第64話 野獣は会心の一撃を放つ
前回までのあらすじ!
おっさんのハートに深刻なダメージを残して三バカ退場。
襲いくる中央兵を倒し、腱を断って、前へ進む。地下へと続く階段を求めて。
先ほど三バカと派手にやり合ったせいか、すっかり侵入がバレちまった。中央兵らが入れ替わり立ち替わり俺たちを追ってくる。それでも遭遇がそれほどの頻度ではないのは、おそらく偽魔王の護衛に人数を割かれているからだろうか。
剣閃を躱し、足の腱を包丁で断つ。廊下に敷かれた絨毯に赤い飛沫が散った。その上に派手に転がる中央兵たち。
「ぐあ! く、待て……! 貴様……!」
「こ、このようなことをしてただで済むと思っているのか!」
五体の魔人を足下に転がして、俺は頬についた返り血をローブの袖で拭った。もちろん、足は止めてねえ。駆け抜けながらだ。
「ようやっと三十体ってとこかね」
「いえ、先ほどの方で二十七体です」
「気が遠くなる……」
門番と三バカを含めた数字だ。ずいぶんと斬りも斬ったり、と言いてえが、不思議と疲れは感じちゃいねえ。やはり俺自身もこの旅を経て、そこそこ強くなってきているようだ。
おっさんでも成長するんだなあ。
「平気ですか、ライリー様?」
「ああ。こんくれえの数で小出しにきてくれりゃあ、どうにでもならぁな。へっ、楽なもんだぜ」
「そうではなく」
作った笑みを消して、俺は声を落とした。
「……心配かけた。そっちももう大丈夫だ。落ち着いた」
ルランゼを救い出し、フレイアの野望は阻止する。その上でルランゼがカテドラール領の孤児たちを救ってくれりゃ、やつらだって満足するはずだ。
だがそうなれば、三バカは罪を償わざるを得なくなるだろう。あいつらは取り返しのつかねえ犯罪をいくつも犯してきた大悪党であることには変わりねえからな。
きっともう、魔族領域にも人類領域にも、やつらの居場所はなくなるだろう。誰にも救うことはできねえし、誰よりあいつら自身が救われることを望んじゃいねえ。
だからせめて、カテドラール領の森に潜むやつらの弟妹だけには、俺ぁ手を差し伸べてやりたいって考えてた。
やることが決まりさえすりゃあ、あとは突っ走るだけだ。立ち止まってる暇なんざどこにもねえ。まずはルランゼの解放からだ。
後方から無数の足音が近づいてくる。
こりゃちょいと多そうだ。
「速度を上げるぞ、レン」
「はい」
レンは返事をするや否や、併走する犬の背中に跳び乗った。ちなみに犬の頭の上には炎竜が座っている。大賑わいだ。
俺が全力で走り出すと、コボルトが陽気な肉球の音を立てて追いついてきた。
「にしても広ぇなァ」
「魔王城ですから」
尖塔形で縦にも長いというのに横幅まで大したもんだ。王都ザレスの王城だってここまで広くはねえや。
後方を振り返って追っ手がまだ見えないのを確認し、俺は手近なところにあったドアを開けた。
「こっちだ。やり過ごそう」
「はい」
犬がレンと炎竜を乗せて部屋に駆け込むなりドアを閉ざす。しばらくすると、無数の足音がけたたましく流れていった。
「ライリー様」
「ああ。貯蔵庫か?」
巨大な木箱が大量に積まれている。廊下や他の部屋とは違って、照明は無く薄暗い。
箱の隙間に刃を突き入れ、てこの原理でこじ開ける。中には大量の剣が入っていた。おそらく中央兵用の武器庫だったのだろう。
「こりゃいいや」
箱の中から何本かを見繕って並べ、順番に柄に触れた。
「何をしているのですか?」
「魔力の通りを見てるんだ。簡単に言うと俺との相性かな」
「はあ」
「ん~……全部だめだな。多少は吸うが大半散ってる。大した強化はできそうにねえや」
いまさらながらに思った。
ギャッツの金属杖だ。あれを持ってくりゃよかったんだ。触媒にされる金属ってのは、例外なく魔力への抵抗値が低い。
剣じゃあないが、絶対に曲がったり折れたりしない鉄棍だと考えれば、わりと惜しいものを見逃してしまった。
「ま、いいや。おかげで包丁捌きも様になってきたってもんだ」
「ふふ、全部終わったらコックさんにでもなるんですか」
「おお、悪かねえなァ」
俺はナマクラの剣を一振りのみ手に取った。
「もらうだけもらっとくかね」
「せっかくですので使わせていただきましょう」
そのときだ。
「そこに誰かいるのか?」
俺は弾かれたように剣を抜く。倉庫部屋の奥。中央兵が一人立っていた。
舌打ちをして疾走する。
「く、賊だとっ!? 誰か――んぐッ!」
開いた口を片手で塞ぎ、手にした剣の柄で腹を撲つ。だがそいつは胃酸を吐いて吹っ飛びながらも腰の剣を抜き、着地と同時に俺へと斬りかかってきた。
「イァ――!」
「~~ッ」
俺は剣を抜いてそれを受け止める。
さらに叫びかけたそいつの腹を蹴って黙らせ、袈裟懸けに打ち込むが、そいつはバックステップで躱した。
こいつぁなかなか――っ!
