第四百六十五話 謝決(She decided to apologize) ハイブルーリザードマンは、紅壱に謝罪する事を決意する。
ハイダークフェアリーたちを仲間にした後、赴いた川原で、紅壱たちが遭遇したのは、オークの一団を圧倒するハイブルーリザードマンたちだった。
奥一を、オークたちの仲間だ、と勘違いし、襲い掛かって来たハイブルーリザードマンたちと戦うのは、紅壱と輔一。
槍を使うハイブルーリザードマンは輔一に任せ、流水属性の魔術を使うハイブルーリザードウーマンを相手取った紅壱は、桁違いの実力を見せつけ、勝利を掴んだ。
惨敗を喫したハイブルーリザードウーマンは、ハイダークフェアリーたちから体を回復させるアイテムを受け取り、その効果の凄さに言葉を失ってしまう。
果たして、彼女は、この敗北から立ち直る事は出来るのか?
青皮蜥蜴魔の一族にも、二体の回復法術師がいる。
しかし、彼らに体力を回復させる効果のある明光属性の魔術をかけて貰っても、ここまで急速に体力は戻らない。
自分は一体、何を飲まされたのか、と半ば怖さすら感じながら、上位青皮雌蜥蜴魔は今、自分が空にした小瓶を、ジッと見つめる。
(ハイポーションの類なんだろうけど、何を使ったら、こんなにも薬効が高い代物が出来るのかしら。
もしかして、これが、噂に聞く、グレートポーションなの?)
薬師の職業も持っている彼女は、恐怖と同量の興味や尊敬を心中に抱いた。
続けて、上位青皮雌蜥蜴魔は、上位陰邪妖精から受け取った錠剤を飲み下し、枯渇していた魔力が七割近くまで回復した事を実感する。
「・・・・・・ハハハ」
もう、驚きすら湧かず、紅壱に対しては、戦いを挑む気など微塵もなかった。
自分の全力を尽くしても、紅壱には遠く及ばない、その事実を潔く受け入れた、それは大きい。
ぶっちゃけてしまえば、心がボッキリと折れてしまったようだ。
まぁ、紅壱に立ち向かって、ズタボロに負かされたのだから、折れない方が不思議なくらいだ。
精神が破綻せず、平時の状態を維持できているあたりで、彼女の実力が低くない事が判るだろう。
ただ、この場に限って言えば、体力と魔力が万全には程遠いにしろ、十分に戦えるまで回復したにも関わらず、紅壱に挑まない、挑めない理由は、それじゃなかった。
(周りにいる、あの四匹、かなり強いわ)
上位青皮雌蜥蜴魔が緊張しながら見つめていたのは、吾武一、奥一、弧慕一、そして、上位青皮蜥蜴頭魔を早々に倒して戻ってきた輔一だった。
(アイツ、負けたのね)
輔一に抱えられ、ぐったりとしている自分の相棒を見て、上位青皮雌蜥蜴魔は憂いの表情を浮かべる。
(まぁ、仕方ないと言えば、仕方ないのかしら)
あの上位青皮蜥蜴頭魔の強さが、同世代より頭一つ分は抜け出しているのを、幼馴染である彼女が最も知っていた。
ちょっと、いや、多少・・・かぁなり、調子に乗りやすい性格をしていて、それが原因で痛い目を見ていて、周りに迷惑をかけた事も何十回かある。
正直なところ、自分と彼を、幼馴染だからって理由だけで、半ば無理矢理に組ませた上位青皮蜥蜴頭魔の長を杖でぶっ飛ばしくなったこともある。
けれど、だからこそ、幼馴染の彼が本気になった時は、同世代の誰も敵わず、幹部を負かすほどの実力を発揮する事を知っていた。
今回、猪頭魔達を倒す任務を長から命じられたのも、彼の実力があってこそだ。
(豚どもと戦って疲れてたってのは、負けた理由にならないでしょうね、あのスケルトンが相手じゃ)
今、冷静になったからこそ、紅壱の周りにいる四匹が桁違いに強い、と判断できた。
青皮蜥蜴頭魔族の幹部全員で闘わなければならない、一匹でさえ。
(特に強いのは、あのブラックホブゴブリンだろうけど、他の三匹もほぼ近い)
そんな相手と戦って、まだ生きているのだから、大したものだ、と上位青皮蜥蜴頭魔を褒める者がいたのなら、それは素人だろう。
どう考えたって、輔一が手加減したからこそ、上位青皮蜥蜴頭魔の息があるのは明らかだった。
自分の幼馴染みを、本気にならなくても倒せる動骨兵と同格の猛者が複数もいる状況で、勝ち目がなさすぎる戦いに挑むほど、上位青皮雌蜥蜴魔はバカになれなかった。
(そもそも、あの魔属たちは敵じゃない)
今更になって、戦闘でハイテンションになって、頭に血が上り、喧嘩を売ってしまった事が恥ずかしくなってしまう上位青皮雌蜥蜴魔。
唐突に、顔色が薄紫色になった彼女がシュンッとしてしまったので、上位陰邪妖精は戸惑いの表情を浮かべる。
「どうかなさったんですか?」
回復薬を持ってきてくれた彼女を心配させてしまった事に気付き、上位青皮雌蜥蜴魔は「あ、大丈夫よ。ごめんなさいね」と苦笑いで謝る。
「ねぇ」
「はい?」
「あの方は、貴女たちの主なのよね」
力強く頷き返した上位陰邪妖精の顔には、誇りが満ち溢れていたので、思いがけず、上位青皮雌蜥蜴魔は気圧されてしまう。
