表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/11

第九章 通り過ぎるまで

朝から空は低く垂れこめていた。


灰色の雲が町を覆い、湿った風がアスファルトをなでる。

台風接近の予報は出ていたが、開店時はまだ静かな雨だった。


晃市と美紀は、いつも通り徒歩で店に入る。


あの河原で結ばれてから、五日。

連絡は取り合っていたが、顔を合わせるのは今朝が初めてだった。

言葉はいつも通りなのに、視線だけが落ち着かない。


午前の店内は穏やかで、平日の静けさが流れている。

レジに立つ美紀。棚を整える晃市。

手の届かない距離に立ちながら、互いの体温を知っている。


昼を過ぎる頃、雨音が変わった。

ガラスを打つ水の音が、はっきりと主張を始める。


客足が引き、スマートフォンが震えた。


《大雨洪水警報 発令》


続いてオーナーからの電話。


「今日は早めに閉めてくれ。二人とも、気をつけて帰るように」


通話を終え、晃市は窓の外を見る。

歩道はすでに水を含み、横殴りの雨が視界を揺らしていた。


美紀が隣に立つ。

「……強いですね」


「ええ。今出ると、危ないかもしれません」

淡々とした声。


だが、決断は静かに置かれた。

「四時間ほどで通過するみたいです。

俺は、ここで待ちます」


押しつけない。

ただ、自分の意思を示す。


「伊沢さんは?」


美紀は一瞬だけ晃市を見つめ、頷いた。

「私も、残ります」


理由はある。徒歩通勤。

だが、それだけではないことを、互いに知っている。


* * *


シャッターが下りる。

金属音が、外界を遮断した。


レジの電源を落とす。


「閉店処理、します」

指先は落ち着いているが、わずかに速い。


照明を落とすと、店内は柔らかな灯りに包まれた。

残るのは、激しい雨音だけ。


帰る場所はある。

だが――今ではない。


レジ横に並ぶ二人。触れてはいない。

それでも体温は、はっきりと伝わる。


あの夜から、何もなかったふりはできない。


美紀が息を吐く。


「……また、二人きりですね」

冗談めかした声。

けれど視線は逃げない。


晃市はわずかに笑った。


「……四時間、あります」

淡々とした響き。

だがその声の奥に、わずかな熱が混じる。


雨音が強まる。

シャッターの向こうの世界が、遠ざかっていく。


帰ろうと思えば帰れる。

けれど、今ここで動かなければ、何も起こらない。


美紀が一歩、距離を詰めた。


晃市は動かない。

ただ、目を逸らさない。


重なる視線の奥で、言葉にしない何かが確かに交わる。


美紀が小さく息を吸った。


「早田さん……奥のバックヤード、静かです。

行きませんか?」

もう決めている声だった。


晃市は短く息を吸い、

「……行きましょう」

と答える。


並んで歩く。

足音がやけに大きい。


バックヤードの扉が閉まる。


* * *


狭い空間。

激しい雨が、かえって二人を守る。


晃市が口を開く。


「……あの夜から、ずっと考えてました」

「好きじゃ、足りないんです」


「伊沢さん……」

「……美紀さん」


「ちゃんと、名前で言いたかった」

飾りのない言葉だった。


美紀の瞳が揺れる。


「私も……最近、早田さんのことばかり見てた」

小さく息を整える。


「止めようとしても……だめだった」


一度、言葉を飲み込む。

まっすぐに見つめる。


「……好きです、もう止まらない」 


小さくそう言って、

「晃市さん」

と名前を呼んだ。


雨音が、建物を強く打つ。


「……ありがとう」


次の瞬間、強く抱き寄せた。


衝動ではない。

選んだ抱擁。


美紀も迷わず腕を回す。

背中越しの鼓動が、雨よりも強い。


「私、最低ですよね」

美紀は晃市の胸に頬を寄せたまま笑った。


「夫がいるのに」

それでも、その背中に回した腕をほどかなかった。


晃市は少しだけ目を伏せた。

「……そうかもしれません」


美紀が顔を上げる。


「でも」

晃市は抱きしめる腕に力を込めた。


「俺も同じです」


* * *


四時間後には帰る。

現実は待っている。


それでも今は――


自分たちの意思で選んだ時間。


嵐の中で、

ふたりは確かに、愛し合うと決めていた。


互いの存在を確かめるように、強く抱きしめ合う。

離れていた五日間を、いま一瞬で埋めるように。


唇が重なる。


次の瞬間には、深く、強く、何度も重ねていた。


浅く息を整えた美紀は、晃市の胸に触れたまま、ゆっくりと視線を上げる。


そっと晃市から身を離すと、手を伸ばして頭に巻いていたバンダナを解いた。


まとめていた髪がほどけ、肩へと流れ落ちる。


続いて腰のエプロンに指をかける。

結び目を解き、静かに外す。


ポロシャツの胸元に指をかけ、美紀は小さく息を吸った。

指先が動きボタンを外し終えると、そのまま頭からポロシャツを脱いだ。


すぐさまベルトを外し、ズボンを腰から一気に滑らせるように脱いだ。


晃市も勢いよく衣服を脱ぎ捨てると、たくましく盛り上がった胸板と、広く厚みのある背中が露わになった。

その体には、年齢を重ねた男ならではの落ち着きと、積み重ねてきた確かな力強さがにじんでいた。


――ふたりは、下着までもすべて脱ぎ去り、素肌をさらけ出した。

一糸まとわぬ姿で向かい合い、まっすぐに見つめ合う。


もう、隠すものは何ひとつなかった。


* * *


美紀は、晃市の分厚い身体に手を伸ばした。

自然と晃市の下腹部に触れた瞬間、驚くように目を見開く。

そこには、彼の普段の物静かで控えめな性格とは対照的な晃市の己が、確かに存在していた――


晃市の己は、彼の内に長く押し込められていたものが形を得たかのように、硬く、まっすぐに張りつめていた。

閉じ込められていた熱が、ようやく放たれたようだった。


美紀は触れた瞬間、小さく息を呑んだ。


その気配に、晃市の身体がわずかに震える。

恥ずかしさと誇らしさが、同時に込み上げた。


普段は誰かの前で、自分を強く見せることなどなかった。

だが今は違う。


美紀の前では、隠さなくていい。

それだけで、胸の奥が熱くなる。


美紀は静かに膝をつくと、晃市の己の前に顔を寄せた――

その動きに言葉はなかったが、彼女の目には、どこか確かな決意と優しさが宿っていた。


晃市は戸惑いにも似た静かな緊張を感じながらも、その手つきにすべてを委ねていく。


彼女の右手が、そっと晃市の熱を帯びたものを包み込む。

左手は彼の睾丸を下から柔らかく支えている。

そして口元が近づき、やがて、ぬくもりを帯びた美紀の柔らかな口内に、彼の張りつめていたものを静かに迎え入れた。


美紀は口に含んだ晃市の己を、ゆっくりと癒すかのように柔らかく舌を這わせた――

それはまるで、晃市という存在の一部を、丸ごと優しく赦していくようにも思えた。

 