それ以降、そいつはもう口を開こうとはしなかった。声を出す瞬間を狙おうとする、俺の狙いに気がついたからだ。
ギン、ギン、と何度も金属音と火花が散った。
闇を駆ける銀閃が頬を掠め、鮮血が汗とともに弾け飛ぶ。
「強えなッ、一兵卒じゃねえのかよッ」
「イァッ、ツァッ!」
あんま派手な音を立てちまっちゃあ、敵の増援を呼んじまうことになる。逆袈裟に振り上げられた斬撃を身を反らして躱し、返す刀を真横に薙ぎ払う。だが、身のこなしが尋常ではない。そいつは俺の剣の切っ先を寸分違わず見切る。
いるんだよなあ。たまにこういう天才肌が、誰に見出されるでもなく。嫌になるぜ。
が。
後方に飛び退いた先、尻尾を股間まで丸めて震えていた犬の頭に膝裏をぶつけたそいつは、あっさりとバランスを崩した。
犬とそいつが同時に倒れ込む。
「ギャッフンダ!」
「うわっ、何だ――っ!?」
気づいてなかったのさ。俺とレンの存在には気づいていても、まさかゴブリンよりも小さなコボルトが部屋の隅っこで怯えていたことにはな。
そいつが犬に視線を向けた瞬間、俺は剣の柄でそいつの喉を突いた。後頭部を激しく石壁にぶつけた青年は、そのまま白目を剥いて昏倒する。
「あが……」
俺は息を吐いて肩を落とした。
「ふぃ~、危ねえ危ねえ。でかしたぞ~、犬ぅ」
「フ、オ、オオ、オ愚カナリ、魔人サァ~ン! 舟ニ、刻ミテ? 剣ヲ求ム? ヨユ! ゴスジン、犬、ヨユダッタナ?」
いや、めっちゃびびってたろ、おまえ。口からギャッフンダが飛び出てたし。
犬は鼻息も荒く、失神した魔人族の青年を、肉球でペシペシ叩いている。
「オテ、オテ、オカワリ、オテテテェ~イ!」
「いや、もうやめてやれよ……。敵ながら天晴れだったよ、その魔人くん……」
とか言いながら俺が犬の頭を撫でてやると、ものすごい勢いで尻尾が揺れた。
「ライリー様。この方、倉庫番のようです」
「そらまあ、倉庫にいたんだからそうだろうよ」
「いえ、これを見てください」
レンが青年魔人の腰から、鍵束を取り外した。
「でもここのドア、開いてたぜ?」
「まだ奥に扉があるのかも。もしかしたら、魔力を通す宝物のような武器があるかもしれませんよ」
「ふーん。んじゃま探してみるか」
だが、倉庫部屋の壁を伝って歩いても扉は見当たらない。おそらく隠し扉もだ。
「レン、やっぱねえみてえだ。ここの鍵じゃないんじゃないか」
「……」
レンはまるで犬のように這い蹲って、床を見ていた。
「妙です、ライリー様」
「あにが?」
「他の木箱には設置されてから動かした様子がないのに、この木箱だけ床を引きずった跡があります。ほら、木箱の四隅が削れてますし、床も擦った跡が」
レンが顔を上げる。
「地下室へと続く扉を隠しているのかも」
「――!」
「だって妙じゃないですか。お城の離れでもないこんな普通の部屋なのに、どうしてこの一室だけ倉庫にしてあるのかと考えれば――」
「地下への階段を隠すためにむりやり部屋に似せ、室内のみを倉庫に改造した?」
俺のつぶやきを、レンが続けた。
「……のではないかと。この箱、ずらしてみましょう」
「ああ」
俺はさっき拾った剣の刃を巨大な木箱と床の隙間に差し込みながら、箱を肩で押した。レンも犬も、なんの役にも立ってそうにねえ炎竜も、一緒になって箱を押す。
ずるり、重い木箱がわずかにずれた。さらに剣の柄を持ち上げながら、肩で押す。やがて木箱をずらしたその下からは、地下へと続く階段に蓋をするように、南京錠のかけられた扉が出てきた。
「すっげえな、おまえ……。ついてきてもらってほんとによかったぜ……。俺だったら完全に見逃してたね……」
「喜ぶにはまだ早いです、ライリー様。この先がただの武器庫か、あるいは封印の間かはまだわかりませんから」
「だがどっちにしろ、俺たちにとっちゃ都合がいい」
「ええ」
木箱をずらしたせいで、先ほどの剣はもうオシャカだ。刃部分は傷だらけになって曲がり、欠けてしまっている。
俺はそいつを投げ捨てる。やはりだめだ。ナマクラなどを使うくらいなら、信頼のおける包丁と短刀の二刀の方がいい。倉庫番との戦いでそいつに確信が持てた。
レンはすでに、先ほどの鍵を片っ端から南京錠に突っ込んでいる。七度目、差し込んだ鍵が錠前をカチャンと鳴らした。
扉を持ち上げる。
「ライリー様!」
「ああ」
闇だ。闇がぽっかりと口を開けている。何一つ見えやしねえ。
だが、上等だ。俺は口角を上げて笑う。
得た確信は、もう一つある。
倉庫じゃねえ。こいつが地下室へと続く扉だ。
なぜなら、闇の底から懐かしい、あのルランゼ・ジルイールの魔力が微かに漂ってきていたから。
もうすぐ逢えそう!
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