だが、ここで怯んでしまっては話が進まないので、何とか耐えきった。
「本気で謝罪をしたら、私達は許して貰えると思う?」
そんな事はありえない、と覚悟していたからこそ、上位青皮雌蜥蜴魔は上位陰邪妖精が軽く、「あ、大丈夫だと思いますよ」と返してきたので、目が点になってしまった。
「え?」
「ちゃんと謝れば、辰姫様はお二方を快く許してくださいますよ。
まぁ、吾武一様達は微妙かも知れませんけど、辰姫様が一睨みすれば、何もしないと思います。
雄の方は、しばらく目を覚まさないでしょうから、貴女が雄の分まで謝れば、きっと、大丈夫です。
それに、ここでハイオークと戦っていた理由も、順序立てて説明をすれば問題ないと思います」
「わ、私達、殺す気でいたのよ?」
「誰も死んでませんから、大丈夫です」
サクッと言われてしまい、上位青皮雌蜥蜴魔は言葉が出なくなる。
しかし、反論も出て来なかったので、彼女は肩から力を抜くしかない。
やや落ち着いた所で、上位青皮雌蜥蜴魔は重大な事に気付き、サッと青褪める。
「あの魔属たち、名前持ちなの!?」
「えぇ、辰姫様に名付けをしていただいたそうです」
羨ましそうに、上位陰邪妖精は吾武一達を見つめるが、上位青皮雌蜥蜴魔は改めて、自分の血の気が引いていく音を聞く羽目になってしまう。
(アタシたち、名前持ちと、名前を付けられるだけの強さの相手に喧嘩を売ってたの!?)
そりゃ、勝てないはずだわ、と上位青皮雌蜥蜴魔は、乾いた笑いを漏らすしかなかった。
「私も早く、辰姫様に名を付けていただけるように頑張らないと」
上位陰邪妖精が、ふんっ、と気合を入れる様が実に可愛らしく、上位青皮雌蜥蜴魔は気が過剰に抜けてしまいそうになるが、ふと浮かんだ疑問を口に出す。
「ねぇ、ハイダークフェアリーさん」
「はい、どうかなさいましたか?」
「貴女の主、辰姫様だっけ、が、あのブラックホブゴブリン達に名前を付けたのよね?」
「副村長の任に就く上で、名無しのままでは不便だという事で、辰姫様が名付けを行った、と聞きました、私は」
この川辺に来るまでの道中で、弧慕一から聞いた話を上位青皮雌蜥蜴魔に語る上位陰邪妖精。
(村があるの?
あのブラックホブゴブリンが副村長ってことは、名付けを行ったあの魔属が村長なのよね)
基本的に、怪異にとっては、戦いの強さが第一であるから、群れが出来た際、トップに立てるのは、誰よりも強い個体だ。
年齢はあまり関係なく、知識量が多くとも、戦闘力が低ければ、群れのトップではいられない。
とは言え、完全に蔑ろにされる訳でもなく、大抵は参謀や知恵袋として、重宝される。
自分にはない豊かな経験を積んできた年長者にも仕事を与えるのも、また、トップの仕事だ。
そうする事で、リーダーとして、周りの仲間から尊敬を集められるし、自分が運よく老いられた時、同じような待遇で迎えて貰いやすくなる。
(あんな強い魔属が集まっている村、このエリアにあったかしら?
あれば、とっくに勧誘に動いているはずだけど)
不思議に思う一方で、あんな強者が揃っていたら、「手下になれ」なんて高圧的な態度を取れない。
むしろ、逆に「配下にしてください」と頭を下げなければならないだろう。
実力差がさほど無ければ、「そんな真似が出来るか」と、自分の弱気な考えを自分で突っ撥ねられるが、あそこまで強いと、「それしかない」と自分の中にいる自分達が総動員で同意してくる。
(辰姫様なら一匹で、吾武一様達なら四匹、いえ、二匹だけでも、十分、私達の群れを滅ぼせるわね)
辰姫様が、自分の「岩砕水弾」を防ぐ際に使った、凍氷属性の魔術を使ったら確実だわね、と上位青皮雌蜥蜴魔は寒気を覚える。
元より、蜥蜴頭魔族は全体的に種族の特性で、低温に弱い。
火山地帯に住み、体内に特殊な器官を持っているために、火を吐ける赤皮蜥蜴頭魔族に比べればマシだが、青皮蜥蜴頭魔族も冬場は動きが鈍る。
なので、もし、あの時、紅壱が自分の前ではなく、上位青皮雌蜥蜴魔を包囲するように、「氷妃艶息」を発動させていたら、勝負は一瞬とかからずに、片が付いていたのは間違いなかった。
どうして、そうしなかったかと言えば、上位青皮雌蜥蜴魔が感じた通り、紅壱は自分の魔術を試したかったからだ。
その点に関しては、少しやりすぎたか、と反省はしている、彼も。
(そう言えば、森の中央に村が出来ている、と報告があったような)
この際、牛頭魔が緑皮蜥蜴頭魔の集落を襲っていた事もあり、精査を後回しにしてしまっていた。
もしかして、とは思ったが、まず、最初の疑問を解決せねば、と上位青皮雌蜥蜴魔はそれを口に出す。
「それでね、少し気になったんだけど」
「私が判る事ならいいんですけど」
上位陰邪妖精は、少し不安そうだ。
「そんなに難しい事は聞かないわ。
あのね、辰姫様の種族は何なのかしら?
