第65話 勇者さん、ついに魔王さんと再会する(第七章 完)
前回までのあらすじ!
犬の必殺六連撃が倉庫番魔人に炸裂した!
覗き込む内部は、真っ暗な闇だ。
俺は壁から魔導灯を一つ引っぺがすと、そいつを咥えて闇へと続く階段を照らしてから半身を入れた。
振り返り、手を差し伸べる。
「行くぞ、レン」
「……」
その瞬間だ。
床の扉が頭上に降ってきて、俺は慌てて頭を上げる。
「うおっ!?」
ズンと扉が閉ざされたあと、カチャンと施錠の音が響いた。
「レン!?」
「平気です。閉じたのは私なので。ライリー様は行ってください」
「ああっ!?」
犬や炎竜も外に残ってるとはいえ、こんなところにレンを置いていけるか。いつ敵が攻めてくるかもわからねえのに。
「何言ってんだ、変な冗談はやめろ!」
「冗談ではありません。犬さんと協力して箱の位置を戻します。私たちが地下室の存在に気がついたことを、偽魔王側には限界まで隠しておきますから、その間にルランゼ様を救い出してください」
地下室は一本道かもしれない。
構造上、内側からは施錠も木箱の移動もできない以上、全員で入れば敵は一目で俺たちが地下室へと向かったことに気がつく。
外から施錠し、木箱の位置を戻せぬ限りは、だ。
木箱をずらす音が聞こえる。少しずつだ。
「だめだ! 危険過ぎる!」
「お願い。早く行って。足音が迫れば犬さんと炎竜さんと一緒に隠れますから」
「ぐ、くそ! だが、倉庫番が目を覚ましたらどのみちバレる!」
「あり得ません。おそらくこの倉庫番は地下室の存在を知らされてはいないはずです。地下室の封印を知るということは、現魔王が偽物であることを知ることに等しいですから」
く、たしかに。
あいかわらず頭が回りやがる。
「私は木箱の中に隠れます。行ってください。戻ったら三回扉を叩いて。そうしたら木箱をずらして鍵を開けますから」
「~~ッ」
だめだ。時間が経過するほど危険は増す。
「わかった! いいか、絶対無事でいろよ!? 無理はするな! 隠れてろ!」
「はい」
一度踵を返して、振り返る。
「犬! 炎竜!」
「わぉん?」
――ケァ?
「レンのことを頼むぞ! いざとなりゃ乗せて逃げて構わねえ! 二匹とも、俺が戻らなかったらレンをゴスジンにしろ、いいなっ?」
「クゥ~ン……」
――ケエ!
返事を待たずに、俺は階段を駆け下りた。真っ白な光を出す魔導灯がなければ、視界がゼロになるほどの濃度の闇だ。
階段はそれほど長くはなかった。おそらく地下二階といった高さだろうか。魔導の紋様が刻み込まれた鉄扉があったんだ。
「妙な魔力を感じるな……。これがラズルの結界魔術か……?」
一旦伸ばした手を、指先が触れる直前で引っ込めて、俺は牙の短刀を抜く。こういうのは金属や石といった無機物じゃねえ方がいいんだ。人体に及ぼす影響を知りたいからな。
刃先を扉の紋様にコツンと当てて、すぐに引いた。
チリ……と小さな音がした直後、真っ黒な炎が切っ先から生じる。
「――ッ!?」
切っ先に灯った黒い炎が骨の刃を瞬時に蝕み、柄まで遡ってきたところで俺はそれを投げ捨てた。床に落ちた牙の短刀は黒い炎の中で泡立って液状化し、黒の水たまりへと変化する。
「ただの罠魔術か」
少なくとも結界魔術ではなさそうだ。ということは、これはルナやラズルの言っていた封印術じゃない。おそらくはフレイアかミリアスだろう。
「まずった。そうと知ってりゃ、短刀じゃなく包丁を使ったってのに」
今度は包丁に魔力を通して、紋様を引っ掻く。
今度は切っ先に黒い炎が灯ることもなく、扉に内包されていた妙な魔力も空間に霧散した。
「悪いな、シュトゥン。だが、おまえさんの短刀にゃずいぶん救われたぜ」
俺は扉に手をついて押し開ける。
次の瞬間――。
ぶわり、と。凄まじい濃度の魔力が、光とともに空間から溢れ出した。そいつは魔導灯の灯りを呑み込んで、俺を包み込む。
あ。
恐怖はなかった。懐かしい暖かさだけが、そこにあった。
木漏れ日のような穏やかな光の中で眠る、ルランゼの姿だった。
「ルラン……ゼ……?」
左胸がうずく。意識すらしていないのに涙がこぼれた。
本物だ。すぐにわかった。いや、乳とか尻とか、そういうものを見るより先にわかったんだ。全身がざわつき、歓喜した。肉体がこの女を求めていたんだ。
ルランゼが寝返りをうつ。
俺に見せつけるように、こちらに顔を向けて。けれど瞳は閉ざされたままだ。
「ルランゼ……」
その頬に触れようとして、俺は一歩彼女に近づいた。
だが、木漏れ日のような光の中へと腕を入れた直後――。
「おわっ!?」
へたった毛布で急ごしらえしたローブが、無数の刃で切り刻まれたかのように弾け飛んだ。俺は大慌てで後退して、そいつを脱ぎ捨てる。だが先ほどと同様に魔術が収まる気配はなく、ローブは完全な繊維に分解されるまでその現象は続いた。