彼女の首の動きは前後に一定のリズムを持ち、どこか祈るように丁寧だった。


晃市は、自分の奥に残っていた焦りや孤独、誰にも触れられなかった感情のかけらが、ひとつひとつ溶かされていくのを感じていた。

刺激ではなく、赦しのような感触だった。


荒ぶるように昂ぶっていた自身が、彼女の柔らかな口内に吸収され、やわらかく包み込まれていく――

晃市は、そこに愛の深さと再生の兆しを感じていた。


やがて、美紀がそっと顔を上げた。


凛としたまなざしには、誰のためでもない“自分の意思”が静かに宿っていた。


晃市は静かに息を吸い込んだ。

美紀の静かで揺るがぬまなざしを見て、胸の奥の緊張がすっと消えていく。


代わりに、身体の奥から確かな熱がこみ上げてきた。

晃市もまた、静かに覚悟を決めていた。


晃市は視線を移し、何も身にまとっていない美紀の全身を見つめた。


河原でも、すぐ近くで触れていた。

だが今は、白い蛍光灯の下。


――色も、陰影も、逃げ場なくそこにある。

かつては影に沈んでいた部分までもが、はっきりと目に入る。


五日前に知ったはずの身体なのに、

改めて向き合うと、胸の奥が静かに熱を帯びた。


晃市に向き合った美紀は、彼の目をまっすぐに見つめて言った。


「晃市さん……あなたのすべてを、私にください……恥ずかしいけど、ちゃんと受け止めたいの。私の中に……残してほしい」


晃市は少し照れくさそうに視線をそらしながらも、真剣な声で応えた。

「……ありがとう。そう言ってもらえて、幸せだよ」


* * *


晃市はバックヤードの床に、何枚もの空き箱を丁寧に重ねて敷いた。

それは彼なりの配慮であり、静かな覚悟の表れでもあった。


美紀はそんな晃市の様子を見つめたまま、そっとそこに腰を下ろすと、ゆっくりと背を預けるようにして横たわった。


視線は逸らさない。


晃市もまた、美紀の目をまっすぐに見つめながら、逞しい体でその身を包み込むように静かに覆いかぶさる。


息を重ねるように近づき、やがて、晃市は彼女の両膝に手を添えて優しく開いた。

美紀の黒くやわらかな茂みに包まれた奥があらわになり、そこには確かな潤いが満ちていた。


包み込むような温もりへ、迷いなく己を導く。


肌が触れ合い、湿度を帯びた熱の中に、慎重に、深く、滑り込んでいく――


晃市とひとつに繋がった瞬間、美紀の身体はわずかに震えた。抑えていた渇望が一気にあふれ出し、喜びが体中を駆け抜けた。

ずっと奥底で求めていたものにようやく触れられたような、深く満ちた反応だった。


晃市の動きには、抑えきれないほどの熱があった。


美紀への想いをそのままぶつけるように、

強く、まっすぐに重なっていく。


求める気持ちを隠さず、

すべてを込めるように、美紀のやわらかく深い温もりへと力強く踏み込んだ。


ふたりの身体は、動くたびに深く馴染み、呼吸と熱がひとつに混ざっていく。


言葉にできなかった想いを、身体ごと確かめ合っていた。


誰にも見られないという確信が、美紀の最後の躊躇いをほどく。


こみ上げる熱に抗えず、彼女は声を漏らした。


胸の奥に溜め込んでいた感情が、そのまま形になったような響きだった。


晃市を迎え入れた瞬間、心と身体が静かに重なる。


熱が内側に広がる。

その波に、美紀は抗わず身を委ねた。


やがて晃市が横たわると、美紀はゆっくりとその上に跨る。


目は逸らさない。

自分から重なりにいくという決意が、その視線に宿っている。


深く身体が触れ合った瞬間、彼女の呼吸が乱れた。


晃市の肩を掴み、美紀は激しく腰を動かす。


強く。

何かを訴えるように。


離れていた時間を埋めるように。


動くたびに乳房が大きく揺れ、汗ばんだ肌が蛍光灯の光を受けて淡く光った。


晃市は彼女の豊満な腰を両手で力強く支え、

受け止めるだけでなく、押し返すように下から腰を打ち上げた。


