女のキャットファイトだ。髪を引っ張り合い、拳の炎さえ失っても殴り合っている。両方とも立っているが、俺とミリアス同様に互いに支え合い、かろうじてってところだ。それでも殴り合ってんだから、どっちの娘も根性は大したもんだ。
姉妹だね、やっぱ。顔に消えない傷を負ったら、ルナちゃんの奇跡の出番かね。
「最後の質問だ」
「……」
俺はミリアスに視線を向ける。
彼女らの様子をぼーっと眺めていたミリアスだったが、俺がドンと自分の肩をあててやると、ふと気づいたように俺に目線だけを向けた。
ちょいと様子が変か?
「最後の質問をいいか?」
「ええ、どうぞ」
そうでもねえか。
「おまえ、自分の死を偽装するために魔族民を大量に殺したのか? 俺にゃ、そうは思えなくなってきたんだが」
「察しの通りです。当時すでにボクはフレイアと通じていましたからね。殺したふりに殺されたふりってやつですよ。フレイアはボク一人を手に入れるためだけに、その日魔王軍を動かしてくれた。言ったでしょう。ボクは勇者ライリーのようになりたかった。無駄な殺しは極力しない主義だ」
あ~あ。ほんと、俺ってやつは。我ながら無知で短絡的で嫌んなるぜ。
俺とミリアスはまるで背中合わせの分け身だった。惚れた女が違っただけで、行動はなんも変わってねえ。
三バカの言った通り、誘拐殺人による世論誘導は、ほんとに浮浪児たちの暴走だったのだろうと、いまならわかる。
だが、フレイアは秩序を破壊するための戦争を望み、ルランゼは秩序を取り戻すための平和を望んだ。これが俺たちの立場の違いそのものになっている。
「一蓮托生。俺にはルランゼ以外に考えらんねえ。だからあいつがフレイアに敗れてここで死んじまったら、おまえさんの剣で、俺の首も落としてくれや。な?」
「……そうなればいいんですが、無理じゃないかな。ほら、お二人ともこっちを見てませんか?」
視線を戻すと、顔面を腫らして肌を焦げ付かせた美女二人が腰に手を当て、そろってバルコニーから覗く俺たちを睨み上げていた。
大したもんだ。あんだけハイレベルな魔術で殺り合って、どっちもピンピンしてやがんだから。
「なぁ~んか叫んでんなあ。耳鳴りでもうろくに聞こえねえやあ」
「どうせ、どうして仲良くなってんのってところでしょ」
「っぽいねェ」
二人して同時にため息をつく。
「結局ボクは……最後まで……ライリーさんを超えることが……できなかったな……」
「あったりめえよ。人生半ば、まだまだ譲らんぜ」
ミリアスがくすくす笑った。
「はぁ~……。……フレイアと出逢ってからの……この一年……楽しかった……」
「ま、おまえさんがいまの俺と同じ年齢になる頃にゃ、さすがにもう俺も勝てねえだろ。ただそれはおまえが強くなったわけじゃなく、俺が老いるだけの話だからなっ。おまえは俺の全盛期を超えられねえのさ。くかか」
「……」
俺は空を見上げる。
もうすぐ夜明けだ。お天道さんの毛先が見えらあ。
長え夜だったなあ。
フレイアとルランゼが互いを指さして罵倒し合いながらも、城内へとそろって歩いて戻ってくる様が見えた。
やれやれ、怒鳴られる覚悟くらいはしとくかね。
俺はミリアスに視線を戻した。
「勝負は持ち越しみてえだぜ、ミリアスよお」
「……」
「お~い、どしたー? そろそろくたばんのかあ?」
「……」
やつはもう、幸せそうに微笑んだまま、死んでいた。
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次話から最終章の幕開けです。
ここまでのお付き合い、本当にありがとうございました。