鉄扉にしかけられていた罠魔術は鉄扉そのものが媒体となっていたが、今回は何もない。あえて言うならば、天井から降り注ぐ木漏れ日だ。あの光に当たった瞬間、ローブは分解された。
ローブは動物性の有機物だ。肉体のまま通っても、おそらくは同じ結果になる。まあ、ミンチ肉になっちまってただろうな。
「怖え~……。こっちが結界魔術の封印術かよ……」
オアシスの魔力嵐のようなものを想定していたためか、完全に油断していた。
だが、絶望はしない。むしろこれは希望だ。
ローブは糸くずにまで分解されたが、不思議と腕は無事だ。もし腕まで分解され始めていたら、俺は包丁でそれごと切り落とすしかなかったところだ、が。
俺はにんまり笑った。
「バカったれが。ま~さかほんとに俺を封印術の鍵に設定してたなんてな。おまえ、俺が迎えにこなきゃどうなってたと思ってんだ」
だが、そうとわかりゃあ対策は簡単だ。
俺は装備をすべて外し、もう一度木漏れ日に腕を入れた。暖かい。分解される心配もなさそうだ。
そうして全身で木漏れ日の中へと入る。分解どころか心地いい。むしろ疲れが吹っ飛ぶ気分だ。
ベッドのルランゼは、俺が見たこともない姿をしていた。まるで白銀のドレスを纏ったお姫様だ。それがまるで胎児のように丸くなって、眠っていたのさ。
そっと頬に触れる。
存在をたしかめるように。
唇が微かに動く。
存在を知らしめるように。
呼吸がこそばゆい。
ここにいる。
瞼が揺れた。
頬には涙の跡があった。
吐息のかかる距離に、彼女を感じた。
「…………ルランゼ……」
「…………」
「……ルランゼ……」
「……ぁ……、……さ……みしい………………」
微かに声が漏れた。
唇に入った絹糸のような髪を指先で戻し、耳にかけてやる。
「……ルランゼ……。……迎えにきたぞ……。……早く目を開けねえと、ブチュっとやっちゃうぞ~……?」
再び瞼が揺れて、微かに黒の瞳が覗いた。
ルランゼは瞳を動かして俺を見上げると、寝ぼけ眼でつぶやく。
「……ライリー……嬉しいよ……。……また夢で……逢いにきてくれたんだね……」
「……ずいぶんと待たせたな……」
「…………夢の中……でもいい……。……あなたがいてくれるなら……」
こぼれ落ちる。切れ長の瞳から、涙が頬を伝って。
その言葉に、胸がギュッと締め付けられた。無神経と様々なやつらから罵られてきたこの俺が、呼吸すらままならなくなるくらいにだ。
こんな気持ちは生まれて初めてだ。
ああ、俺ぁ腹ン底から、この女にイカれちまってたんだなぁって、いまさらながらに再確認しちまった。
「何かもうおまえ、たまらん女だな」
「…………えへへ……」
涙を堪える鼻にかかった声でだが、俺は彼女を安心させるために満面の笑みを浮かべてやった。
「だが、そろそろ起きろ。これは夢じゃねえ。おまえが約束を守らんから、こちとらオアシスからのこのことやってきちまったぜ」
「…………へ……?」
ルランゼの目が大きく見開かれた。両手をついて上半身を起こし、長い髪を振り乱して眠気を払うように頭を振っている。
そうしてまた、上目遣いで俺を見上げて。
「……う、嘘……夢じゃないの……?」
「おう。な?」
頭に手を置いて撫でる。絹糸のようにさらさらだ。
驚愕に見開かれていた黒い目が、ゆっくりと静かに半眼まで閉ざされる。
じ~っとりとした目だ。その後、急速に赤く変色していく。
「……ねえ、現実なのにどうして裸なの?」
はっはっは。ボロンもあるよ~?
「そりゃおまえさん。前にオアシスで素ン晴らしいものを見せてもらったお礼――いや、そんなまじまじ見るなよ……。だって、あんなどすけべな結界魔術かけられてちゃ、あらかじめ脱ぐしかねえだろ? 俺の服なくなっちゃったら外歩けねえだろ?」
「あ、そっか。ごめんね、わたしの封印術せいだね」
「とりあえず俺の目ェ見て話せ? な? 視線が上がってこねえぞ」
「見てたよ! 目! わたしはライリーの目しか見てなかったもん!」
嘘こけ……。
どうすんだよ。感動の再会がぶち壊しじゃねえか。なんだよこの魔王。
「……ん? んん? 待てよ? さっき『現実なのにどうして裸なの?』て言った? なんかそれ、おかしくね?」
しばし考えてから、俺はルランゼに尋ねた。
「もしかしてルランゼが見る夢ン中の俺って、いっつも裸にひん剥かれてたの!? ……おまえ、どんな夢見てたんだよ……」
ルランゼが自身の頭を両手で挟み込む。
その顔がさらに赤らんだ。
「う……。あ~~~~~もぉ~~~~! 寝言でしょ!? 寝言なんて忘れよ? むしろ忘れた! わたしそんなこと言ってた?」
いやもうほんと、たまらん女だな、おまえ……。
おっさんのサービスシーンはここまでです。
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