抱きとめる腕には確かな力があり、

その動きは迷いなく、彼女を真っ直ぐに受け止めていた。


ぶつかる体温。

混ざる息。


「……晃市さん」


名を呼ぶ声は、懇願ではなく、

確かめるような響きだった。


外の雨音が遠ざかる。


ここにあるのは、

互いを選んだふたりの熱だけだった。


* * *


――やがて二人は体勢を変えた。


美紀はバックヤードのジュースの在庫棚を両手でつかみながら、晃市の方に腰を大きく突き出した。


二つの丸みの奥の窪みが、はっきりと露わになる。

窪みの下は熱を帯び、粘りを含んで静かに開いていた。


そして、美紀は再び震える声で囁く――

「……晃市さんの全部を、私にください……今だけじゃなくて、ちゃんと残してほしいの」


晃市は深く息を吸い込み、強く短く答えた。

「……必ず」


晃市は、美紀の腰を後ろからしっかりと抱え、両の手で逃がさぬように掴んだ。

そして、自身の硬さを迷いなく打ちつけるように押し込み、何度も美紀の奥深くまで貫いていく。


彼女の豊かで柔らかな尻が、そのたびに大きく揺れ、晃市の己が深く押し入っては、ぬるりと戻される。


彼の動きは力強く、容赦がない。だがそれは乱暴さではなく、長く押さえ込んできた情熱の発露だった。

音も、熱も、ふたりのあいだに溶け合って、打ち込むたびに濃密な空気が生まれていく。


美紀はぐっと脚を踏ん張り、大地に根を張るように腰を支えた。

尻から響く重たい衝撃が腹の奥まで伝わるたびに、彼女は目を閉じ、全身で晃市の想いを受け止め続けている。

ふたりを包むのは、抑えきれない熱だった。


外では風雨が荒れ狂い、激しい音がバックヤードまで響いている。


晃市が下腹を美紀の臀部に打ちつけるたびに響く衝撃が、嵐の音さえ意識の外へ押しやった。

交差する熱と想い、荒い呼吸だけが、その場を支配していた。


晃市は背後から彼女の腰を強く掴み、堪えきれない想いを込めて低く「……美紀さん」と名を呼んだ。

次の瞬間、限界に達し、すべてを彼女の奥へと解き放つ。

力を出し尽くしたまま、その背中にもたれかかった。


美紀も絶頂に達しながら、晃市の熱いものを自分の深いところに残さずに受け止めて、やがて背中を抱いている晃市と共に崩れ落ちた。


ふたりは通路に腰を下ろし、背を壁に預けて身体を寄せ合った。

火照った頬や髪にそっと触れながら、何度も静かに唇を重ねる。

残る熱と余韻に包まれたまま、ふたりは言葉もなくまどろんでいた。


* * *


――どれほど時間が過ぎたのか、ふたりには分からなかった。

まどろみの中で、美紀がふと目を開いた。


「……時間」


晃市も静かに顔を上げ、壁の時計を見る。

針は、閉店から六時間以上を示していた。


思わず、ふたりで小さく息をのむ。


「そんなに……」


余韻に包まれたまま、しばらく動けなかった。

だがやがて、美紀がゆっくりと立ち上がる。


「……帰らないと」


その声は落ち着いていた。


床に置いた制服を拾い、静かに身につけていく。

晃市も無言で服を整える。

乱れた呼吸は、いつの間にか穏やかなものに戻っていた。


すべてを着終えてから、晃市がバックヤードを出てシャッターを少し持ち上げる。


湿った風が入り込む。

外はもう、荒れ狂う雨ではない。

濡れた路面が街灯に照らされ、台風は確かに過ぎ去っていた。


「……通り過ぎましたね」


その声に、美紀は小さく頷く。


六時間。

現実の中で、自分たちが選んだ時間。


何もなかった顔で店内を見渡し、最後に鍵をかける。


並んで外へ出ると、洗われた夕方の空気が胸に広がった。


世界は元に戻っている。

それでも、ふたりのあいだには、確かな結び目が残っていた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