多分、デビル族のグレーターデーモンか、それより上のキングデーモンだと思うんだけど」
グゥの根も出ないほど惨敗した身で言えた義理じゃないが、自分は青皮蜥蜴頭魔族でも指折りの魔術師だ。
その自分の全力が届かなかった以上、彼女としては、辰姫様が強大高位悪魔か、強大中位悪魔でないと、立つ瀬がなかった。
「いえ、人間ですよ、辰姫様は」
「え!?」
自分の聞き間違いだろう、と思い、聞き返した上位青皮雌蜥蜴魔は悪くないだろう。
それほどまでに、上位陰邪妖精の口からポンッと飛び出てきた、その単語は、上位青皮雌蜥蜴魔にとって衝撃的だったのだから。
もし、冷静さを取り戻した彼女を、聞き返した事をネタにしてからかったら、「私じゃなくたって、聞き返すでしょ、アレは!?」と怒鳴り返されただろう。
その時、「岩砕水弾」も連射されるだろうから、その時は必死の覚悟を持っておくべきだ。
上位陰邪妖精も、彼女の気持ちが理解できたので、気分は害さず、淡々と繰り返した。
「人間です、辰姫様は」
この短い間で、上位青皮雌蜥蜴魔は、彼女の事を信頼できる、少なくとも、利の無い嘘を吐く類ではない、と受け入れ、すぐに露見する嘘を何の意味もなく吐くタイプじゃないのも解かっていた。
なので、上位青皮雌蜥蜴魔は、上位陰邪妖精の言葉を事実として受け止めた。
「あれが人間・・・・・・初めて、見たわ」
(長たちから姿形は聞いていたけど、魔属よりも強いとは思ってなかったわ)
そんな事を思う上位青皮雌蜥蜴魔だが、人間が魔属より強いのではなく、単に紅壱が強いだけ、と勘違いを指摘してくれる者は、残念ながら、この場にいなかった。
(あんなにも強い人間を食べているなら、ラガルティハ様が私達のリーダーなのも納得だわ)
勘違いしたままの上位青皮雌蜥蜴魔は、自分達のリーダーである、強大純黒蜥蜴頭男・将軍のラガルティハの雄々しい姿を思い浮かべた。
(ラガルティハ様なら、辰姫様にも勝てるのかしら・・・・・・)
勝てる、と断言できない時点で、既に彼女の中で優劣が付いてしまっているのだろう。
このままだと、リーダーへの信頼が揺らいでしまいそうだったので、上位青皮雌蜥蜴魔は一先ず、立ち上がった。
「もう立っても大丈夫ですか?」
心配そうに尋ねてくれた上位陰邪妖精に、彼女は何とか、柔らかい微笑みを返す。
肉体の方はともかくとして、恐怖が痛々しいほどに深く刻まれた心の方は、さすがに栄養ドリンクでも回復させられない。
それでも、上位青皮雌蜥蜴魔が杖を支えにして立ったのは、今すぐにでも、紅壱に謝った方が、自分たちの身の安全が確保できるのでは、と期待したからだ。
「大丈夫よ。
辰姫様に誠心誠意、謝ろうと思うわ」
「・・・・・・それが良いと思います」
覚悟を決めているのね、と察した上位陰邪妖精は、そう返すに留めた。
恐怖で吐きそうになるのを堪えるべく、上位青皮雌蜥蜴魔は深呼吸をし、「さぁ、行くわよ」と己を鼓舞すると、最初の一歩を踏み出した。
紅壱へ、怒りの感情に任せ、戦いを挑んでしまったハイブルーリザードウーマン。
やる気もあったし、実力も確かな彼女だが、やはり、力の差は歴然であり、彼女はリザードマン生で初めてにして最大の敗北を喫する事になった。
言い訳できないレベルで惨敗の味を舐めただけでなく、ボロボロになった体まで回復して貰っては、ハイブルーリザードウーマンとしては立つ瀬がない。
反省した彼女は、紅壱に謝罪しよう、と決意する。
果たして、紅壱に、ハイブルーリザードウーマンは許してもらえるのか?




