無と豚
今宵は満月、だがその大地に立つモノを直視できず雲に隠れだす
風は逃げ出し息を潜め、森はそのモノに喰われぬよう恐れひれ伏す
そこ、すなわち全ての者が最初に挑む試練の森「最初の森」で粘液と蒸気の中でそのモノは横たわっていた
体全体がジクジクしており、収縮と膨張を繰り返し波打ちながら脈を打っている
その無形の塊には人間との類似点がある、だがそれは手足や目、鼻などの器官の数が同じだけだ
あるべきところに目や唇、鼻がなく手足は本当に手足なのかさえ疑う
人を創造するのに失敗したような冒涜的な姿だ
思考する脳、感情を体に垂れ込む心、そういったものは産まれたばかりのそのモノには無い、あるのは何者達かに向けた強い「復讐心」だ
ガサガサ
音がした、とても小さな音だったが気味の悪いほど静かだったのではっきり聞こえた
音を立てた者は豚であった、子持ちなのだろうか、お腹が膨らみのある豚だ
豚は一心不乱に餌を貪り荒らしていて目の前の彼に気づいていないようだ
一瞬豚を見たもののさほど興味が沸かず、周りを見渡し始める
だが首や顔がないため目だけを動かした
彼が見渡しているうちに豚は食べ終わっていた、そして目の前にいる化物に視線を向けている
お腹に身篭っている子供を産むため、全ての栄養を与えて続けている彼女の目は虚ろであった
目の前の化物は彼女に気付いていない、興味を持っていないうちに逃げればいいものの、あろう事か彼女は近づいていったのだ
今彼女がしている事は自ら処刑台へ首を差し出す事に等しい
だが彼女が処刑台へ歩むことは止めなかった
また一歩また一歩
その足取りは軽い、彼女にとってこの行動はこの世からの開放を意味するからだ
それに彼女はもう直ぐ餓死する事は気付いていた
どうせ死ぬなら苦しくない方がいい
化物もこちらに気づいた様で彼女の事を眺めている
そのモノの目は無機質で暖かさが感じられない、鏡のようだ
鏡の中には彼女と居ないはずの子供達が見えた
子供達は彼女の回りを取り囲むように立っていた
一気に鼓動が速くなる、何故彼らがいるのか、澱んだ風が彼女の汗を撫でる
鏡が近づく、すると彼らも近づく、もう彼らは目と鼻の先
彼女は自分の子供達の姿を見るのを止め、目を背けた
すると突然、子供達は彼女に襲いかかってきた、表面の革を剥ぎ腸が地上に爛れる、頭蓋骨は砕け、脳みそは掻き回された
そして化物は彼女を飲み込んだのであった
餓死するか、それとも子供達の幻想に喰い殺されるか、どちらの方が辛いのだろうか?
化物に変化が現われた
豚を飲み込んだからだろうか?体中から彼には理解出来ないモノが溢れて来た
それはまるで子供のような声で彼に催促してき
オ腹スイタ、食ベ物ヲ
その声は体のそこら中から聞こえる
常人であれば気が狂ってしまいそうな事だが、幸い彼は人間ではない
でも黙らせるために彼らが言う「食ベ物」を探すことにした
大木がある広場から森へ入れば沢山の動物がいた、だが全く捕まらなかった
それはそうである、先程の豚とは違い動物達は生きるために恐怖からは逃げ出す、しかも彼は驚くほど遅い
結果として動けない者達だけしか捕まえられなかった
煌びやかな飾りを付け過ぎて飛ぶ事や走る事も出来ない孔雀
3匹の鼠を追っていて罠に掛かった憐れな狐
他のメスに自分のオスをとられ殺そうとするが、返り討ちにあった蛇
仲間に自分で捕った飯をとられ、挙句の果てにその仲間に怪我を負わせられて動けない狼
湖に映る綺麗な自分を覗き過ぎ、落ちて溺れている山羊
強いからと努力を怠っていて、自分で登ったのに高い木から降りれない熊
彼らは彼の糧となった
糧となった彼らは彼の中で形を変え彼の一部となった
腕が伸び、鋭い爪となり
バラバラだった鼻や目、口が集まり顔が出来た、口には肉を裂く歯が綺麗に生え揃っている
足が生え、自由に動き回れるようにもなった
もう彼には催促の声は聞こえてこなかった、何故なら彼らはもう満たされたからだ
たが食事をする快楽を得た化物は本人はまだ満たされていなかった
もっと多く、もっと旨いものを、と片っ端に動くものを襲っていった
まだだ、まだ足りない
そこら一帯の動物を喰い散らかしてもまだ足りない
もっと旨いものを求め、彼は更に奥へと入っていった




